彼女の秘密
初めて会ったのは、僕がヒーローになって間もない時だった。虎徹さんと一緒にメカニックルームへと顔を出しに行った時、斉藤さんの傍に綺麗な黒髪ロングの女性がいて―――目を奪われたんです。勝手な思い込みではありますが、ヒーロースーツを作っているのは男性だけだろうと思っていたから余計に驚いたのも覚えてる。
僕は生まれて初めて、一目惚れというものをした。
side:バーナビー
今日は俺の家でメシ食おうぜ!
昼休みにそう言ったのは僕の相棒・虎徹さん。何でもヒーローの皆さんとこの人の家でパーティーのようなものをするらしく、良かったら来ないかってお誘いだったらしい。もちろん、出動要請がなければの話ではあるけれど。まぁ、用事はなかったからOKしたんですけど、…まさか衝撃の事実を聞く羽目になるとは思いも寄りませんでした。
そして滞りなく勤務を終え(虎徹さんは書類整理でひーひー言ってましたけど)、彼と一緒に真っ直ぐ家に向かうことに。何か買っていかなくてもいいのか、と思ったけれど、家主でもある虎徹さんが必要ない、とキッパリハッキリ言ってしまったもんだからそれ以上は何も言えなくなってしまった。
でもあの家は彼しか住んでいないはずで、何も買っていかずにパーティーなんてできるのだろうか?もしかしたら何か作るのかもしれない、と思ったんですけど、前にチャーハンしか作れないって言っていたことを思い出して…それはないな、と思い直す。
(…だとしたら、尚更買っていかずにどうするつもりなんだ?このオジサンは)
他のメンバーが何か買ってくるのかもしれませんけど…本当にいいのだろうか。うーん、と悩んでいるうちに虎徹さんの家に着いてしまっていたようで、僕の悩みは余所にあの人はさっさと家の中に入ってしまった。
「バニー、すぐあいつらも来るみたいだから適当に座ってろよ」
「虎徹さん、何も買わずに来ちゃいましたけどどうするんです?」
「んぁ?心配性だなぁ、バニーちゃんは。ちゃーんと料理が出てくっから大丈夫だって!」
いや、貴方の大丈夫は信用ならないと思うんですけど。そう反論しようとした所でガチャリとドアが開く音。「ただいまー」という声は、…聞き慣れている気がして、思わず動きが止まる。
―――ガチャッ
「早かったのね、虎徹。ブルックスくんもいらっしゃい」
「えっと、…お邪魔してます…?」
「おかえり、千紘。お前こそ早かったじゃねぇか」
「うん、定時に上がってきちゃった」
これがマンガやアニメだったら、僕の頭の上にはたくさんのクエスチョンマークが描かれているだろう。それくらいに混乱していて、ワケがわからなくなっているんです。
だって、どうして千紘さんが此処にいるんです?…いや、それは虎徹さんに呼ばれたからに決まってるんでしょうが―――それよりも気になるのは、彼女がさも当たり前のように上がって、しかもただいまと口にしたことだ。虎徹さんもおかえりって返していたし、それが意味するのはつまり…2人が同棲しているということ。そして恋人同士だということ。
…少し前から、気になってはいたんです。虎徹さんと千紘さんは仲が良いし、よく一緒にいる所を見ていましたから。もしかしたらそういう関係なのかもしれない、と思っていたんだけど、千紘さんがハッキリ「恋人はいない」と言っていたし、ファイアーエンブレムさんも「浮ついた話のない子」だって言い切っていたからそれはないんだな、と。
だけどその推測は、虚しくも砕け散ったわけですが。
―――ピンポーン、
「虎徹、出てもらってもいい?」
「おー」
バタバタと玄関へ走っていった虎徹さんが連れて来たのは、ヒーローの皆さん。スカイハイさんと折紙先輩は用事があって来れなかったらしいですが、それ以外の人達はゾロゾロと虎徹さんの後に続いてて―――ソファに座っている僕を見て、十人十色の挨拶をしてくれました。
「あら、いい匂い!千紘が作ってるのね」
「デリバリーでも良かったんですけど、まぁせっかくですから」
「わぁ!ボク、千紘の作るご飯大好き!!」
「…タイガー、これ差し入れ。私とドラゴンキッドとファイアーエンブレムから」
「おー、ありがとな!」
「べ、別に…!」
ブルーローズはクールそうに見えて、実は案外わかりやすいんですよね。今だって虎徹さんに笑顔でお礼を言われて、あんなに真っ赤になってしまっている。
恋する乙女、というやつですか…ヒーロー同士の恋なんて、と思いながら、でも僕自身も千紘さんを好きなわけで…人のことを言える立場じゃないか。彼女のことが好きなんです、とは誰にも言ったことがないけれど。
「虎徹、千紘。酒買ってきたぞ」
「気が利くじゃねーか、アントン!」
「わ、ありがとうございますアントニオ。…あ、このメーカーの美味しくて好き!」
調理の手は止めずに、でもバイソンさんの持ってきたお酒を見て嬉しそうに笑う姿は、少女のようだと思う。会社で見る姿は大人の女性って感じが強いし、ヒーロー補佐としてマイク越しに聞く声は凛としているから、こんな風に笑う彼女を見たのは初めてに近い気がします。
(普段の彼女も美人で素敵だけど、…さっきの笑顔も可愛くて好きかもしれない)
僕より僅かに年上だと言っていた千紘さんは、あまり年相応の顔を見せていないような気がするんですよね。まぁ、お互いに社会人ですから…年相応とか言っている場合の歳ではないのは重々承知しているつもりではありますけど。
「ハァイ、ハンサム!なーに1人でボーっとしているのかしら」
「わっ?!…び、びっくりした…」
「あら、気配で気がついてるものだと思ってたのに。一体、何を見て―――…ああ、成程」
隣に座ったファイアーエンブレムさんは、僕の視線の先にいた人物を認め、にんまりと笑顔を浮かべた。あ、これはマズイ、バレた気がする。
僕の嫌な予感は見事に当たり、顔を寄せてきたファイアーエンブレムさんに「千紘が好きなの?」と小声で聞かれてしまいました…そりゃそうですよね、じっと見ていたらバレるに決まってますよね…僕がバカでした!!
「ち、…違いますよ…」
「違うって顔には見えないけどねぇ。…でもそんなハンサムに一個だけ忠告しといてあげる」
「忠告…?」
「あの子―――千紘はそこらの女よりよっぽど、手強いわよ?」
簡単にオトせると思っていたら、痛い目にあうわよ。
そんな意味深なセリフを残して、ファイアーエンブレムさんは虎徹さん達の輪の中へと戻っていく。
「手強い……?」
「バニー?料理できたみてぇだから、お前もこっち来いよ!」
「あ、はい!」
初めて食べた千紘さんの手料理はとても美味しかったけれど、それでもやっぱり…ファイアーエンブレムさんの言葉がずっと脳裏に引っ掛かっていたんだ。僕がその言葉の意味を知るのは、もっと後のこと。