愛しい人
「え?休み?」
「そう、休み」
主治医であるギーゼラから職務に復帰の許可をもらって1ヶ月。長い間休んでしまった穴を埋める為、私はここしばらくほぼ休みなく働いていた。あ、休憩はちゃんと取ってるぞ?取ってる、というか、周りに無理矢理休憩を取らされてる感じでもあるけど…でも疲れれば休んで仮眠もとってるし、無理をしているつもりはない。
そんな時に部屋を訪ねてきたコンラートから急に今日は休みだ、と告げられた。それも陛下からの命令らしく、どうも断れない感じなんだが。
「復帰してからずっと働き詰めだろう?陛下が心配なさっていたぞ」
「…まぁ、確かに働き詰めだっていう自覚はあるけど…」
「なら、今日はもう休め」
ペンと書類の束を取り上げられ、休まざるを得ない状況を作り上げられました。うん、何と言うか時々やることが強引だよなぁ、コイツは。そうでもしないと私は休まないからとか思ってるんだろうけど…まぁ、当たってるからその辺は文句言えないが。幼なじみならではのやり方なんだと思う、付き合いが長いから私の扱い方を熟知してるんだ。…それもどうかと思うけどな、本音としては。でもコンラートとヨザックが私のストッパーだっていうのは、あながち間違いじゃないかも。
そんなこと考えながらうーん、と大きく伸びをすれば、思っていた以上に集中していたらしく色んな所からバキバキと骨が鳴る音が聞こえる。うーわ、これは我ながらひっどいなぁ。コンラートもその音を聞いてただただ、苦笑を浮かべてる。うん、その気持ちはわからんでもない、私も苦笑いを浮かべたくなるような音だったし。
けど、急に休みになっても一体何をしようか。コンラートはいつも通り、陛下の護衛があるだろうから暇じゃないだろうしなぁ…コイツも休みなら一緒に城下へ買い物行きたいな、とか密かに思ってたりするんだけどね。柄じゃないのはわかってるから考えるだけで顔真っ赤になりそうな勢いデス。
あ、そういえばグレタ姫がこっちに帰ってきてると昨日聞いたな。彼女を誘ってお茶でもしようか、前に今度帰った時はお喋りをしよう、と約束もしていたし。
「ねぇ、ルナ」
「どうした、コンラート」
「せっかくだし出かけようか、2人で」
「…へ?」
思わぬ提案に間抜けな声を出せば、わけもわからぬまま何か布のようなものを渡された。一体何なんだ、と広げてみれば…それは白の可愛らしいワンピース。…ますますわけがわからない。というか、何故コンラートがこんなものを持っているんだ?まさかヨザと同じ趣味に目覚めたとかじゃないだろうな…?!いや、それでもコイツを好きな気持ちは揺るがないだろうが、コンラートの女装姿、………うわ、鳥肌立った。これは想像しちゃいけないもんだと思う。
ワンピースを握りしめたまま青い顔をして固まっている私を不思議に思ったのか、コンラートがきょとんとした顔で名前を呼んでくれた。それでようやく我に返ったのだが。
「いや、…すまん。変な方向に意識が飛んでいた」
「…先に言っておくけど、その服はルナの為に用意したもので俺の私物とかじゃないからな?」
「えっ何で私の考えていることがわかったんだ?!」
「お前の考えていることくらい、想像がつく。どれだけの時間を一緒に過ごしてきたと思ってるんだ」
うん、まぁ私だってコンラートやヨザの考えていることは大体想像できるし、予想もつくけど。今回の考え事は普通だったら予想つかないようなことだと思うんだけど、とボソリと呟けば、青い顔してワンピースを凝視してれば嫌でも思い当たると溜息交じりに返された。ああ成程、それは尤もだな納得。
…というか、さっきコイツは私の為にこの服を用意したと言っていたよな?もしかしなくても、自分で買いに行ったのか?それはそれで勇気ある行動だよな。
「まぁ、俺が用意したと言っても…正直に言えば、母上からの贈り物なんだけどね」
「母上って、…え、ツェリ様?」
「そう。ルナが目覚めたこと、順調に回復してること、事細かに連絡してたんだよ、母上の希望で。そうしたらこの間、その服が届いたってわけ」
ほら、母上からの手紙。
手渡されたのはツェリ様が愛用している香水がほんのり香る便箋。そっと開いてみれば相変わらず綺麗な字で文字が書き連ねられていた。そこに書かれていたのは私が生きていて嬉しかったこと、元気になってホッとしていること…宛てているのは息子のはずなのに、触れているのは私のことばかり。
何と言うか、…あの方に大事にされているなというのはわかっていたけど、改めて実感した。どれだけ愛してもらって、大事にしてもらって、…そして、多大なる心配をかけてしまっていたことを。このワンピースのお礼と心配をかけてしまったお詫びをしなくてはいけないね。
女性物の服はほとんど着ないから少し気恥ずかしいんだが…けれど、せっかくの贈り物だし着ようかな。ツェリ様が着ているような過激で派手なものではないし、このくらいのものなら私が着てもおかしくはないだろうし。それで髪の毛も少しいじろう、コンラートと2人で出かけるのは恋人になってからは初めてのことだから、少しくらいお洒落をしたい。
門の所で待ち合わせ、と決めてからコンラートは退出していった。
「…こういうの、でーとって言うんだーって陛下と猊下が仰っていたっけ」
2人で出かけるだけ、ただそれだけのことだ。けれど、お互いに好き合っていて気持ちが通じているとなると…何でこんなにも恥ずかしいというか、妙な気分になるのだろう。おかしいというか、不思議な感じだ。ドキドキして仕方がない。
かと言って、出かけたくないわけじゃないんだよな。ドキドキして、めちゃくちゃ緊張してるけどそれでも楽しみだ、という気持ちの方が大きくて。自然と頬が緩んでいくのが自分でもわかる。今、きっとものすごくだらしない顔をしている自信があるぞ。こんな所を知り合いに見られたら恥ずかしさで死ねる気がする。特にヨザなんかに見られたらからかわれるに決まってる。
普段着ている服からもらったワンピースに着替え、滅多に座ることをしない鏡台の前へ腰を下ろした。一応、最低限の化粧用品は持っているが…あんまり使わないのが真実なんです。化粧っ気ゼロだからなー…ギーゼラやツェリ様にはもったいない、と何度も怒られた記憶がある。まぁ、そんなわけだからいざ化粧をしようと思うとどうすればいいのかさっぱりわからん!
コンラートを待たせているのに、と内心焦っているとドアがノックされて、その直後にものすごい勢いでドアが開いた。ノックした意味は?
「ちゃっらーん!愛しのグリ江ちゃんの参上よ〜」
「……呼んでない」
「いやん、お嬢ったらつれないんだからーぁ。陛下に頼まれたのよ、化粧や着飾るの手伝ってやってくれーって」
「は?陛下が?」
よくよく話を聞いてみると、陛下は私達が付き合っているのを何となく感じ取っていたらしく、たまには2人で出かけてきたらとコンラートに提案したらしい。私を休ませることには賛成だったアイツは、自分も休みだと言われるとそれはさすがに…と断ろうとしていたんだと。けど、渋るアイツを納得させたのは意外にもヴォルフだったようで驚いた。
つまり。陛下の護衛はヴォルフ、そして一緒に執務をしているギュンターが快く引き受けてくれた為、さっきお誘いをしてきたんだそうだ。んーで、たまたま居合わせたヨザに私の化粧を手伝ってくれないかと頼んでくれたそうな。きちんと化粧すればもっと美人だから!そしたらコンラッドがもっと喜ぶはずだから!…と、相も変わらずの早口で説き伏せられたんだとさ。これにはさすがのコンラートとヨザも苦笑いを浮かべたらしい。
「…けど、正直来てくれて助かった。化粧なんてほとんどしないから勝手がわからなかったんだ」
「でしょーね。ま、俺にまっかせなさいって!とびきりの美人にしてやっからさ」
「ふふ、ではお任せするよヨザ」
化粧を施され始めて15分後。思っていたよりも早く終わってちょっとびっくり…イメージだと30分以上かかるものだと思っていたから。更に言えば、ヨザは化粧だけではなく髪の毛まで結ってくれた。鏡に映るのは正に誰コレ状態。
化粧は違う自分に化けるもの、と誰かが言っていたが、それはあながち間違いではない気がする。普段見慣れている自分の顔とはまるで違う、かけ離れているにも程があるんじゃないか?というか、…やってもらってこんなことを言うのは何だけど、大丈夫なんだろうか…心配になってきたぞ。
「ほらほら、せっかく綺麗に化粧してんだからんな眉間にシワ寄せんなって」
「あ、悪い……なぁ、これ大丈夫か?コンに引かれたり…」
「しねーって。むしろ隊長は惚れ直しちゃうんじゃねぇの〜?俺だってドキッとするくらい綺麗だしな」
だから心配すんなって!俺を信用しろよ。
そんな風に言われてしまったら、もう何も言えないじゃないか。いや、文句を言うつもりは毛頭ないんだけど…ほら、心配にはなる、だろう?普段しないことをしてしまっているんだから。…でも幼い頃から一緒にいるヨザがそう言うなら、きっと大丈夫なんだろう…キッパリ言う奴だから、嘘は言ってないはずなんだ。
あ、眼帯をしていた右目は髪の毛でうまく隠れるようにヨザがやってくれたんだよ。さすがに軍服ではないのにしていたら、違和感がありすぎると言われてしまったから。
「普段、前髪なんてないに等しいから何か変な感じだ」
「やり方は如何ようにも、ってことさ。アンタはその色が嫌いだから外すの嫌だろうけどな」
でももしかしたら、あんまり気にすることねーかもしれねーぜ?
そう言ってヨザはいつものように笑みを浮かべた。それから座ったままの私を立たせておかしな所がないか最終チェック、…を、しているらしい。任務で女装することが多いから(もう趣味に近いか?)、こういう所は私よりよっぽど女性らしいと思う。…持っている服や、化粧品を見ると。あれは絶対一般男性が持っているものじゃない、本当に。
…ああ、今はそんなことを考えている場合じゃないな。コンラートを待たせてしまっているし、早く行かないと。
「よっし、変な所はねーな!ほれ、楽しんで来いよ?」
―――トンッ…
「あ、…ありがとう、ヨザ」
「アンタ達の為ならこのくらいどーってことねぇって。早く行ってやれ、隊長待ってんぞ?」
もう一度だけありがとう、とお礼を述べて私は待っているであろう愛しい人の元へと急ぐことにした。