兎の作戦


―――結果は予想通り、フラれちゃった。…でも今はスッキリしてるんです。

そう言われた時、不謹慎にも「ラッキーだ」と思ってしまった。僕にもチャンスが巡ってきた、と思ってしまったんだ。でも仕方がない、そうなればいいのにと何度思ったか知れないから。彼女に知られてしまったら最低だ、と言われてしまうかもしれないけれど。


 side:バーナビー


シャワーを浴びてリビングへ戻ってきた所で、放置したままだった携帯のランプがチカチカと点滅していることに気がついた。メール?それとも電話だろうか…PDAは何も反応していなかったから、出動要請ではないだろうけれど。
ガシガシと髪を拭きながら携帯を開けば、新着メールの表示。それも知らないアドレスからだ、誰だろう?

『こんばんは。天宮千紘です。
昼間、聞かれた日曜日の件なのですが、何も用事がなかったので大丈夫です。 天宮』

えっ千紘さん?!な、なんで僕のアドレス…!教えた記憶なんてないのに、と思った所で、今日の昼休みに教えたことを思い出した。そうだ、今度の日曜日の予定を聞いたら確認しないとわからないって言われたから、わかったら連絡してくださいって…紙に番号とアドレスを書いて教えたんだっけ。
それをすっかり忘れるとか、有り得ないだろ…ああビックリした。

(日曜日…空いてるのか)

最初から予定が空いていれば、誘うつもりだった。そう考えて空いてるかどうか聞いたんだから。…なのに、いざとなったらどう誘っていいのかわからなくなって、携帯片手に数分固まる始末。ど、どう誘えばいいんだ?『良ければ一緒に出かけませんか?』とか?
それとももっと何か気の利いた言葉の方が……ああダメだ、こういう経験がないわけではないのに、千紘さん相手となるとどうしたらいいのかわからなくなる。片思いの状態でこれだったら、いざ告白しようってなったらもうショートするんじゃないか?僕。


「悩んだ所で良案が思いつくわけでもなし…率直に、いけばいいかな」


よし!と意気込んで、ポチポチと文字を打ち込んでいく。飾った言葉はナシにして、率直に、これだけで伝わるようにして…うん、こんなものかな。

『千紘さん、こんばんは。バーナビーです。連絡ありがとうございました。
空いているのなら、一緒に出かけませんか? バーナビー』

何の捻りもなく、変哲もない文章だけど、でもいいんだ。飾りっ気のない言葉の方が千紘さんも、すんなり理解してくれると思うし。あの人、聡明なんだけどどこか抜けてる所があって回りくどい言い方をすると全くと言っていい程に伝わらないから。
ドキドキしながら送信ボタンを押した。…何か一仕事終えた後みたいに疲れたな…とりあえず今の内にシャツを着て、ミネラルウォーターでも持ってこよう。

ベッドルームに放置したままだったシャツを羽織って、冷蔵庫からミネラルウォーターを引っ張り出して、飲みながらリビングに戻ってくれば。テーブルの上に置いた携帯のランプが、またチカチカと点滅中。
あれ、もう返事が来たのか?!もしかして、千紘さんって意外とマメな性格…?それともたまたま時間があって返信が早いだけなんだろうか。

『いいですよ。時間は何時でも大丈夫ですけど、どうしますか? 天宮』

今度は喜びに悶えて、そして数分固まった。何というか、…あまりにも出来すぎてて夢でも見てるんじゃないのかって気になってきたぞ…試しに頬を思いっきり抓ってみれば、今度は痛みで悶える羽目になったから夢でないのは確からしい。
こんなにもすんなり誘えるとは思ってなかったな…一度は、断られるものだと思っていたのに。けど、普段の彼女だって決して容赦なく断っているわけではない。用事がなければ、誘いはそれなりに受けている―――らしい。
僕のランチの誘いを断るのは、目立つから嫌だっていう理由なだけで僕自身とランチするのが嫌だ、というわけじゃないんですって、いつだったか言ってたよな。でも、だからこそ断られると思っていたんです。だって絶対に目立つことが目に見えている、から。


「いや、騒がれないように変装はするけど…」


そのくらいの配慮はする。僕だってせっかくの休みの日くらいは、気を抜いて過ごしたい。10時半に迎えに行きます、と返信をして、携帯を閉じた。またすぐに『わかりました。では日曜日に』って返信が来て、にんまりと頬が緩む。だって嬉しすぎるじゃないか、つき合っていないとはいえ、好きな女性とデートができるんだから。

何処に行こうか。車で行くつもりだったから少し遠い所でも行くことは可能だ、千紘さんに行きたい場所がないか聞いておけば良かったな。でも何処に行くかくらい僕が決めてもいいのかな、誘ったのはこっちだし。…けれど、せっかくだから彼女に喜んでもらいたい。笑ってもらいたい。そう思うのは、好きだったら当然のことだろう?

(あの人は何が好きなんだったかな…)

雑誌をパラパラと捲りながら思い出したのは、特集番組の企画で行った疑似デート。確かあの時、千紘さんはケーキに目を輝かせていたっけ…もしかして甘いものが好きなのかな?食事には何度か行ったけど、そういう素振りは見せていなかったような気がするんだけど。…だけど、新作のケーキだって嬉しそうにしていたのはよく覚えているし…間違っては、いないよな。多分。
そうだ、どこかにケーキが美味しいと有名なお店が、…ああ、あった。此処だ。今、若者の間で人気絶頂のカフェ。此処だったらきっと、千紘さんも喜んでくれるんじゃないかな。んー…でもカフェだけっていうのもな。この近くに何処か面白そうなお店はないだろうか。
雑誌に目を通しながら、更に携帯でカフェ近辺の情報をチェック。すると、歩いて10分くらいの所に水族館があるのを見つけた。水族館か…デートとしては鉄板、かな。両親を亡くしてから、こういう所には足を運ぶこともなかったし行ってみるのもアリかもしれない。

よし、水族館に行って…それからカフェに行こう。お昼は水族館の中にあるであろうフードコートやレストランで食べればいい。


「誰かとの約束が、こんなに楽しみに思えるなんて…」


ようやく、…貴方の隣に立てたんだ。これからは手加減なんてしませんから、いつか必ず手に入れてみせますから。―――ね?千紘さん。
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