危なっかしい人
side:有利
ドジってさ、誰でも踏むものだと思うんだよね。あと失敗も誰でもする、俺だっていまだに失敗ばかりの魔王生活だし。…けど、彼女の場合のドジとか失敗って命に直結することが多いからめっちゃくちゃ心配になる。特に遠くの国に任務で行っている時、とか。
「ユーリ、ルナ達が戻ってきたようですよ?」
「えっほんと?!」
「先程戻ってきた、と伝達がありましたね。…急ぎの書類にサインは頂きましたから、ルノアーナの所へ行ってきて構いませんよ陛下」
王佐と摂政の2人から許可をもらったので、コンラッドを連れて門へと急いだ。
ルナが目を覚ましてからもうすぐ半年が経つ。ちょうど2ヶ月くらい前、だったかなぁ…結構遠くの村で大規模な反乱?一揆?暴動?…ええっと、そんなのが起きたらしく、それを治める為にルナ率いる部隊がその地へ赴くことになったんだ。ヴォルテール地方での暴動だったから本当ならグウェンダルも行く予定だったみたいなんだけど…よくわかんねぇ手違いでルナが行くことになったんだって。肝心の彼女は飄々とした感じで大丈夫、と笑っていたけど、その手違いを何となく理解したグウェンダルとヴォルフはすげー顔してた。ついでに言うと、コンラッドでさえ真っ黒なオーラ背負ってましたなにあれこわい。
こういう所は3人共よく似てると思う。普段は似てねぇ魔族三兄弟なのに。
あ、何か話が逸れた。えーっと、…あ、そうそう、ルナのことだったよな。彼女は俺の護衛だけど、今回みたいに遠征することはよくあったんだよ。だから今までなら別にそこまで心配は、してなかったんだ…ルナって強いし。でも今回はしばらく伏せってた後の大きな任務だったからすげー心配だった。彼女に限ってそんなことないだろうけど、大怪我してたりしてるんじゃないかー、って。
コンラッド曰く、ヨザックも副隊長として一緒に行ってるし兵達も選りすぐりの強者だから問題ないでしょう、っだって。
それに暴動を起こしてた人達も大きな怪我をすることなく、ほとんど血を流すことなく治めることが出来たって白鳩便も来てる。時間がかかったのは村を立て直す手伝いをしてたからみたい。
「あ、ヨザック!」
「はい?あら、陛下と隊長が揃ってお出迎えですか?グリ江感激〜!」
「ったく、お前は…」
「ははっ元気そうで安心したよ。ところで…ルナ、は?」
城を飛び出してすぐ目に入ったのは、素晴らしい上腕二頭筋を惜しげもなく晒したオレンジ色の髪を持つヨザックだ。声をかければ相変わらずの感じで答えてくれて、ようやく心からホッとした。大丈夫だったんだ、って。けど、一緒にいると思っていたルナの姿が見当たらない…いつもだったらすぐ見つけられる、あの水色の綺麗な長い髪が何処にもいない。
一緒じゃなかったのかな、と思ったけど、でもさっきコンラッドもギュンターもちゃんとルナの名前を出してたし帰ってきてないはずがないんだけどなぁ。
うーん、と首を傾げていると、ヨザックの隣に見慣れた髪色を見た気がした。
「陛下、私ならずっと此処にいるんだが…」
「えっ?!うわ、ごめんルナ………って、ええええええぇえええ?!」
苦笑を浮かべてヨザックの後ろから顔をひょっこり出したのは、確かによく知っている顔。ルナで間違いなかったけど、でもあまりの衝撃に俺は誰もが振り向く大音量で叫んだ。それはもう力の限りに叫んださ!その声にルナとヨザックは一瞬眉を顰めて、すぐに苦笑を浮かべてた。コンラッドは叫びはしなかったけど、でも驚いてはいるみたいで口をあんぐり開けていた。あ、これはすっげー貴重かもーあんまり表情崩さないもんなぁ、この名付け親。
「あー…予想はしてましたけど、やっぱりいい反応しますねぇ坊ちゃん」
「だ、だってルナが…!」
「いや、私は無傷だし元気だぞ?」
「そういう問題じゃないって!だって、あんなに綺麗だった髪が…!」
そう。俺が叫んだ理由、コンラッドが珍しく表情を崩した理由。それはルナの髪がバッサリ切られていたこと。
遠征に行く前は確かに長くて、見慣れたポニーテールにしていたはずなんだ。それがどうだろう、2ヶ月経って戻ってきたと思えば肩に触れるか触れないかくらいの長さになっちゃってるんですけど?!しかも先っちょがちょっと黒くなってないですか?なに焦げたの?髪の毛燃えちゃったんですかーーーー?!
わかりやすいくらいに狼狽えている俺を宥めるように、ルナがにっこり微笑んだ。その笑顔は遠征に行く前と何ら変わりないけど、でも、…やっぱり髪が、短い。
「どうしたんだ、ルナ…」
「そうだよ何で短くなってんのしかも先っちょ黒くなってんじゃんどういうことだよルナ!!」
「あー、陛下?ちょっと落ち着いてくれ…これはその、ちょっとドジをしてしまって、」
「ルノアーナ閣下!…っと、申し訳ありません!陛下とお話し中でしたか」
「用件は聞けるよ、どうした?」
「はっ!グウェンダル閣下がお呼びです、執務室に来るようにとのことであります!」
「わかった、すぐ行こう」
ルナの返事を聞いてその兵士は敬礼して、更に深くお辞儀をして去って行った。もう一度こっちに向き直ったルナの顔には困惑の色が浮かんでいて、珍しく言葉を選んで話そうとしているように見えた。けど、グウェンダルに呼ばれてしまってるから申し訳なさそうな表情になって「少し待っていてくださいね」と一言。
「…じゃあ、あとでルナの部屋に行く」
「ええ?仕方ないなぁ…では、1時間後に来てください。報告やシャワーを済ませておきますから」
埃っぽいのでこのままでは、とまたもや苦笑して彼女は城内へと姿を消した。一緒に行くであろう、と思っていたヨザックはそのまま俺達の傍に立ったままルナの後ろ姿を見送っていて。彼の顔にもやっぱり苦笑が浮かんでいたんだ、彼女の身に起きたことを知っているから。
彼に聞けばきっと全部わかると思うんだけど…でもどうしても、ルナの口から直接聞きたいと思った。何が起きて、どういうことが起きたのか。ルナの身に起きたことはもちろんだけど、任務先で起きたこととかも全部知りたい。いずれ報告が魔王である俺にも来るだろうけど、その前にきちんと当事者である彼女の口から聞きたいんです。もちろんコンラッドとヨザックも同席させる!コンラッドだって気になってるみたいだし、ヨザックにも今回のことを話してほしいからな。
「坊ちゃん、隊長。あとでアイツがちゃんと話すでしょうから俺からは何も言いませんが…怒らないでやってくださいよ」
「ヨザ?」
「ま、お二人なら大丈夫かとは思いますがねー」
俺も報告についていってきますわー。
ひらひらと手を振って歩いていくヨザックの背中に、あとでルナの部屋に集合なーとだけ声をかけておいた。案の定、びっくりした顔で振り向かれたけどあえて気にしない。無視ではないけど。
―――ガチャッ
「さ、どうぞ。今、お茶を淹れますから」
1時間後にコンラッドとヨザックと一緒に部屋を尋ねれば、シャワーを浴びたんだろうね?まだ髪がしっとりと濡れているルナが迎え入れてくれた。
お茶を淹れてくれている間に問いかけるのは失礼だよなー、でも気になって仕方ないし…むむむ、やっぱりルナがソファに腰掛けるまで待つのが常識ってやつだよな!うんうん、と1人で勝手に問題提起して答えを出していたら、顔に出ていたらしくコンラッドもヨザックも、更にはルナも紅茶のカップを配りながら笑いを堪えていた。あ、あれ?俺ってばそんなにおかしなことしちゃった?
「ふ、くくっ…陛下、すごい百面相してましたよ?」
「げっマジ?!」
「もー坊ちゃんてば相変わらずだなぁ」
恥ずかしさを押さえながら淹れてもらった紅茶を一口。温かくて、美味しくて、少しだけ気持ちが落ち着いたような気がした。はー…何かすっげぇ和む。
「って和んじゃダメじゃん!」
「そんなことはないと思いますが、…ユーリ、カップを持ったまま急に立ち上がると零しちゃいますよ?」
「あ、うん気を付ける」
「それで…聞きたいのは髪を切った経緯、だったかな?」
大人しく座り直してからルナの言葉に1つ頷きを返した。それを見たルナはうーん、と思案するような表情を浮かべている。さっき見たような、話す言葉を選んでいるような…もしくは探しているような、そんな感じだった。彼女にしては珍しいと思う、良くも悪くもハッキリキッパリ言葉を告げる人だからさ。あんまり言葉に詰まる所って見たことがないんだよね、実は。
それでもどうにか話を纏めてくれようとしているみたいで、視線を俺に戻すと静かに口を開いた。
「今回の任務で行った先はそれほど大きな村ではなかったんですが、その…暴徒化した村人が建物に火をつけてしまったんです。程なくして火は消し止めたんだが、建物が老朽化していたのか崩れてしまって…」
焼け焦げた壁や屋根が次々と落ちてきたらしい。幸いにも怪我人や死人は出なかったらしいんだけど、ルナの髪の毛が下敷きになっちゃったんだって。最初は引っ張り出そう、としていたみたいなんだけど、どうにもこうにも抜けないし兵士が瓦礫を持ち上げようとしても無理だったみたいなんだ。
…うん、ここまで聞けば話の結末が読めてきたような気がするぞ。そう思いつつも、ルナの言葉で語られるのを待つことにした。
そうして語られたのは、俺が予想していたのと同じ結末。持っていた剣でバッサリとショートカットにー。毛先が黒くなっていたのは、瓦礫についた火がまだ微かに燃えていたからだったんだって。運良く焦げただけで済んで良かったけどね、そのまま髪の毛に火が燃え移ってでもしたらルナは生きていなかったかもしれねーもん。それが一番嫌だ。
そう思うと、…あの綺麗な髪が短くなってしまったのは残念なんだけど、でも髪の犠牲だけで済んで…良かったのかもと思うんだ。
「瓦礫の下敷きになった、と思った時はさすがに心臓止まるかと思いましたよー?お嬢」
「あれはさすがに私もびっくりした」
「話を聞いたユーリと俺も驚いたぞ…まぁ、大きな怪我がないなら安心したけど」
落ちてきた瓦礫の欠片であちこち切ったりはしたらしいけど、動けなくなるような怪我は1つも負っていないらしい。それをルナの口からしっかり聞いて、尚更安心感が増した。
ああでも、剣で切ったって言ってたから当然なんだろうけど、毛先がバラバラだし…綺麗に整えてあげたいかも。生憎、俺はそんなに器用な男じゃないから切ってあげらんないけれどね!!それにルナ自身、別に大丈夫ですよーってカラカラ笑いそうな気もする。うん。この人、自分のことに無頓着すぎるんだよなーコンラッドとヨザックも言ってたけどさ。
「あ、ねぇヨザックって髪切れる?」
「え?ああ、まぁ出来ないこともないですが…お嬢のですか?」
「うん、毛先揃えてあげてよ」
「リョーカイしましたー」
「…ああ、確かに揃えた方が良さそうだ。ざっくりしすぎ」
「仕方ないだろ、急いでたんだし…剣で切る他、方法がなかったんだ」
だろうねー任務先だし。でもきっと、一緒に行った兵士さん達は彼女が髪を切ろうとした瞬間、すんごい形相で止めようとしたんだろうなぁ。気が付いてないかもしれないけど、人気あるんだもんルナって。俺の所にまでルナを軍に戻せないかーとか、我が軍の隊長にーとか相談くるもんね。俺に言う前に本人に話せばいいのに…ま、断られてるから俺の所にくるんだろうけど。
まぁそれは置いといて。しっかりしているように見えて、ルナって意外と危なっかしい人なのかもしれないと思った。