行き場のない熱情


パーティー会場を後にし、私達は今、ホテルのロビーにいる。行きはロイズさんが送ってくれたけれど、帰りはそういうわけにもいかないようで…タクシーを捕まえられるかどうか、虎徹が確認しに行ってくれている。
普段なら簡単に捕まるんだろうけど、生憎、今日は週末だ。パーティーに行っている人や、飲みに出ている人も多いだろうからタクシーが呼ばれる回数も多いはず。となると、そう簡単に捕まらない可能性が高いということ。

ソファに腰を下ろし、溜息を1つ。疲れたな、と思っていると、隣に座ったブルックスくんがペットボトルの水を差し出しながら、大丈夫ですか?と心配そうな顔を向けてきた。それを受け取って笑みを浮かべるけれど、疲労が色濃く顔に出ているらしく彼の表情は晴れる様子がない。
うーん、思っている以上にひどい顔をしているのかもしれない。


「こうなるんだったら、挨拶回りに貴方も同行させれば良かった…」
「そうもいかないでしょう。タイガー&バーナビーがお世話になっているスポンサーでしょう?私は部外者ですよ」
「けど、そうしていればレディがこんな思いをせずに済んだでしょう」
「…お気遣いと心配ありがとう。でも大丈夫ですよ、実害はありませんから」


ペキ、とペットボトルのふたを開けて、中身を半分ほど一気に飲み干した。緊張やら何やらで喉がかなり渇いていたらしい。再びふたを閉めて隣に座る彼に目を向けると、ムスッとした表情を浮かべて頬杖をついている。
大きな手で口元は隠れてしまっているけれど、きっとへの字になっているんだろうなぁと思うと、ちょっと面白いかも。トレーニングルームではツンとした印象、テレビの中と社内では王子様みたいな印象が強いブルックスくんだけど…こんな子供みたいな表情もするのね。意外だわ。
拗ねているのか、はたまたパーティーの主催者に怒りを抱いているのか…だけど、表情から察するに拗ねている感じの方が若干強めかな?何に拗ねているのかまでは、察することはできないけれど。

私達の間に沈黙が流れる。何かを話さなければ気まずい、というわけではないけれど、何となく居心地の悪さだけは感じている。早く、虎徹戻ってこないかなぁ…でもタクシー捕まってなかったら、まだ無理かなぁ。
水をコクリ、と口にしていると、ブルックスくんが小さな声で私の名を呼んだ。


「ブルックスくん?」
「貴方は―――虎徹さんのことが好きなんですか?」


視線は交わらない。だけど、彼の口調は決してからかっているものではなく…至って真面目なもの。声音だって真剣で、これは誤魔化しとか一切効かないパターンだなぁと溜息をつきたくなった。ブルックスくんからそんな質問がくるとは思っていなかったし、気がつかれているとも思っていなかったから余計に驚いちゃったわ。
顔には出さないように気を付けていたし、ネイサン以外には誰にもバレずに今まできていたのに―――まさか、彼の相棒に気づかれちゃうとは完全に予想外だったわね。
誤魔化しても、その場しのぎの言葉を紡いでも、きっとブルックスくんには通用しない。ハッキリ言葉にした方が、…いいのだろう。虎徹が戻ってくる様子もないし、少しだけ昔話をしましょうか。


「好きよ―――あの人が姉さんと結婚する前から、ずっとずっと好きだった」


虎徹と会ったのは、私がまだ高校に上がる前―――同じ学校だった姉さんと仲良くなったらしく、私もその関係で仲良くしてもらうようになったの。ヒーローが大好きで、よく笑って、とても優しい人。…私が彼に惹かれるまで、そう時間はかからなかった。だけど、その時にはもう姉さんと付き合っていて、気持ちを告げることすら叶わなくなってしまっていたのだけれど。
最初はね、それでも良かった。大好きな姉さんと、大好きな虎徹が2人で幸せになってくれるなら…そう思えていたから、だから私の気持ちは伝えることをしなくていいって思えていたのに…


「姉さんが死んだ時、悲しいって思う反面―――憎いって思っちゃったんですよ」
「え…?」
「ほら、亡くなった人って絶対に心に残るでしょう?決して消えたりしないでしょう?」


だからこそ、憎いと思ってしまったの。虎徹の気持ちがこれから先も、私に向くことがないとわかってしまったから。それが一層、姉さんへの憎しみを色濃くさせてしまったんだと思う。
大好きな人なのに、大好きだったはずなのに…だからこそ余計に、憎らしく思ってしまったのかもしれない。


「今でも、…虎徹さんに気持ちを告げるつもりはないんですか?」
「…そうね。無駄なことをするつもり、ありませんから」
「確かに相手の気持ちをわかっていながら告げることは、無駄なことかもしれません。でも、」


ひどく真剣な瞳がこっちに向けられた。グッと眉間にシワを寄せて、今にも泣きそうな顔をしている…何で貴方がそんな顔をする必要があるの?まるで私の痛みを自分の痛みだ、とでも言いたげなその表情に胸が軋んだような気がした。


「それでも伝えなければ貴方は、ずっと過去に囚われたままだ」


ヒュッと喉が鳴った気がする。彼の言葉はそれだけ私にダメージを与え、クラクラと思考を揺さぶっていた。

…わかっている、ブルックスくんの言うことは尤もだ。虎徹への想いは昔から、それを清算しなければずっと私はこの場から動けないし、進むこともできなければ引き返すこともできないのだから。告げることで何かが崩れてしまうかもしれない、…それでもきっと前に進むことはできるようになるのだろう。今この場所に立ちすくみ、何もせずにいるよりは数百倍マシなことだというのはわかっているつもりなのだけれど。


「―――それができたら、とっくの昔に言っていたわよ」


そう零した声は存外低く、冷たく響き渡った。
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