ひとりごちる
つき合ってはいない、と聞いた。でも彼女が虎徹さんを見る目は決して、義理の兄だという彼に向けるものではないと気がついてしまったんです。親からの愛情はとうの昔に失った、愛されることや愛することは…本当はよくわかっていないけど、でも、…それでもわかるんだ、彼女が―――千紘さんが虎徹さんに恋をしている、ってことくらい。
side:バーナビー
あ、まただ。頬杖をつき、水を飲みながら僕はとある人物の視線を追っていた。とある人物というのはもちろん、千紘さんだ。と言っても、ストーカーよろしくいつでも貴方の背後に!ってわけではありませんけど。
今はトレーニングの休憩中で、そしてたまたま意中の彼女がトレーニングルームに来ていたから…何となく彼女を見てしまっていたんです。
―――誰かを好きになるというのは初めてで、こういうのが普通なのかはわからないんですが、でも…傍にいると自然に目がいってしまうようだ。
ああ、話が逸れましたね。まただ、と言ったのは、千紘さんの視線が気がつくと虎徹さんに向いていることを言っていたんですよ。ただ見ているだけだったら何か気になることがあるのか、と思っただけだとは思うんですけど、その…彼女が虎徹さんに向ける視線がとても優しくて、それでいて甘い気が―――したから。
それが何度も、何度も繰り返されているのを見ていたら、いくら鈍い人でも気がつくんじゃないですか?彼女の視線に込められた気持ちの意味に。
(気持ちを告げる前に失恋、か―――…)
それなのにどうしてだろう。全く諦めようとか、そんな思いがわいてこないんです。むしろ、どうにかして彼女を手に入れたいって思う気持ちの方が大きくて。そこまで考えて1つの結論に辿り着いたんです、「虎徹さんには忘れられない人がいる」からだってことに。虎徹さんの気持ちが彼女に向くことがない、とわかっているから、だから諦めようって気にならないかもしれません。
そんなの、…わからないのにね。今は亡くなった奥さんへ気持ちが向いているけれど、これから先、どうなるかなんて虎徹さん自身にだってわからないことだ。それなのに絶対にそれはない、とどうして他人である僕が言えるのだろうか。
「千紘、今日メシ食いに行かねぇか?」
「いいけど…どうしたの?急に」
「この前、バニーと食いに行った店が美味くてさぁ。お前も好きそうだから連れてこうと思って」
「へぇ?それは楽しみ。ちょうど食材がなくなった所だったからいいよ」
ああほら、また。嬉しそうに、愛おしそうに目を細めて笑う貴方。その笑顔はとても素敵だと思いますけど、やっぱり―――別の男に向いているのは、どうしたって面白くない。彼女は僕のものじゃないのに、気持ちを伝えることすら出来ていないのに、それなのに嫉妬するなんて…とんでもなく滑稽だ。思わずはぁ、と小さな溜息が出る。
(不毛な恋をしてるなぁ…僕も―――彼女も)
最後の一口を飲み干して、ゴミとなったペットボトルはゴミ箱へ。さっきの光景を、千紘さんの笑顔を、声を、全て振り切るかのようにトレーニングを再開した。走っている間は何もかも、彼女のことすら気にすることもなければ、考えることもなくなるから。
「好きだ、」
小さく呟いたソレは、室内の喧騒に紛れて消えていく。言葉にするのはこんなにも簡単なはずなのに、それなのにどうして―――なんて、考えなくともわかることだ。想いを言葉にするのは、簡単なようで難しい。相手に伝えることだってそれと一緒なのだろう。
今の関係を壊してしまうんじゃないかと思うと、余計に一歩を踏み出すことを躊躇してしまうでしょうしね。初めて誰かに恋をして、その人を想って一喜一憂して、こうやって悩んで、…ああもう、頭の中がぐちゃぐちゃになりそうです。
―――千紘はそこらの女よりよっぽど、手強いわよ?
いつだったかのホームパーティーでファイアーエンブレムさんに言われた言葉が、不意に甦った。あの時はどういう意味かわからなかったけれど、今ならその意味がよくわかる。あれはきっと、彼女が誰かに恋心を抱いているから手強い、という意味だったんでしょうね。
虎徹さん。貴方を恨みたくも、憎みたくもないけれど…でもやっぱり、貴方のそのポジションはとても羨ましいと思ってしまいます。一番近くにいて、信頼されて、尚且つ想ってもらえるなんて…羨ましいと言う以外、何と表現すればいいのかもわからない。
僕が貴方だったら絶対に、彼女の想いを掬い上げてあげるのに―――。
「…本当、手に負えないな。僕は」