恋に憧れ


―――アンタはずいぶんと、優しい目でタイガーを見るのね。

私の気持ちが、隠していた想いが私以外の人にバレたのは―――ネイサンが初めてだった。虎徹とアントニオと仲が良くて、知らぬ間にその輪に私も加えられていて。気がつけば2人でお酒を飲みに行ったり、ご飯を食べに行ったりする仲になっていたのです。…そんな時だった。お酒を飲みながら他愛もない話をしていたはずなのに、不意にネイサンが零したのは冒頭の言葉。
今までずっとひた隠しにしてきて、当人である虎徹はおろか、姉さんにだってバレることのなかった想いなのに。それなのにネイサンは、いとも簡単にそれを言い当てたんだ。もちろん、その言葉を聞いた瞬間に私は絶句してしまったのだけれど。
…今思えば、ネイサンは『私が虎徹に恋をしている』とは明言しなかったのに。ただ優しい目で見るのね、と言われただけなのだから、過剰反応さえしなかったらきっとバレたりしなかったのかも、とは思うのだけれどね。

(ああでも、そういうことには目ざとい人だから…過剰反応しなくともバレていたかな)

…そう。私はあの人に、義理の兄でもある虎徹に恋をしています。いつから、なんて忘れてしまいそうになるほどに…ずっと前から。ずっと虎徹だけを見て、虎徹だけを追いかけてきたのに―――彼の目が私に向くことは、終ぞなかった。
それでもいいと思った、姉さんと楓ちゃんと3人で幸せになってくれるのならばそれでいいと思ったんだ、本当に心の底から。でも、…姉さんが病気で亡くなってしまった。


「いっそのこと離れてみれば?」
「虎徹から?…無理ですよ、今更そんな生活…考えられない」
「―――これから先、ずっと報われない恋をしていくつもりなのかしら?千紘」
「…それもアリかもしれない、って思ってる私は大バカかも」


苦笑を浮かべてお酒を飲み干した。カラン、と氷が音を鳴らす。ネイサンはそんな私を見て、呆れを多分に含んだ溜息を吐き出した。そして大バカにも程があるわ、って。


「だってダメなんだもの。…私はきっと、虎徹を忘れることなんてできないもん」
「だぁから他にイイ男見つけなさいって。…一途に思う女は可愛いけど、もったいないでしょ」
「あの人が一番だ、って思っちゃってるんだから、見つけられないに決まってるじゃないの」
「そこら中に転がってると思うけどね〜ハンサムとかどうなの?」


ブルックスくんか…確かに女性ファンが多いだけあって、甘いマスクに王子様のような立ち振る舞いは素敵だと思う。…けど、如何せん私の好みではないので眼中にナシ!って声高らかに宣言しちゃいます。嫌いではないし、好きな方だとは思うけど、恋愛感情をもつことはないんじゃないのかなって思ってるから。

どんなに素敵だと言われている人を見ても、次の瞬間には虎徹と比べてしまっている私がいるの。そんな私があの人以外の人を好きになるなんてこと、一生かかっても無理だと思うわ。自分でも呆れてしまうくらい、虎徹しか見えてないんだって思い知らされる。バカだなー、とは思ってるけど、でも恋って自分の意思でやめられるようなものでもないでしょう?


「恋は盲目、とはよく言ったものだけれど…アンタはその典型的な例かもしれないわね」
「ああ、それは当たってるかも」
「はあ…私がこれ以上言っても無駄だと思うから言わないけど、…アンタのその気持ちは本当に恋なのかしら?」
「え…?」
「いいえ、何でもないわ。さ、次は私の部屋で飲みましょう、千紘!とっておきのやつがあるのよ〜」
「ええ?まだ飲むんですか、ネイサン…!」


さっきの言葉、どういう意味だったんだろう―――私はずっと虎徹に恋をしてきて、虎徹だけを見てきたの。この気持ちに偽りはないし、本物だって思ってきた…それなのにどうしてネイサンは、あんなことを言ったんだろう。
腕を引っ張られながらも頭の中をぐるぐる回っているのは、ネイサンに言われた言葉。


「恋だよ、…これはずっと隠さなくちゃいけない、ホンモノの恋だ」


ボソリ、とそう呟けば、ネイサンは視線だけを寄越して「本当にバカな子ね」って笑った。顔は見えなかったけど、でもそれは雰囲気でわかるんです。ああ笑ってるな、って。
バカでいい、ずっとバカな奴だって思っていていいから―――だから、私の恋心を、なかったことにしないで。嘘にしないで。…私はあの人に、虎徹に決して報われることのない恋をしてるの。
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