きらきら光る、
―――撮影当日。
久々、ともいえるヒーロー『レディ・バタフライ』の化粧をして、ウィッグをつけて、それに合う服を身に着けて外へ出た。
…そういえば、何処に行くのか聞いてないなぁ…企画書にも疑似デートをする、としか書いてなくて、それ以上の詳細は一切記載されていなかった。前日に教えてもらったのも集合場所・時間だけだったし…ブルックスくんは知ってるのかしら?でも彼がアニエスにもらった企画書のコピーは同じものだって言っていた気がするし、知らない確率の方が高そう。
(2人で勝手に決めて行く、っていうタイプだったらどうしよう…)
行きたい所を言ってください、って聞かれても、普段から仕事漬けの私は別段行きたい所が存在しているわけじゃあないし、見たいもの・買いたいものがあるわけでもないのだ。だから、どっちかと言えば、行く場所を指定してもらった方が断然有難いというワケ。…とは言っても、それは私の事情だからアニエスはそんなの知ったこっちゃないわ!って言いそうだけどね。頑張って絞りだしなさい、とも言われそう。
「千紘、…じゃない、レディ・バタフライ、お待たせしました」
「あ、おはようございますブルックス、くん……」
「?どうしました」
ブルックスくんは元々、顔出しヒーロー兼アイドルだからいつも通りの格好だろう―――勝手にそう思っていたら、まさかのガッツリ衣装でした。
えっと、あの、…灰色のジャケットに白のカットソーに、デニムのジーパンを着ていらっしゃってですね…髪もいつものアレではなく、アイロンで伸ばしたのか真っ直ぐになっている。それをワックスで固めていじっているみたいで、いつもと全く印象が違うんです!眼鏡だけは一緒だけど!!
ちょ、ちょっとだけカッコイイ、とか…そう思ってしまったのは私だけの秘密です!断じて誰にも言いません!それこそ墓まで持っていく次第です…!!!
「い、印象違う…っ!」
「そりゃあデート企画ですから、いつものジャケットで来るわけにもいかないでしょう?」
「あれでも十分だと思いますけどね」
「僕のことより貴方ですよ。…レディ・バタフライのメイクとウィッグ、初めて見ました」
「ああ…HERO TVに出たのも貴方がデビューする前ですからね、知らなくて当然だと思います」
フルメイクなんて滅多にしないから、何だか変な感じだ。このウィッグも。
前髪をいじりながらむーっと唇を尖らせていると、綺麗ですよって一言。思わぬ言葉に奇声を上げそうになったのは、言うまでもないと思います。
「嫌だなぁ、今のは本音なんです。テレビ仕様じゃないですよ」
「…もっと質が悪い。からかわないで」
「からかってませんってば。貴方はいつだって綺麗だって思ってますよ?」
「そりゃドーモ。ブルックスくん」
「あ、信じてませんね?その顔」
そりゃあそうでしょうとも。外では基本、王子様キャラを演じている人なんだから貴方の言葉ひとつひとつに反応していたら、そんなの身が持たないでしょうが。はー…でもあれね、ハンサムな人間っていうのはこうもお世辞の言葉がポンポンと出てくるものなのね。勉強になったわ。
これでも女だもの、褒められて嬉しくないわけではないけれど―――私が褒めてもらいたいのは、別の人だから。
沈んでしまいそうな思考にピリオドを打ち、溜息を1つ。スタッフさんの動きが慌ただしくなってきたから、撮影開始までもう少しって所かしら。
結局、今日は何処で何をするのだろう…最初に考えていた疑問に戻りぼんやりとしていた私を現実世界に引き戻したのは、隣に立ってコーヒーを啜っているハンサムヒーロー。
「どうかしましたか?ブルックスくん」
「呼び方。今日だけはファミリーネームではなく、ファーストネームで呼んで頂けませんか?」
「ファースト、…」
「……まさかと思いますけど、忘れたーとか言いませんよね?」
「―――バニーちゃん」
「さすがの貴方でもブッ飛ばしますよ?」
「乱暴ね。冗談に決まってるじゃない…バーナビー、でいいのかしら」
上出来です、と微笑まれたけど…私、子供でも何でもないのだけれど。もっと言えば貴方より年上なんですけどね、この野郎。いいじゃない、バニーちゃんって可愛いし…それに貴方のバディも呼んでいるんだから、私が呼んだって何の文句もないと思うんだけどなぁ。ダメ、と言うのならば、虎徹にもそう言ってやめさせるべきだと思うの。
スタッフさんが用意してくれたココアを冷ましながらぼやけば、ブルックス―――じゃない、バーナビーはオジサンは何度言っても直してくれないから諦めたんです、と溜息を吐く。そして私にしか聞き取れない声で、今はそこまで嫌っていないし、と呟いた。なぁんだ、案外あの呼び方気に入ってるんじゃないですか…それだったら、尚更私が呼んでも構いやしないんじゃないの?
当然ともいえる疑問を投げかけると、必死の形相で貴方に呼ばれるのだけは嫌です!と言われてしまった。あんまりの必死さに「…そう」と答えるだけで精一杯だったのだけれど、何でそんなにも嫌がるのか理由がわからない。
「バーナビーさーん、レディ・バタフライさーん!準備ができましたので、お願いしますー!」
「はい、今行きます!…行きましょうか」
「あ、ええ、そうね」
「―――今日は、レディって呼んでも構いませんか?」
「…お好きにどうぞ?一日だけのマイ・プリンス」
「ふふ、では行きましょうか。マイ・プリンセス」
まぁ、キザだこと。おどけて言ってみせれば、貴方だって負けてはいませんよとウインク付で反撃されてしまいました。…この野郎、覚えていやがれ。
むん、と勝手に意気込んでいると、スタッフさんの撮影入りまーす、の声が聞こえて、私は思考を仕事モード―――それもヒーロー『レディ・バタフライ』モードへと切り替える。私はレディ、私はレディ…クールで決して慌てない女ヒーロー。…よし、大丈夫!
そして始まった撮影なのだけれど、コンセプトは『美男美女ヒーローの自然体デート』なんですって。なので、行き先は決めていないから2人で決めてどんどん進行してちょうだい!ってことなんだけど、…来ちゃいましたよ、私の苦手なパターン。
「レディ、何処かご希望は?」
「そうね……このまま宛てもなくドライブ、っていうのも素敵じゃない?」
「ああ、いいですね。でもどうせなら、僕は貴方と色んな所へ行ってみたいですけどね」
「ふふっお上手ねぇ、さすがシュテルンビルトの王子様だわ」
かと言って、本当に宛てもなくドライブしたらアニエスに怒られてしまうわよね。うーん、デートで行く所、デートで行く所―――ねぇ?私がよく行く所といえば、カフェになってしまうのだけれど…そういう所でもいいのかしら?
今までにデートなんかしたことがなかったから、イマイチどうしたらいいのかがわからない。いくら番組が企画した疑似デートでも、適当にやってしまうのは気が引けるもの。…引き受けてしまった以上、しっかりとこなさないと気が済まないわ。
さすがに遊園地とか言える歳でもないから(好きだけど)、お気に入りのカフェがあるのだけれど、とバーナビーに言えば、快く方向転換してくれました。
「オススメはウインナーコーヒーと…あと生クリームたっぷりのシフォンかしら」
「へえ。じゃあ、僕は貴方オススメのやつにしようかな。飲み物は紅茶にしますけど」
「このカフェ、紅茶もとても美味しいわよ。えっと私はー…あ、新しいケーキが出てる!」
うっかりいつもの口調と声音で話してしまったことに気がついたのは、向かいに座っているバーナビーがクスクス笑っている声が聞こえたから。
一瞬、何で笑っているのかがわからなかったのだけれど、すぐに私の話し方が原因だってことに気がついてメニューで口元を隠した。何でかわからないけれど、思わず。隠した所でさっきのことはなかったことにならない、それは十分承知しているのだけれど…ほら、人間ってそういう所があるじゃない?
うう、しまった…お気に入りのカフェに来ていたからつい油断しちゃったわ。
「ダメですよ、千紘さん」
「う、…わかってますよ、ブルックスくん」
耳元で囁くように紡ぐ彼に倣い、私も小声で返す。そのシーンを見て満足したのか、アニエスがにんまりと笑みを浮かべて頷いている。…あの顔は確実に視聴率が取れる、って顔だな…確かに周りに座っている女性達も、きゃーって声を上げそうな顔をしているけれど。頬もピンク色に染まっているし―――本当にバーナビーの人気って凄まじい。
さて、気を取り直して注文してしまいましょう。バーナビーは私オススメのシフォンとアッサム、私は悩みに悩んで新作のタルトとブレンドをお願いすることにしました。
ケーキや飲み物が来るまでの間は、最近あったことや他のヒーロー達の話で盛り上がる。一匹狼のようだった彼の口から他のヒーローの話が出るって、何だかすごく新鮮…いや、前から話はしていたけれど、今のように本心からっていうわけではなかったから。
そうね、仕事で聞かれているから話している―――って感じだったかしら。本当は他のヒーローのことになんて、興味をもっていなかったでしょうに。
(これも相棒が虎徹だったから―――かしらね)
世話焼きで、お節介で、でも誰よりも熱くてヒーローを心から愛している人。彼がバーナビーの相棒だったからこそ、この子も変わることができたんじゃないのかなって今では思うんです。あれから色々あったけど、すっかり息ピッタリで最高の相棒になっているんですから。
「―――僕というものがありながら、誰のことを考えているんです?レディ」
何を言っているの、と言い返そうとしたら、頬に柔らかい感触。そして響くチュッというリップ音。
ザアッと血液が沸騰しそうになるけれど、それはレディ・バタフライのキャラじゃない…っ!クスクスと楽しそうに笑うバーナビーを見ながら、私は僅かに熱くなった頬を隠すようにカップに口を付けたのです。