裏に潜む甘い罠


本日の仕事ももうすぐ終わる、という終業前。私はタイガー&バーナビーのマネージャーでもあるロイズさんに呼ばれた。それもメカニックの天宮千紘に用事があるわけではなく、ヒーロー補佐のレディ・バタフライに用事があるというのだから二重でビックリしたんですけど。…これは何かやらかした、という可能性が高いかしら?
けれど、最近の出動で目立ったミスをした覚えはない。しっかり犯人の居場所を特定し、それを全てのヒーローに伝達…事件はそれほど時間をかけずに終息していたわよね?その前だってしっかり捕まえていたはずだし、ここ最近は補佐として裏で指示を飛ばしていただけだから表には立っていないもの。だからタイガーのように何かを壊した、ということもなかったはずなのだけれど。

(ロイズさんは私のマネージャーではないから、収録とか取材の話でもないわよねぇ…)

そう。私はヒーローではあるものの、最低限の露出しかしていない。雑誌の取材は極力受けないようにしているし、テレビ出演もHERO TV以外は断るようにしている。それはヒーローになる時の条件として、ロイズさんに伝えているから―――仕事を取ってきた、っていう横暴な話はないと思っている。…それに、そういう話がある時は大体アニエスから直接話がきているしね。テレビの場合は、だけど。
何はともあれ、考えても予想をつけることができないのならばさっさと行って話を聞いてしまうのが、一番手っ取り早い。それで今日はさっさと帰って、夕食を作るとしよう。足早に社内の廊下を歩き、ロイズさんの執務室をノックした。


「すまないね、天宮くん。こっちに来てくれる?」
「あ、はい…なんだ、2人も呼ばれていたんですね」
「おー。千紘も呼ばれてるとは思わなかったわ」
「そうですね。…それでロイズさん、僕達3人に何か?」
「うん、それが…すごく急で申し訳ないんだけど、今日の19時からあるパーティーに出席してもらいたくて」


…へ?パーティー?


「ええっと、…俺達3人で?」
「そうだよ?だから呼んだんでしょ」
「いや、まぁそうなんすけど…何で3人なんすか」
「先方からの要望でね、初めは天宮くん―――つまり、レディ・バタフライだけ呼ばれていたんだが…」


え?私だけ?それもよくわからない話だな…だって、ヒーローとしてほとんどメディア露出をしていない私を呼ぶなんて、そんなの理由がない。それにメリットだってないはずなんですけど。何か裏とかありそうなんだけど、そこまで深読みするのは先方に失礼かな…とは思う。うん。でもやっぱり、不安感と不信感は拭えそうにないです。

ロイズさんによれば、私…レディ・バタフライは前線で活躍しているヒーローではないから、華やかなパーティーに1人で出席させるわけにはいかない、と言ってくださったそうで。それでもあっちは一向に引き下がることをせず、でもこっちもそう簡単に頷くわけにいかないから断っていたそうなんだけど…最終的にあっちが折れて、タイガー&バーナビーも一緒なら構いませんか?と言ってきたそうな。
1人ではないなら大丈夫だろ、と判断したロイズさんは、その条件で承諾し―――今に至る。…私達が断るってことは考えてないんですかね、ロイズさんは。


「…念の為にお聞きしますけど、拒否権は…」
「ないに決まってるでしょ」
「ですよねぇ…ロイズさん、私、そういうのにはあまり出たくありませんって前にも言いませんでした?」
「うーん、それは覚えてるんだけど…今回だけお願いできない?」
「〜〜〜〜今回だけ、ですからね」


ああ、ほんと押しに弱いな。私。
でもまぁ、…無理を聞いてもらっている身でもあるし、このくらいは恩返しと思って出席するとしましょうか。虎徹とブルックスくんもいるし、そこまで不安にならなくても大丈夫だろうし。
2人に笑顔を向けて、よろしくお願いしますね、と告げれば、あっちもにっこり笑ってくれたので安心感が増して、私はそのままメカニックルームへと戻ることにした。





パーティーに参加するなんて初めてに近い。いくつになっても初体験となると、心臓はドキドキ忙しなく動くものらしい。ちょっと息苦しくなりそうなくらい、私は緊張しています。…こんなんでちゃんと挨拶とかできるのかしら、ちょっとどころかかなり心配になってきちゃったわよ。
ウェイターさんに頂いたシャンパンに口をつけながら、辺りを見渡す。煌びやかで、華やかで、何というか…私がいる世界とはまるで違うなぁという印象が強い。綺麗なドレスとか、美味しそうなお酒や料理とか、興味が全くないというわけではないのだけれど、如何せん場違いだと思ってしまうんですよ。こういうパーティー会場って。

(ヒーローとして前線で戦っていれば、スポンサーにご挨拶…というのもあるんでしょうけど)

生憎、私はスポンサーというものがいないので、タイガー&バーナビーのように挨拶回りに追われるということはなかったりする。いまだ、まともに食事を食べられることなくお世話になっている方々の元へ赴いている2人を思い、改めて大変だなぁと思った。


「レディ・バタフライ―――で、お間違いないですか?」
「え?ええ、そうですが…」
「ああ、すみません。ご挨拶が遅れました、わたくし本日のパーティーを主催したジェームズ・ミラーと申します」
「貴方が…ご挨拶に伺わずに申し訳ありません。本日はお招き頂き、ありがとうございます」
「いえいえ、構いません。…一度、テレビで特集番組を拝見しましたが、いやはや…実にお美しい」
「ありがとうございます、ミスター」


褒められるのは嬉しいけれど、何だろう…ずいぶんとボディタッチが多い人なのね?あまり男性に触れられるということがないから、変な感じ。こういうものなのかしら、と納得しようとしても、やっぱり触れられることが多すぎてだんだんと笑顔が引きつってきている気がします。…私、ちゃんと笑えているのかしら。
相手の話も聞いているようで聞いていない。というより、ずっと手を握られたままなのが気になって集中できていない、というのが正しいかもしれない。ああもう、お招き頂いた張本人だからあまり失礼なことはできないし、手を握ることだって当たり前のことだって言われたら、印象を悪くしてしまう。
私個人の評判が落ちるだけなら気にしなくてもいいんだけど、今日は会社を背負って来ているし、何より我が社のヒーロー・タイガー&バーナビーの評判を落とすことにだって繋がってしまうからなぁ。下手な行動と言動は慎まなくちゃいけないんです。


「あの、大変不躾な質問だとわかってはいるのですが…どうして私を?あまりメディア露出がないので、声しか知らない方がほとんどなのですが」
「一度、テレビで拝見したことは先程お伝えしましたよね?その時の貴方がとても美しく、お話してみたいと思ったのですよ」


にっこり。満面の笑みを向けられて、私もへらっと笑みを浮かべた。


「実際にお話をしてみると、とても聡明だ。…どうですか?上に部屋を取っているので、2人っきりでお話でも…」
「え、いや、あの…!」
「―――すみません、ミスター。主催者のジェームズ・ミラーさんでお間違いないですか?」
「ええ、そうですが…ああ、タイガー&バーナビーのお2人ではありませんか」
「ご挨拶が遅くなって申し訳ないんですが、…僕達3人共、急な仕事が入りまして」
「いやー、素敵なパーティーの最中に野暮ですよねぇ?会社も。…すみません、これで失礼します。行くぞ、レディ」
「あ、は、はい」


スーツでビシッと決めた虎徹に腕を引っ張られ、私は華やかなパーティー会場を後にした。
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