愛し彼女への誤解
それはとある日のお昼休み。珍しく1人でメカニックルームを訪ねてきたブルックスくんに、ランチをご一緒にいかがですか?と誘われました。断る理由などきっと1つもないのだろうけど、…素顔を晒しているヒーローと一緒に街中でランチ?ううん、それは絶対にスキャンダルになると思うんですけども!
「嬉しいお誘いだけれど、貴方と街に出たら大騒ぎです」
「そう言われると思って…」
はい、と差し出されたのは茶色の紙袋。見覚えのあるソレを開けてみれば、やっぱりだ…お気に入りのカフェのサンドイッチとカフェオレが入っていた。恐らく、虎徹に聞いたのでしょう。
それでわざわざ買ってきてくれるなんて、一体どんな風の吹き回しなのかしら?とはいえ、これで断る理由は残っていないので会社内のテラスに移動して食べることにしました。ブルックスくんも自分の分を買ってきているようだったから。
程良く陽が当たっている席に腰を下ろし、早速サンドイッチにかぶりつく。もごもごと咀嚼している姿が面白かったのか、ブルックスくんは楽しそうに笑ってる。…私、そんなに変なことも面白いこともしていないわよね?ただサンドイッチを食べているだけだもの。
「千紘さんって本当に美味しそうに食べますよね」
「…そうかしら」
「そうですよ。何度か一緒に食事をしていますが、食べている時の貴方は一番いい顔をしています」
それ、普段の私は良くない顔をしているみたいなんですけれど。ブスッとしながらそう言うと、苦笑した彼がそういうわけじゃないんですけど…と反論。それも嘘ではなさそうだけどね。
「それで?わざわざ1人で私をお昼に誘いに来たご用事は?」
「用事、というか…少し聞きたいことがありまして」
「私に?」
「―――虎徹さんと、つき合ってるんですか?」
ドクリ、と心臓が嫌な音をたてる。
別に、―――犯罪とか疚しいことを言い当てられたわけではないのに、わかってるのに、ドクドクと心臓は忙しなく動くばっかりで。カフェオレを口に含んでも飲み下してしまえば、あっという間に喉はカラカラに乾いていくんだ。
「千紘さん?」
「…違いますよ、つき合ってないです」
「でも一緒に住んでますよね?」
訝し気に聞かれ、そういえばこの人には私と彼の関係を一切話していなかったな、と思い出しました。アントニオは昔からの知り合いだから当然知っているし、ネイサンとキースとイワンも成り行きで話した―――パオリンとカリーナは、家に遊びに来た時に話したことがあるから、実はブルックスくん以外のヒーローは皆知っているというわけなのだ。
でも別に意地悪をしていたとか、言いたくなかったとかそういうことではなくて…素直に話すのを忘れていたの。だって、自ら進んで話すようなことではないでしょう?自分の家族関係、とか。
「虎徹は、…私の姉の旦那さんなんですよ」
「お姉さんの、って…ええ?!」
「だから私と彼は義理の兄妹なんです。実は」
「それで一緒に…?」
「姉が亡くなる前から住んでいたんです、良ければ一緒に住まない?って言ってくれて」
だけど姉が亡くなって、虎徹は楓ちゃんをオリエンタルタウンの実家に預けてヒーローを続ける決断をした。…私もその時に出て行くつもりだったんだけど、虎徹を放っていけない気持ちが大きかったのと、楓ちゃんからお父さんをお願いって言われてしまったから、だから今でも一緒にこの家に住んでいるわけです。
私と虎徹を繋いでくれていた姉はもういないのに、赤の他人なのに、それなのに虎徹は何も言わずに傍に置いてくれているの。姉が生きていた頃と同じように、私を可愛い妹だって言ってくれてるんです。
―――それが辛いの、とはブルックスくんには言えなかった。…いいえ、言う必要はないと判断したんだ。この想いは、気持ちは…誰にも言いたくないから。
「そう、だったんですか…」
「でもどうして付き合ってるって思ったんです?」
「前から仲が良いな、とは思ってて…でもほら、この前家にお邪魔したでしょう?」
「ああ…それが決定打だったんですね」
確かに事情を知らない人からすれば、一緒に住んでる=恋人、っていう方程式が成り立つでしょうね。これで名字が一緒だったら兄妹か、って納得もするでしょうけれど、私達は違いますし。虎徹の元へ姉が嫁いだから、当然、私達の名字は違いますから。
でも今までに虎徹と私を恋人だって勘違いした人は、いなかったなぁ…仲が良いのは認めるけど、第三者から見る私達はどう考えても兄妹のじゃれ合いだって言われますから。だから間違われたことなんて、一度もないんですよ。
「心配しなくても貴方からバディである虎徹を取ったりしませんよ」
「と、…?!ちっ違いますよ!別にそんなことは心配してなくてっ…!」
「あら、違うの?この前、トレーニングルームで何とも言えない顔をしてたのもそれが理由だと思ってました」
「おもちゃを取られた子供じゃないんですから…」
いや、まぁ私もその考えはないわーって自分でも思っていたのだけれど、意外にも信頼し合っている2人だからどこの馬とも知れぬ女には渡せない!みたいなのがあるかも、って思ってしまったのよね。その心配は杞憂だったようだけれど。
…別に虎徹とブルックスくんがデキてる、なんて思ってるわけじゃないわよ?そういうのではなくって、…何て言うのかしら、親愛?で結ばれているように見えたから、だから男同士でもそう思うことあるかもな、って思ってしまったのよね。
「えっと、…千紘さんは今、つき合ってる人はいないと思っていいんですか?」
「?まぁ、そうなりますけど」
ズイッと顔を寄せてきた彼にびっくりしつつも、私は質問に答える。それにしてもこの人はどうしてそんなことを聞くんだろう?私に恋人がいようがいまいが、ブルックスくんにはこれっぽっちも関係がないように思えるのだけれど…それともいい歳の女に恋人がいないこと、心配してくれてるとか?でもそこまでデリカシーのない人じゃないだろうし、そもそも私と彼はそこまで年齢が離れているわけでもないんだけどね。2つ上なだけで。
うーん、でも考えても理由なんてわからないし…いいか。私が気にすることでもないんだろうし。そう結論付けて、食べかけだったサンドイッチに再び齧り付く。早く食べないとお昼休みが終わってしまうもの、仕事に遅れるのだけは避けたいからね。社会人として。
「―――ごちそうさま。はい、これお昼代」
「えっいいですよ、僕が勝手に買ってきただけでっ…!」
「それでも、ですよ。あまり借りは作りたくないんです。…では」
ガタリ、と席を立ってメカニックルームへと向かう。さあ、美味しいサンドイッチを食べたことですし―――午後のお仕事も頑張りましょうか。