過去


「それで?まず何を聞きたいんだ?」


紅茶のカップを口に運びながら、同じように紅茶を飲んでいたユーリに尋ねてみた。


「えーと、まずはコンラッドやヨザックとの関係かな…グウェンやヴォルフ、ギュンターとの関係も気になる所だけどさ」
「コンとヨザとはいわゆる幼なじみですね。フォンクライスト卿には剣を習っていたので、師匠と弟子の関係になるのかな」
「兄上と僕は、ルノアーナがコンラートと仲が良かったから自然と知り合いになったんだ」
「たまに城に遊びに来てましたからね、ルナも」


懐かしいなぁ。まだ小さかった頃、ダンヒーリー殿に連れられてこの血盟城に遊びに来たんだっけか。
そしたら閣下とヴォルフに出会って、知らぬ間に仲良くなっていた記憶がある。まぁ、最初は閣下に睨まれてたけど。そのうちに…ね。


「じゃあ、ルナのファミリーネームがウェラーなのは?コンラッドと兄妹じゃないって言ってたけど、たまたま一緒なの?それとも親戚とか?」
「…話していいのか?それ」
「ルナが構わないのなら、俺は別に」
「え、何か聞いちゃダメな雰囲気…?」
「…幼い頃に親に捨てられてな?行く所もなく、フラフラと歩いてたのを、コンとダンヒーリー殿…ええと、コンの父上に拾ってもらったんだ」
「そう、だったんだ……自分の名前を覚えてなかったから、ウェラーを…?」
「いや、いまだに本当の姓は覚えている。でも捨てられた以上、名乗ることは出来ないから」
「僕もウェラーとしてのルナにしか会ってないから、本当の姓は知らないんだ」


年のいった貴族や、故郷の者達は知っているだろうけど。
血盟城内で私の本当の姓を知っているのは、コンラートだけだ。閣下も知らないだろうし。
最初のあいさつをウェラーでしてしまっているし、わざわざ言う必要もないしなぁ。
大体の者は、私がウェラー家の者ではないと気づいているだろうが。


『下の名前は何て言うんだ?可愛いお嬢さん』
『…ルノアーナ…』


ダンヒーリー殿とコンラートに会った時、何となく事情を悟ったんだろうな。姓を聞くことはせず、下の名前だけ尋ねてくれた。その後も尋ねてくることはなかったし…。
それからしばらくして、私が生まれ持った姓を言いたくないのならウェラーを名乗っても構わないぞと言ってくれたんだ。


「単純に…嬉しかったな、とても」
「ルナは捨てられたこと、恨んでるのか?」
「…いいえ、恨んでないよ。コンラート達に出会うことができたからね」


それに今となって、捨てた理由が両親の優しさだとわかったから。
そりゃ幼い頃は恨むこともあったけどね、今は感謝しているくらいだ。こんなにも素晴らしい仲間と会うことができたのだから。


「そっか…良かった。恨みなんて感情はさ、持っていてもきっとプラスにならないと思うから…だから、ルナが両親を恨んでなくて良かった」
「ええ、私もそう思う」


きっとそう思えるのも、拾ってくれたのがダンヒーリー殿だったからだな。あの人から学ぶことは、本当にたくさんあった。
ふと持ったままだったカップを見てみると、いつの間にか飲み干していたようだ。
もう一杯淹れるか。


「ユーリ達も飲むか?紅茶」
「僕は飲むぞ」
「じゃあ俺も!」
「コンラートは?」
「うん、もらおうかな」


カチャカチャと陶器同士がぶつかる音だけ、室内に響いている。
あれだけ喋っていたユーリも今は黙り込んでいる。聞きたいことを全て聞き終わったのか、それとも何かを考えているのかはわからないが。


「どうした、ユーリ。いきなり黙り込んで」
「さっきまでよく喋っていたのにな。もしかして、疲れましたか?」


淹れたての紅茶のカップをユーリの前に置き、問いかけてみた。ヴォルフに便乗してな。
本当に疲れていたり、具合が悪かったりしたら大変だーというのもあるけども。コンラートも気になるんだろう、少し心配そうな眼差しをユーリに向けている。


「いやっ疲れてはいないんだけど!…言いづらいこと聞いちゃったなぁって…」


そう言ってしゅんと項垂れる我が主君。
…何だ、この可愛い生き物は。ついてないハズの犬耳と尻尾が見えるぞ?!
(ルノアーナさん、ただ今混乱中)


「ルナ、とりあえず落ち着け…陛下が困っていらっしゃる」
「へ?…あ…失礼した。えーと、ユーリが気にすることはない。話したくないことは、何と言われようと話しはしないから」
「っじゃあさ!失礼ついでに、もう1つだけ…言いづらいこと聞いてもいいかな?」


何となく、ユーリが聞きたいことの予想はつく。


「答えられることなら」
「左目を隠してるのは…戦での怪我とか?」


やっぱりな。…でも誰でも気になることなのかもしれない。それか…ユーリは感覚で、動物的な勘で何かを察知したのだろう。
いずれはわかることだ。その時期が今だ、ということだけ。それでもやはり勇気がいる…この左目をさらけ出すのは。
私は自然と拳をギュッと握り、ユーリに向き直った。


「怪我はしていない。私は生まれつき、左目の色が紅いんだ…流れ出る血のようにね」


人前ではもう何十年と外していなかった眼帯。
外すのを拒んでいたはずだったのに…ユーリに、一番嫌いな紅眼を見せることにしたんだ。理由はわからないけど。

あり得ないくらいに鼓動が早い。何を言われるかわからないこの状況に、珍しく緊張しているのだろうか。
早くこの目を隠したいのに、手が動かない。ユーリの漆黒の瞳から、目がそらせない…。


「…綺麗だ…」
「……え?」
「すっごく綺麗だよ、ルナの瞳!そっか、オッドアイだったんだ〜」
「おっど…?」
「オッドアイ。ルナのように、左右の目の色が異なることを陛下の国ではそう言うそうだ」
「そうなんだよ。まぁ、知識としてあるだけで実際に見たことはないんだけど!ルナの瞳、綺麗だよ?血の色なんかじゃねーよ。俺には太陽みたいに見えるけどな」


そう言って、屈託のない笑顔を浮かべた。
表情から、言葉から…嘘偽りのないものだということが、ひしひしと伝わってくる。それが嬉しくて、でも何故かむずがゆく感じて。
嬉しいと、ありがとうと伝えたいと思うのに口から出るのは、その反対の言葉ばかりだ。


「ユーリ、は」
「うん?」
「怖くないのか?私の瞳が…」
「怖いわけないだろ?綺麗なんだもん」


嘘ではないだろうに、まるごと信じられない自分もいる。
信じてはいけないと、ただのでまかせだ…本心ではない、と。だって―――――


「悪魔だと、言われたんだ…だから私は故郷から追い出された。私が、紅い眼を持って生まれたから」
「…うん。ゆっくり話していいからさ」


私の故郷では、紅い眼は異端な存在だった。
昔から語り継がれていたお伽噺のように、全てを奪うモノだとされていたから。"紅い瞳には悪しきものを宿す"、そんな言い伝えが、あったんだと言う。


「その伝承がより深く根付いているのが、彼女の故郷のようです。母上やギュンターも聞いたことないそうですから」
「お伽噺と同じ片目が紅いからって迫害されんの?!それで…っルナは捨てられたのかよっ」
「古くからあるものには、絶対的なものが多い。真実かはわからないのに、それを怖がる…だからルナのような者が出るんだろ」
「おかしいじゃんか!ルナは何も悪いことしてねーのに、そんな風に言われて傷つけられて…悲しいじゃんか…」


ああ、本当にこの魔王陛下は…


「ユーリが怒る必要はないだろう?」
「だってあまりにも理不尽すぎない?!」
「…どうなんだろうな。私にとってはそれがもう当たり前だったし」
「そんな当たり前はおかしいだろっ」


罵倒されるのも、異端だと言われ避けられたり怖がられるのも、当たり前だった。
それでも今、此処で笑っていられるのは…


「受け入れてくれる者が、いたから。この目を見ても笑いかけてくれる者達がいてくれるのは…ありがたいよ」


コンも、ヨザも、グウェンも、ヴォルフも、ギュンターも、ダンヒーリー殿も…あの時、魔王陛下だったツェリ様も。
笑いかけてくれたんだ。こんなの何でもないと、どうしても嫌なら眼帯をつければいいと言ってくれた。


「その眼帯をあげたのは、確かコンラートだったな」
「そう、だったか?」
「そうだよ。泣いてばかりだった私に、気休めにしかならないけど…って言いながらね」
「えっルナが泣いてたの?!」


その反応はいささか、失礼ではないか?ユーリ。
私だってそれなりに泣くぞ。最近はそうでもないが。
それとも何だ?ユーリにとって私は、血も涙もない卑劣な奴とでも思われているのだろうか…。


「こう見えても泣き虫だったんですよ?幼い頃は」
「僕はその頃のルナを知らないが、兄上もそんなことを言っていたな」


この2人、面白がってないか?!面白がられるのは、ひっじょーに不愉快なんだがっ!
…まぁ、今日はいいか。結構、嬉しかったから。


「ルナ、何か嬉しそうだ」
「そうだな、嬉しいよ。貴方に受け入れてもらえたからね」
「だってルナはルナだろ?何の問題もねーじゃん」
「ふふっそうだな。…私は私だ」


幼い頃、コンにも同じようなことを言われたな。ただ、片目の色が違うだけで他は何も変わりない。だから、私は私だと。
その言葉に結構、救われているんだよ。昔も現在も。
絶対にコンには言ってやらないけどな、何か悔しいから。


―――コンコン…

「坊ちゃーん、此処にルナ来てますー?」
「ヨザック?うん、いるよ。入ってこいよ」
「しっつれいしまー……お、隊長達も一緒だったんすね」
「任務から戻っていたのか」
「ついさっき戻ってきたトコでね、閣下に報告に行ったらルナ嬢が怪我したって聞いたから………眼帯外したのか」
「…あぁ、大丈夫だったよ」
「ん、そうか。それなら俺も隊長も何も言わねーよ、な?」
「そうだな」


元々、此処に居座るつもりだったのか…ちゃっかりいすを引っ張り出してきて座り込んでいるヨザ(此処は我らが君主、ユーリの部屋なんだがな)。
とりあえず、私の気まぐれで紅茶を淹れてやるか。任務帰りのようだしな?


「良かったらどーぞ。…任務お疲れ」
「お、さーんきゅ!珍しく優しいじゃん、ルナ嬢」
「ま、任務終わりで疲れてるみたいだから…たまにはな」
「そういえば、兄上達はもう執務室にいたのか?」
「ええ。ずいぶんと疲れてるみたいでしたが」


言われてみれば…私が応接室を出て行った時には、まだ閣下もフォンクライスト卿もそこにいた。
あれからもう2時間ほど経っているし、執務室に戻っていても不思議ではないな。
あの後、ロンギルト卿はどうなったのだろうか。そう思っていたら、すでにヴォルフがヨザに尋ねているところだった。


「あぁ、ルナを殴った男ですか。散々、文句を言って帰ったみたいですよー?」
「グウェンの疲れの原因はそれだな」
「閣下とフォンクライスト卿には悪いことをしてしまったな…」
「2人とも気にしないとは思うけど?」
「そうそ!お嬢のせいだとは思ってなかったぜ?むしろ、心配してたくらいだ。あとで顔を見せに行ってやれよ」
「あぁ、カップとかを片付けに行くついでに行ってくる」


殴られた頬も痕も残らず消えたし、元気な姿を見せに行こう。
グウェンもフォンクライスト卿もものすごい心配性だからなぁ。グウェンは顔に似合わず。


「それでは、また夕食の時に」
「うん。色々と聞いちゃってごめんな?でも…話してくれて嬉しかった、ありがとう」
「いいえ…私こそ、ありがとうユーリ」


外していた眼帯を再びつけて…でも今まで以上にすがすがしい気分で、ユーリの自室を後にした。
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