兎の瞳
『この前放送したアンタ達の特集、評判良かったわよ!!』
ものすごくテンションの高いアニエスからのメール。それを見て、そういえばもう放送したんだっけ、と他人事のように記憶を辿る。HERO TVはいつもチェックしているけれど、さすがに自分が出ている特集番組の放送日時など気にしません。そこまでナルシストではないしね、私。
…相手がブルックスくんだったから、ファンの子達の反応だけはものすっごく気になって仕方なかったかけれど―――アニエスのこの上機嫌さから察するに、ひどい批判の声はこなかったみたいね。良かった。
携帯をロッカーにしまって、私はトレーニングルームへ移動した。此処はヒーロー専用のトレーニングルームなんだけれど、私も許可をもらって時々、今日みたいに体を動かしに来ているのです。こう言うとお前もヒーローだろ!と各方面からツッコミを食らうのだけれど、…でもそれが本音なんだもの。私はあくまでサポート役で、彼らのように前線で活躍するヒーローとは境界線をハッキリと引いておいた方がいい。
「こんにちは、お邪魔しまーす」
「あっ千紘だ!久しぶりだねー」
「久しぶり、パオリン」
「アンタが此処に来るの、珍しいじゃない」
「ハァイ、カリーナ」
トレーニングルームにいたのはドラゴンキッドであるパオリンと、ブルーローズであるカリーナの2人だけ。他の皆はどうやら来ていないみたい…もう夕方だから、帰宅しているのかもね。私だって勤務を終えてから此処に来ているわけだし。昼間にトレーニングに来ているヒーローだって少なくないのだ。
「っていうか、アンタ、いつもお邪魔しますって言うクセやめたらいいのに」
「え?」
「千紘だってヒーローの1人でしょ、って言ってんの」
「うーん、書類上はそうなんだけど…」
トレーニングしながら苦笑いで言う私に、カリーナは訝し気。カリーナもパオリンも、どうしてだか私に懐いてくれて顔を出しに行けば、今日のように話しかけたり組手の相手をしてくれたりする。年下であるにもかかわらず、友人関係を結んでくれているこの子達にはいつでも感謝をしているのです。
ほら、男性には話せないことってたくさんあるでしょう?特にカリーナはオシャレだから服の相談とか、気軽にできるのが嬉しいのよね。ネイサンにしてもいいんだけど、ちょっと系統が違うから。パオリンはオシャレにはあまり興味がないみたいだけど、甘いものとか美味しいものの情報交換をしてる。どうしてだか色んなお店を知ってるのよね、この子。彼女と2人でだったり、カリーナと3人だったりで美味しいものを食べに行くことも増えました。
(ヒーロー関係の仕事がしたい、とは思ってたけど…本物のヒーローと友達になるとは思ってなかったわよね)
ランニングマシンで汗を流しながらそんなことを考えていると、トレーニングルームの外から賑やかな声が聞こえてきた。多分、というか絶対に声の主は虎徹とブルックスくんだ。
あの2人、いい相棒になってから楽しそうに話すようになったのよねぇ。いいことだ、すっごくいいことだ。
「お、珍しい奴が来てる」
「珍しい?…あ、千紘さん」
「…ハロー、虎徹、ブルックスくん」
特集番組の収録後、こうして顔を合わせるのは久しぶりだったりします。ランチも一緒にしていなかったし(元からそんなに一緒してなかったけど)、事件が起きて顔を合わせることはもちろんあったけど、それはお互いに仕事中の顔だから。こうして素の顔で会うのは、あれ以来だったりするの。
…何というか、ちょっとだけ気まずい感じがあるのは何でだろう。やっぱり、頬にキスされたから―――変に意識、しちゃってるのだろうか。私。
バカみたい。あれは番組が盛り上がるようにやった演出のようなもので、ブルックスくんの本心とかそういうものじゃないことくらい…少し考えればわかることなのに。それなのに意識しちゃう、とかバカバカしくて泣きたくなるわ。
「そういえば千紘、見たよ!あの番組」
「あの番組って、…もしかして」
「そう!千紘とバーナビーの特集番組!!」
「やっぱり……」
「それなら私も見たわよ。思ってたより面白かった」
そんな笑顔で言わないで、パオリン。今、正にその時のことを考えてたから心臓が半端ない速度で、鼓動を刻んでるんだから。
心の内を見透かされたのかと思って、驚いてしまった。
「視聴率良かったみたいだぞ。撮ってあるから帰ったら見てみれば?」
「なんっで撮ってるのよ、虎徹…!」
「いや、そりゃあ撮るだろ。お前のテレビデビューだぜ?」
「タイガー、アンタって本当千紘のこととなると親みたいになるわよね」
「仕方ねーだろ、可愛くて仕方ねぇんだから」
可愛がってくれるのは嬉しいんだけどねぇ…。
汗をタオルで拭きながら溜息をつくと、トレーニングしていたはずのブルックスくんが何とも言えない表情で私と―――虎徹を見ていた。
「…ブルックスくん?」
「えっあ、…ど、どうしました?千紘さん」
「いえ、それはこっちのセリフなんですが…変な顔をしていたのでどうしたのかな、と」
「…僕、そんな顔してました?」
「ええまぁ。カメラの前では絶対しないであろう顔をしていらっしゃいました」
椅子の上に置いておいたペットボトルを開けて水を飲む。反してブルックスくんは、私の言葉にマジですか…と落胆中。
いつだってファンサービスを絶やさない彼が、ヒーローしかいないトレーニングルームの中とはいえ、あんな顔をしているのは至極珍しい気がします。最近ではよく笑っているなぁ、と思っていたのに。それこそヒーローになりたての頃は無愛想にも程がある、って感じでしたけど。…あ、それを思えば笑顔じゃないブルックスくんっていうのはそう珍しいことではないんだな。
「あ、あの千紘さ―――…」
「おーい、千紘ー!バニーちゃーん!この後、メシ食いに行かねぇ?」
「ボクとブルーローズもいるよ!」
「ですって、ブルックスくん。…どうします?」
「えっと、……行きましょうか、たまには」
あ、虎徹の声にかき消されてしまって途中になってしまったけれど、さっき彼は何を言おうとしたんだろう?
「さっき何か言いかけてましたよね?何ですか?」
「そこまで重要なことではないので、大丈夫です」
また機会があれば、とだけ言って、ブルックスくんはトレーニングへと戻っていった。重要なことではない、と言っていたけれど…言いかけたいた時の彼は何だか、淋しそうな瞳をしていたような気がして。それでも大丈夫、と言われてしまったらそっとしておくしか術はないと思うから。