君が好き
side:コンラート
楽しみと、緊張と、…何と言えばいいかわからないものを胸の内に抱えながら愛しいあの子を待つ。恋人になる前にだってこうやって2人で出かけることはあったから決して初めてではないんだが…やっぱり心持ちが違うとこうも変わるものなのだろうか。
顔には出さないようにしながら愛馬の背を撫でていると、遠くから靴音が聞こえてきた。誰だろう、と思うことはない。だってこの気配は、ずっと昔から近くに感じていたものだから。顔を見なくても誰なのかハッキリわかるくらいだよ。
それでも振り向いてみれば予想通り、ヨザの手によって普段より一層綺麗になったルナがいた。走ってきたらしく頬が少し赤く染まっている。全く、そんなに急がなくても良かったのに。
「悪い、コンッ…!待たせたよな?」
「いや、大丈夫。今日はスカートだから俺とタンデムになるけど、いいだろ?」
「…あ、そっか…うん、大丈夫。お願いするよ」
ふふ、あの顔だと自分の愛馬で行く気満々だったんだな。普段は軍服を着ているから問題ないけど、今日の服では馬の背に跨るのは難しい。というか、俺がさせたくないっていうのが一番大きい理由だけどね。心配で仕方ないから。
ルナの体を抱き上げて馬の背に乗せれば、驚いた表情で固まっていた。その顔がとても可愛くて、愛しくて、思わず吹き出してしまえば、すぐにムッとした表情に変わる。うん、でもそんな顔も可愛いと思ってしまう俺は、かなり彼女にやられているんだなぁ。今更だ、とヨザ辺りには笑われてしまいそうだが。
不機嫌になりかけている彼女の頭を宥めるように撫でれば、少しだけ表情が和らいだような気がする。そのことにホッとして馬に跨り、ゆっくりと城下へ向けて出発することにした。
時刻は昼過ぎ。城下はとても賑わっていて、たくさんの人で溢れ返っていた。
ええと、ひとまずは昼ご飯かな…時間的にちょうどいいし。さて、何処で食べるか…城下へ来ることは少なくないが、それは仕事だったりヨザ達と飲みに行くことが大半だから、ご飯を食べる場所というと…実はあまり知らない。お忍びのユーリの護衛で来る時は食べ歩きをすることの方が多いしなぁ。
どうしたものか、と思案していると、腕を引っ張られた感触。不思議に思って振り向けば、珍しく彼女が行ってみたい店があるんだ、とおずおずと切り出してきた。何でそんなに不安そうな顔をするかなぁ、俺がルナのお願いを断るわけがないのに。それに店を決めかねていたから正直助かった、とさえ思ってるしね。
「何処?」
「前に陛下の護衛で来た時に見つけただろう?あのお店」
「ああ…じゃあ行ってみようか」
はい、と手を出せば恥ずかしそうに目を伏せながらそっと握ってくれる。ああもう、本当にどうしてこんなに可愛らしい仕草をするんだろう。此処が外じゃなかったら確実に抱きしめている気がする…うん、人目がある所で本当に良かった。抱きしめられないことは残念でしかたないんだけど、それでルナに怒られて嫌われてしまう方がよっぽど嫌だ。
「…陛下の護衛以外でこの時間に城下に来るのって、すごく新鮮だ」
「仕事以外で来る時は大体夜だからな。昼を食べたらブラついてみよう、行きたい所は?」
「うーん…あ、じゃあ紅茶屋に行きたい」
「わかった」
ルナが行きたい、と言っていたお店に着くまでの間。俺の手をギュッと握りしめたまま、彼女は楽しそうに辺りをキョロキョロと見回していた。表情もすっかり緩んでいて、普段の厳しい瞳は鳴りを潜めている。こうして見ると誰も彼女が軍人だとは思わないんだろうなぁ…ただの女の子、って感じだ。
軍に入ることはルナが自分自身で決めたことだし、俺がとやかく言うことでもないんだけど。それでも軍人以外の道を彼女が選んでいたとしたら、もしかしたらこんなキラキラした笑顔をずっと見せてくれていたのだろうか、と思ってしまう。今の道以外を選ぶ彼女はもう想像できないけれど。
…こんなことを本人に言ったらきっと、眉を寄せて何を言っているんだと言われるんだろうな。その光景は容易に想像がつくよ。
「ルナ、こっちも食べてみる?」
「いいのか?」
「ん、口開けて」
スプーンを口元に差し出せば、顔が一気に真っ赤になった。じろりと睨まれるけど、気にせずそのまま笑顔を浮かべて待っていると、諦めたのかぱくりとスプーンを咥えた。恥ずかしそうに咀嚼しているけど、味は気に入ったらしく少しだけ嬉しそうな顔を見せてくれる。
彼女がこういうのを苦手なのは知っているけど、少しくらい…恋人気分を味わったって構わないだろう?せっかく城下まで来ているんだし。それに城ではこういうの出来ないからね。
こっそり笑みを深くして食事に戻ろうとしたら、無言でフォークが差し出された。そこにはルナが食べている肉が刺さっている。…これは食べろ、と言っているのかな?何でもない顔をして口を開けたけど、これ…される側って思っていた以上に恥ずかしいかもしれない。する側だった時は大丈夫だったけど。うん、ごめんルナ。
「ふはっコン、顔が赤いぞ?」
「…ルナだってまだ赤いくせに」
2人して顔を赤くして食事、って…周りからすればすごく不思議な光景だろう。奥の方の席で助かったかもしれない。
「ルナ、こういうの好きか?」
あの後、さっさと食事を終えて俺達はまた手を繋いで街中を歩いていた。その先で目に留まったのは、細かい装飾が施された髪飾り。あまり派手すぎないそれは、ルナに似合いそうだと思った。けど、自分のことに無頓着な彼女はあまり装飾品を好まない。今日は首飾りも髪飾りもつけているけど、それは恐らくヨザが貸したものだろう。とてもよく似合っているけどね。
買ってもあまりつけないかもしれないけど、それでも何か彼女に贈り物をしたいと思うんだ。そう思って問いかけてみたんだけど、あんまりいい返事は期待できないかな…。
「…へぇ、綺麗だな。こういうの好きだよ」
そう思っていたのに、返ってきたのは嬉しそうな声音。予想していなかった返事に思わず、え?っと言ってしまったけど、それに気を悪くすることもなくにっこりと笑みを浮かべている。
せっかくの2人きりだ。ヨザには悪いけど、こういう時くらい他の男の持ち物をつけていてほしくない。醜い男の嫉妬だ、と言われようと、ようやく結ばれたルナを手離したくはないし、出来ることならずっと独り占めしたいと思っているくらいなんだ。
迷うことなくその髪飾りを買って、ルナの後ろに回る。不思議そうに首を傾げているけど、そっと付け替えれば頬がほんのりと紅色に染まった。でも嬉しそうに笑ってくれて、俺も自然と笑顔になる。良かった、喜んでもらえてるみたいだ。
「…今度また出かける時、それつけてきてくれ」
「ふふ、わかった。ありがとう、コン」
ふんわりと笑う君を、今すぐ抱きしめたい。
こみ上げてくる愛しさを胸に、嬉しそうに笑ってくれている彼女に笑みを返した。