無理は禁物!


「う、…」


微かに耳に届いた声に読んでいた本から視線を上げ、ベッドで横になっている主君に目を向けると薄らと目を開け、しきりに辺りを見渡していた。…ああそうか、意識が朦朧としていて此処が何処なのかわかっていないんだな。


「ユーリ」
「ルナ、…?」
「ああ、そうだよ」


そっと名前を呼べば、緩慢な動きでこっちを向いて掠れた声で私の名を呼ぶ。見知った人間を見つけたからか幾らか顔に安堵の色が浮かんだようだ。…しかしまだ熱は高いようだな、顔は真っ赤だし、呼吸も苦しそうだ。額にのせていたタオルを触ってみると大分温くなっていて、どちらかというと熱を持っている気がする。ユーリの熱で温まってしまったのだな。
失礼、と声をかけてタオルを氷水で濡らし、きつく絞ってから再び額の上へとのせる。冷たさが心地良かったらしく苦しさで寄っていた眉間のシワが少しだけ伸びたような気がするな。


「おれ、どうしたんだっけ…?」
「執務室でぶっ倒れたんだ。体調が悪かったのか?ひどい高熱だったんだぞ」
「少し前から風邪っぽいな、とは思ってたけど…」


倒れるほどとは思ってなかった。
ユーリの言葉に失礼ながら大きな溜息を1つ溢させて頂いた。全くこのお方は他人のことはいつでも目敏いくらいに気が付き、無理をするなとお怒りになるくせに…自分のこととなるとこうなのか。私も人のことを言えた義理ではないが、ユーリも大概だなぁ。まぁ、でもここ最近はずっと根を詰めて頑張っていたからな…その疲労も蓄積していたんだろう、休んで頂くいい口実になったと思えばいい。心配なのには変わりないが。
そっと頭を撫でてみれば気持ち良さそうに目を細めていて、何だか可愛らしいな。弟がいたらきっとこんな感じなんだろうなぁ…ヴォルフも弟のような存在だし、私を慕ってくれているようだけど…もう少し素直になってくれると嬉しいんだけどね。特にコンラートに対して。あれでも昔よりは大分良くなった方だけども。


「夕食の時間までもう少しあるから、もう一眠りするといい」
「ん…」
「大丈夫。私はずっと此処にいるよ、ユーリ。安心して」


優しく告げれば安心したようにふにゃん、と笑ってあっという間に夢の世界へと飛び立っていった。熱がある時は起きているだけで体力を消耗するからな、どれだけ寝ても足りないくらいに睡魔に襲われるんだ。だけど、それでいい…たっぷり寝て、たっぷり汗をかけば熱もすぐに下がるから。それにギーゼラが処方した薬もあることだしな、3日も休めばいつも通りの元気なユーリの姿を見れるだろう。
ベッドサイドに置いた椅子に座り直し、さっきまで読んでいた本に再び集中することにした。





不意に響き渡ったノック音に集中させていた意識が浮上する。扉を開ける前に見た窓の外はすっかり暗くなっていて、少しだけ驚いてしまった。ユーリが眠った時はまだ夕方になる前だったのに、…私はそんなに本に集中していたのだろうか。
…っと、いけない。誰かが訪ねてきていたのだったな。時間的にユーリの夕食を運んできたメイドだろうか。
はい、と返事をしながら扉を開けると、その先にいたのはまさかのコンラートとヴォルフ。お見舞いだろうか、と思ったんだが、コンラートが食事を載せたワゴンを押していたのでメイドの代わりに来たのだとすぐに理解した。ヴォルフは彼についてきたのだろう、ユーリのことをとても心配していたからな。


「夕食を持ってきたんだけど、まだ寝てる?」
「ああ、まだぐっすり。でも寝てから大分経っているから、もうすぐ起きるかもしれんぞ」
「とりあえず僕は中に入るぞ!」


ズカズカと大股でベッドへと向かうヴォルフの背を見ながら、コンラートと2人で笑みを零した。ふふ、本当に可愛い奴だよ…それほどにもユーリのことが大好きなんだなぁ。これはもう婚約者だから、とかではなさそうだ。恋愛感情を抜きにしたってヴォルフはユーリのことが大切なんだ、とわかる。微笑ましいなぁ。
ひとしきり笑ってからコンラートも招き入れる。いつユーリが起きてもいいように、小さなテーブルを引っ張ってきて食事の準備をしておくことにした。ええと、薬は確かさっきベッドのサイドボードに置いておいたはず…ああ、あった。全てを準備し終えた所で、ヴォルフがユーリの名を呼ぶ声が聞こえた。ん、起きたかな?


「ヴォルフ〜…?」
「そうだ、このへなちょこめ!自分の健康管理もなってないとはな!」
「こら、ヴォルフ。陛下は風邪をひいてらっしゃるんだから、あまり困らせるな」
「コンラッド…」
「おはよう、って時間ではないけど…気分はどう?」
「さっきよりは少しマシかも…何かいい匂いする」


ムクリ、と怠そうに体を起こした彼のお腹からは盛大な腹の虫の音が聞こえて、思わずコンラートと2人で吹き出してしまった。うん、そうだよな?朝食を食べたっきり何も食べていないんだし…それはお腹も空くよな。それはわかっているんだけど、あまりにもいいタイミングで鳴るものだから我慢できなかったんだ。
笑いを堪えながら夕食を食べるか聞いてみれば、熱ではないであろうもので顔を赤くさせたユーリは静かに頷いた。


「食べられるだけで構わないから無理はしないように。それと食後にはこれを飲んで」
「薬?」
「たまたま城にいたギーゼラが見てくれたんだ!」
「ギーゼラさんが…」


食欲は落ちていないらしく、渡した食事を綺麗に平らげたユーリは薬もしっかり飲んで、またベッドへと潜り込む。布団を肩までしっかりかけ、昼間と同じようにベッドサイドに置いておいた椅子へと腰を下ろすとユーリが不思議そうな顔でこちらを見上げていた。
どうした?と問いかけてみると、「ルナはずっと此処にいてくれたの?」と一言。


「貴方が倒れてからずっと此処にいたよ」
「そっか、…何かごめん。迷惑かけちゃったよな」


しゅんとした顔でもぞもぞと布団の奥深くへと潜っていく様はとても愛らしいけれど、…どうやらこの主君は1つ大きな勘違いをしているようだ。
まず、ユーリが倒れて迷惑だと思っている奴はこの城内には1人もいない。心配はしているけれど、どうして迷惑だと思うのだろうか。確かにギリギリまで何も言ってもらえなかったのは悲しいと思ったけど、でもそれは頼ってもらえなかったことに対してだ。体調を崩してしまうのは仕方ないことなんだから、そんな風に思うわけがないだろうに。
優しいこのお方は執務のことなどを考えてくれているのかもしれないが、それだって体調が万全ではない貴方が心配することじゃないんだユーリ。此処にずっといたのは事実だが、本を読む前は急ぎの書類に目を通してサインをしていたしな?だから決して、執務は滞っていないんだ。


「でもほら、…グウェンダルやギュンターにだって」
「そっちも大丈夫ですよ。貴方は最近とても頑張っていましたから、そんなに書類も溜まっていないんです」
「心配するくらいならさっさと治せ。それが僕達への一番の礼になるんだからな!」
「さ、ユーリ?ゆっくり目を閉じて、何も気にせず…今は風邪を治すことだけを考えればいい」


胸の辺りを布団の上をリズム良く叩けば、安心しきった顔でゆっくり目を閉じた。その数分後には規則正しい呼吸音が響き渡る。…良かった、昼間より大分楽そうに呼吸をしている。直にギーゼラの薬も効いてくるだろうし、熱も明日には大分下がっているだろう。


「眠ったか?」
「みたいだ。赤みも昼間より引いているし、もう心配なさそうだ」
「ルナ、ユーリは僕が見ているから夕食を食べてこい。昼間も食べずに此処にいただろう」
「…じゃあ、お言葉に甘えようかな。頼んだよ、ヴォルフ」


食器とワゴンを厨房に返しに行く、というコンラート共に部屋の外へ。


「コンラートはもう夕食を食べたのか?」
「いや、俺は陛下のお食事の準備を手伝っていたから」
「なら一緒に食べよう。まだ何か残っているかな…」
「それなら大丈夫。軽食をお願いしておいたから、俺とルナの2人分」


紅茶を淹れるから俺の部屋で食べよう、先に行ってて。
それだけ私に告げてコンラートは厨房へと行ってしまった。仕方ない、先にコンラートの部屋へ行っているしかなさそうだな…ああ、そういえばアイツの部屋に行くのは久しぶりだな。目覚めてからしばらくは自室に籠りっぱなしだったし、執務に復帰してからはこれまた仕事に没頭していたし、その後は長期の任務で眞魔国を離れていたし…どれくらいぶりになるんだろう。もしかして年単位、とか?
コンラートとゆっくり過ごせるのは、…ちょっと嬉しくて顔がにやけてしまいそうだ。見回りをしている兵士達にバレないようにしなくては。
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