手当て


私はどうして魔王陛下の自室にいるのでしょうか。お答えをどーぞ!
…いかん。何かおかしくなってきたぞ?


「陛下?入ってもよろしいですか?」
「あっ大丈夫だよー!」
「(この声……)」


静かに扉を開けて入ってきたのは、鬼軍曹にもなるギーゼラだった。


「ギーゼラ」
「久しぶりね、ルナ。あー、もうこんなに腫れてるじゃない…冷やさなかったの?」
「こんなの怪我のうちに入らない。…痛みはあるが」
「痛覚はしっかりしているようで安心しました。しかし、思いきりやられましたねぇ」
「むう…油断していたらしい。殴られた痛みでようやく気づいた。護衛も諜報員も失格だな…私は」
「そんなことねぇって!辞めるとか言い出したら、許さないからな?!」
「はははっそれは言い出さないけど…」


気づけなかったのは、かなりの痛手だ。
殴られただけで済んだから良かったものの、あの男が刃物でも持っていたら…少しだけ怖くなる。
自分が傷つくのは自業自得だと思えるが、他の誰かが傷つく可能性もあったわけだし?…そうなっていたら、私は何を思っていたんだろうか。


「ルナの気持ちはわかるけど、あまり気にするな。大丈夫だから」
「閣下の言う通りですよ、ルナ。さあ、手当てをしましょうか」
「ギーゼラさん、痕…残っちゃうかな?」
「心配いりません。綺麗に治せますから、跡なんか残りませんよ」


あー…やっぱり治癒力で治されるのか。


「冷やしてくれれば、それだけでいいんだが」
「いいから治してもらえ。その方が俺達も安心する」


コンラートが苦笑しながら、そう告げた。
…もしかして、私が殴られたことを気に病んでいるのだろうか。あれは私の不注意で、誰のせいでもないというのに。

そんなことを考えていると、殴られた頬がじんわりと温かさを感じ始めた。
ギーゼラが治療を始めたのだろう、とりあえずはそちらに意識を向けることにするか。


「すげー…腫れがどんどん引いていく」
「ギーゼラの治癒能力は素晴らしいからな。これくらいは造作もないだろう」
「お誉めにあずかり光栄です、閣下。…うん、もう大丈夫ですね」
「ありがとう、ギーゼラ」
「いいえ。…でもあまり、無理はしないように。軍人である前に、貴方は女性なんだから」


ギーゼラの手が優しく頭を撫でる。それがとても心地いい。眠くなりそうなくらいに。
自室なら寝てしまうのもアリだが、いかんせん此処は魔王陛下の自室だから。
てか、まだ執務中だし。寝たらダメじゃないか。


「頬の治療は終わったけど、右手はどうする?治しますか?」
「あ…手は、いい。さほど痛くはないし、動くから問題ないよ」


痛みはほとんど消えたが、若干熱は残っている。だが、きちんと動くから骨に異常はないだろう。
これなら治療をしないでも、問題はないハズだ。ギーゼラに診てはもらったしな。


「では、私はこれで。また何かありましたらお呼びくださいね、陛下」
「うん、ありがとうギーゼラさん」


ギーゼラが退室した後、しんとした室内にいる私達4人。
えーと…非常に気まずいんだが?
治療は終わったから、このまま執務に戻ってもいいのだろうか。ロンギルト卿をどうしたか気になるしな(安否なんかどうでもいいが)。


「…陛下?」
「陛下って呼ぶのナシ」
「失礼、ユーリ……私は執務に戻っても?」
「ダメ。今日はもう休み!グウェンダルとギュンターからも許可は取ってあるから決定事項だかんな!」


……はい?休み?


「ユーリ、あの2人や貴方が働いてるのに私だけ休むのは…」
「何を言おうとダメなもんはダメ!」
「多分、君の意見は今日だけは全部却下だ。大人しく聞いておいた方がいいと思うけど?」
「…はぁ、仕方ないな。わかりました、休みます」


ここまで強く言われて、グウェンダル閣下とフォンクライスト卿にまで同じことを言われたら…従うしかないじゃないか。
まぁ、急ぎの書類は終わらせてあるし、休んでも問題はないか。今日はお言葉に甘えることにしよう。

…しかし、何をしようか。まだまだ陽が沈むまで時間がある。
久しぶりに城下まで、足を伸ばしてみるのもありかもな。


「…あ、ルナ。今日は念の為、外出禁止な?」
「え。城下に行こうと思ってたんだが…」
「ダメ」


何か後ろに黒い物が見えるぞ、コンラート。逆らったらどうなるかわかったもんじゃない!
……自室で大人しく本でも読むとするかな。仕方ないし。


「……どうするんだ?」
「?何が。今日の過ごし方か?」
「違うっ!あの男のことだ!」
「あぁ、ロンギルト卿のことか…どうもしないさ」
「何故だ?!ルナを殺すと言っていたんだぞ!!!」
「受けて立つ、そう言ったぞ?殺意を持って向かってくるなら、相手をするまでだよ。逃げはしない」
「あんな男の挑発に乗って、手を汚すのか。命を無駄にするのか?!戦とは違うんだぞ!」


…わかりにくいが、お前なりの優しさなんだよな?ヴォルフ。だが――――


「私の手はもう汚れている、今更だよ。そんな心配。それに死ぬつもりなんざ、ないよ。殺されてたまるか」


剣での打ち合いも、魔力も負ける気がしない。
自意識過剰は良くないがな、ロンギルト卿相手には少しくらいしても…足元をすくわれることはないだろう?私が唯一、自信を持てるのが剣と魔力だから。


「ルナなら、どんな手法で襲われようと負けることも死ぬこともないだろう。それに…お前もそう簡単に殺させる気はないだろ?ヴォルフラム」
「別にっ…あんまりにも危なかったら、助けてやらんでもないぞ!」
「ふふっありがとう、ヴォルフ」
「あの、話の腰を折るようで悪いんだけど…」


突然、ユーリが真剣な面持ちで口を開いた。どうかしたのか?


「何ですか?改まって」
「ルナについてめちゃくちゃたくさん聞きたいことがあるんだけど今聞いてもいいかな?!いやっダメだったらまた改めて聞き直すけどっ!」
「…舌、噛みませんでした?」


コンラート、何か違うぞ。お前も突っ込み所が満載な奴だな、相変わらず!
それにしても、聞きたいことか……時間もあることだし、たまにはゆっくり主君と言葉を交わすのもいいかもしれないな。


「構いませんよ?答えられることは、全て答えましょう」
「マジで?!何でも聞いていいのっ?」
「どーぞ?考えてみれば、ゆっくり話をしたこともなかったし」


初めて会った時から、疑問符をたくさん浮かべていた主君だからな。
いまだに興味があるのなら、話してしまおう。


「話をするならお茶でも用意しましょうか」
「うんっ!ヴォルフはどうする?」
「何を言っている!此処にいるに決まってるだろう」
「そう言うと思ったけど。…じゃあ、ユーリ?私とコンラートでお茶のご用意をしてきますから、ヴォルフと待っていてくださいね」


護衛が2人とも離れるのは少し心配だったけど、ヴォルフもいるし何とかなるだろう。
そう思い直して、コンラートと共に魔王陛下の自室を後にした。
短時間で疲れるような出来事もあったし、何か甘い物でも用意しようかね。…私が食べたいというのもあるんだが。


「コン、ケーキとクッキーだとユーリはどちらの方が好きなんだ?」
「どちらも好きみたいだけど、よく食べているのはエーフェの作るタルトかな」
「あぁ、あれか!あのタルトは私も大好きだぞ、程よい甘さで食べやすい」
「相変わらずだな。なら、タルトがあるか聞いてみようか」
「そうしよう。…楽しみだ」
「……ルナ、ユーリに聞かれることどこまで話すつもりだ?」
「差し支えのない所まで、としか言いようがないな。どこまで聞かれるかもわからないし」
「それはそうだが…その瞳のことは?」
「ユーリが望むなら話すさ。私やコンがわかっていることだけになるがな…当人の私でさえも、わからないことだらけだから」


そう、この瞳について私が知っているのはきっと…ほんの一部分。あとのことは推測にしかすぎないだろうから、話してもさして信憑性はない。
それに推測で話されても納得できないだろうしね。私ならきっと…いや、絶対に納得できない。
いつかは…この瞳の意味が全て、わかる時が来るのだろうか。


「ルナ、大丈夫か?顔色があまり良くないぞ」
「悪い…考え事をしすぎたようだ。問題ないよ」
「お前の悪いクセだな、内に溜め込んでしまいがちなのは。たまには俺にも頼れ」
「結構頼ってると思うが?」
「そうでもないぞ…昔からルナは無理をしがちだから」


他愛ない話をしながら、キッチンでお茶の準備をする。
どうやら話に夢中になっていたようで、ユーリとヴォルフに遅い!と怒られたのは…内緒にしておこう。
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