泣き出した夜の子守唄

何か大事なことを―――とても大事なものを、俺は忘れているような気がする。だけど、俺の記憶は五行山にいる頃から始まってて、そんで三蔵に会って、悟浄や八戒に会って、最後になまえに会った。
三蔵に会うより前のことは何も覚えてねぇし、思い出せる気がしない。…それでも時々思うんだ。俺はすっげー大事なものを忘れてて、でもすっげー守りたいものがあったことだけは、根っこに残ってる。

なまえを見てると時々、誰かと重なるんだ。アイツに似てるようで、似てない…でもやっぱりなまえに似ているような気がする。変な感じ。だからなのかな?初めて会った時からさ、なまえには甘えたくなっちまうの。


 side:悟空


夜中にふっと目が覚めた。いつもは朝までぐっすり眠ってて、八戒やなまえに起こされるまで目を覚まさないくらいなのに、…それなのに目が覚めたんだ。何か、夢を見ていたような気もするけど、ハッキリとは覚えてなくて。それなのにすっげー悲しくて、淋しくて、ボタボタと涙が止め処なく流れ落ちていく。いくら袖で拭ってもダメ。


「ん、…悟空…?」
「あ……」
「―――どうしたの?怖い夢でも見ちゃった?」


ゴソゴソと動いてたからか、隣のベッドで眠ってたなまえが眠そうな顔のまま起き上がった。でも月明かりに照らされた俺の顔を見た途端、柔らかい笑みを浮かべてそっと傍に来てくれる。優しく涙を拭ってくれる手も、大丈夫だよとかけてくれる声も、…なまえの全部が優しくて、あったかくて、余計に涙が溢れてくる。
このままじゃなまえに迷惑かけちまうのに、もっと心配させちまうのに、だから早く止まれ!って願うけど、そんな願いが届くわけもなく俺はひたすらに涙を流し続けた。


「ご、ごめんな、なまえ、なまえだって眠いのに…!」
「謝ることないわよ。だって私が勝手に起きたんだもの、悟空が気にする必要はないのよ」


昔―――ずっと昔。誰かに同じことを言われたような気がする、慰めるように背中を撫でて、大丈夫だよ、泣かないでって。
ごめんって謝ると、何で謝るの?って笑ってくれて…俺は、その笑顔が大好きで。アイツが笑うと、俺も自然と笑顔になるんだ。そんな力を、あの笑顔は持ってたんだ。

でも、昔っていつのことだ?アイツって誰のことだ?俺は三蔵達しか知らないし、五行山にいた頃より前のことは一切わからないのに。それでも胸の奥にあるのは、懐かしい―――その言葉のみだった。


―――ギュウ、

「毎日、妖怪の襲撃を受けてるんだし…たまには情緒不安定になることだってあるよ。だって、」

私達は生きてるんだもの。

「生きて、…」
「そう、生きてるの。だから毎日、変わらない心を持ち続けるのは大変だってこと」


たまにはこうやって涙を流したりして浄化しないと、パンクしちゃうでしょ?
そう言ってなまえは、泣くことは決して悪いことじゃないのよ、って笑って、またギューッと抱きしめてくれた。ふわり、と香るシャンプーや石鹸の匂い、トクトクと鼓動を刻む心臓の音、抱きしめられた所からじんわりと伝わってくる体温に、少しずつ気持ちが落ち着いてきたような気がする。


「…ありがと」
「どういたしまして。落ち着いたかしら?」
「おうっもう平気!」
「ふふっそれは良かったわ」


嬉しそうに笑ってよしよし、と頭を撫でられる。頭撫でられんのって子供扱いされてるみてーで嫌なはずなのに、なまえにされるのはあんまり嫌じゃないんだよなぁ…何でだろ。
優しい感触に頬を綻ばせてると、腹がぐぅ〜〜〜っと鳴った。今は夜中で周りも静かだから、余計にでっかく響いたような気がする。あれだな、思いっきり泣いちまったから腹減ったんだ。絶対そうだ。
でもこんな時間じゃ店も閉まってるし…と考え込んでいると、なまえがクスクス笑いながら「お茶にしよう」って。


「あ、でも三蔵様達には内緒よ?怒られちゃうから」
「わかってる!うわ、美味そう!」


夕飯を食った後、なまえの姿が見えねぇなーとは思ってたんだけど、厨房借りてお菓子作ってたんだって。本当は今日のおやつにでも、と思ってたらしいんだけどな。
いいのか?って(食う気満々だけど、一応)聞いてみれば、悟空の為に作ったから構わないって言われた。気がつけば腹減ったーって言ってる俺だから、そういう時の為に作っておいたんだってさ。

なまえの作るお菓子が大好きで、旅に出る前もよく作ってもらってたんだ。遊びに行った時も必ず饅頭とか色々作って待ってくれてて、それがすっげー嬉しかったんだよなぁ。三蔵は甘やかすな、って怒ってたけど、何度言われてもなまえは同じようにしてくれるんだ。
…そうだ、なまえは初めて会った時からずっと優しいんだ。こうやってお菓子作ってくれるのもそうだけど、基本的になまえは俺に優しくしてくれる。淋しいって言えばギューッて抱きしめてくれたし、さっきみたいに泣き出すと泣き止むまで傍にいてくれるし、…他の3人にも優しいけど、でもこうやってこっそりお菓子もらったりすると―――甘やかされてるみたいで、胸の奥がくすぐったくなる。

(だけど、それも悪くないって思うんだよな)

きっとそれは、相手がなまえだから。なまえが纏ってる雰囲気って柔らかくて、優しくて、何つーか…こう、全部曝け出しちまいたくなるような感じなんだよな。思いっきり突っ込んでいきたくなっちまうの。それに嫌な顔を一切しないから、だから余計に調子に乗っちまうのかも。


「さんきゅーなっなまえ!」
「いいえ。このくらいお安い御用よ」


ドロッドロに甘やかされるのも悪くない。そう思うのは、君が大好きだからだ。
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