上王陛下とヒミツの話
ある日の昼下がり。
ユーリ陛下直々に休みを命じられ、軍人になってからほぼ初めてのゆっくりとした時間。読みかけのまま放置だった本を読み進めていた時、来訪者が現れた。
「(コンラートか?)はーい」
―――ガチャッ
「ルノアーナ!」
「ぅわ?!ツェリ様っ?!!」
「陛下に伺ったら、ルノアーナは今日お休みだって言うじゃない?でもお話したくって!」
「それでわざわざ私の部屋まで?…けれど、久々の帰還でしょう?コンラート達ともお話をしたいのでは?」
「もちろん、あの子達とも話したいわよ?でも今はお仕事中ですもの」
「ああ…そうですね。あと1時間もすれば終了するとは思いますけど」
「夕食の時に会えるもの、その時に話をするわ」
「ふふっわかりました。今、お茶を淹れますから座っていてください」
突然の来訪者は、前魔王陛下のツェリ様だった。
私がこちらに移住してきた時に会って以来、ずっと会っていなかったんだ。ツェリ様が自由恋愛旅行に出ていたからね。相変わらずの美しさで、3人の子持ちとは思えないくらい。この美しさなら、たくさんの男性から求婚されても納得できるよなぁ。
「どうぞ。ミルクと砂糖はいりますか?」
「このままで大丈夫よ、ありがとう」
「それで今度は何処まで行っていたんですか?」
「シマロンの外れの方だったかしら?もちろん、上陸はしていないけど」
「その綺麗な金髪は、シマロンでは目立つでしょうしね…素敵な男性はいらっしゃったんですか?」
「それが今回はいなかったのよー、せっかく旅に出ていたのに!」
時々、子どものような表情になるツェリ様は、とても可愛いなと思う。…こんなことを言うのは失礼だけど。外見の美しさだけでなく、この方に惹かれるのはこういう部分もあるからなのだろうな。
…正直、羨ましいと思う。恋をされてるツェリ様は今以上に綺麗で、輝いている気がするから。
「ねぇ、ルノアーナは意中の殿方はいないの?」
「ゲホッ…な、何ですか?いきなり」
「だって、ルノアーナから恋愛の話って聞いたことないんだもの。やっぱり自分の娘のことは気になるじゃない?」
「…恋愛なんてしていませんでしたから…昔は」
ルッテンベルク師団の一員として、戦場に立っていた頃は女ではなかったしなぁ。同じ隊にいた奴らを、男として意識していたわけでもなかった。そんな状況じゃ、恋愛なんてするだけ無駄だと思っていたし。
ああ、でも――――
「今は…大切だと、思う人がいますね」
「あら、そうなの?!ルノアーナみたいな魅力的な女性なら、きっと殿方も振り向いてくれると思うけれど」
「あはは…それは無理だと思いますよ?」
「まぁ、どうして?」
嬉しそうな表情だったのに、私の一言で悲しそうな表情を浮かべたツェリ様。自分のことのように受け止めてくれるツェリ様に、私は苦笑してしまった。
だけど――――
「…忘れられない人がいるみたいですから…」
「ルノアーナ…」
「だから想いを伝えたくはないんですよ。優しい人だから、きっと悩ませてしまう…。傍にいられれば、それで」
今の状態で十分なんだ。それを自ら壊そうなど、大それたことはできない。戦場にいた頃は、どんなことにも怯えなかった。怖いとも…思わなかったのに。
「誰かに恋をするというのは、そういうものなのよ?相手のちょっとした仕草に喜んだり、憂いたりね」
「そういうもの、なんですか…」
「ええ。…ところでルノアーナ?」
「はい?」
「間違っていたらごめんなさいね?ルノアーナの想い人って…」
息子のコンラートかしら?
ツェリ様の思いがけない言葉に、私は思わず固まってしまった。
「えっなっど…っ!!!」
「あらぁ、やっぱり当たり?顔が真っ赤だものね」
「〜〜〜〜っ!」
私のバカーーーーッ!!!いかにもそうです!という態度を取ってどうするんだ!平常心を保てば、顔に出ることもなかったのに…っ!
ああ…でもここまできたら、この方にはもう隠し通せないか…。白状してしまうとしよう。かなり不本意だが。
「ツェリ様の勘はすごいですね…」
「ふふっ女の勘は鋭いものなのよ!」
「内緒にしてくださいね?!特にコンラート本人には…っ」
「もちろんよ。…恋心は自分自身の言葉で伝えなければ意味がないんだから」
ツェリ様は絶対にそういうことはしないとわかってはいるんだが…どうしても念を押したくなってしまう。これは生きている者の性なんだろうか?
「でも…私が恋なんていうものをするとは思いませんでした」
「ルノアーナも女性なんですもの、殿方に憧れの想いを抱くのも当然よ〜」
「ふむ、そういうものなんですかねぇ」
誰かに憧れ、慕うなど私には縁のない感情だと思っていたんだがな…。
「…軍人として生きてきた貴方にとって、戸惑うばかりの感情だとは思うんだけれどね。だけど、その気持ちを大切にしてほしいの。きっといい傾向だと思うから」
「いい傾向…?」
「奥底に眠っていて、ずっと忘れていた感情をやっと思い出したんだもの。いい傾向のはずよ?」
「!……そう、ですね。まだ私にも生きてる者らしい感情が残ってたみたいです」
「そうよ?貴方は血も涙もない方ではないんだから…自信を持ってちょうだい。自慢の娘、ルノアーナ」
「ありがとう、ございます」
忘れていたものが、此処に来てどんどん溢れていく。それが怖くなる時もあるけれど、私は生きているんだと確認することができるから。どの感情も、きっと無駄ではないんだろうな。