ハプニング・ダイエット

ここ最近、妖怪の襲撃が極端に減った。それ自体は喜ばしいことなんだけれど、別の問題が1つ―――


―――むに、

「確かにちょーっと丸くなったよな、なまえちゃんの顔」
「…思いっきり抓りながら言わないでくださいよ、気にしてるんですから…」


そう。妖怪の襲撃が減ったということは、つまりそれに比例して運動の量も極端に減るということなのです。食べる量は変わっていないし、そこまで間食が多いわけでもないと思うんですけど…その、やっぱり運動量が減ると自動的に太るものなんですね。
それは仕方ない、仕方ないと思うんですけど!何で同じ生活をしているはずの4人は、ほとんど体型が変わらないんですかね?!


「うーん…でも確かに少しダイエットをした方がいいかもしれませんねぇ」


私の心に火をつけたのは、苦笑しながら紡がれた八戒くんの一言でした。だって当然でしょう?好きな―――万年片思いだけど―――人にそう言われちゃったら、ショック以外の何物でもないんですから!
悟浄くんの行為も、さりげなく爆弾発言してくれる三蔵様と悟空にもショックを受けましたけど、一番衝撃が大きいのはやっぱりこの人だ。

というわけで、ダイエットを始めてみたのですが…旅をしているから外食が多いんですよね…かと言って、いつ襲撃があるから一切食べない!というのはアレですし。食事制限のダイエットって、私が置かれている状況じゃあ難しいんじゃないかと頭を抱えたくなりました。


「あ、本当だ。触り心地いいですね」
「…何をしてるんですか、八戒くん…!」
「いやぁ、悟浄が柔らかいと言っていたのでどんなものか、と思ってたんですが…」


確かに柔らかくて気持ちがいいです。
私の頬をいつぞやの悟浄くんのように抓って、楽しそうに笑っている八戒くん。触れられて嬉しいやら、悲しいやら…!


「これでも頑張ってるんですけど…」
「その割にはあまり変化なし、ですね?」


―――グサリ。

うう、自分でもわかってたけど、やっぱりあまり変化ないですよね!知ってますよ!!食事制限が難しい以上、何とか運動量を増やそうと悟空と組手したりしてるんだけど、思うようにいかないのは…やっぱり食事を変えていないから、なんだろうなぁ。
ふとした時に鏡を見た時とか、頬に触ってみるとわかるけど、丸みを帯びた顔は然程変わっていなくて。相も変わらずむちっとした自分の顔に泣きたくなったのは内緒です。
でも半分涙目で意地悪です、と八戒くんを睨むと、当の本人は一瞬だけ目を瞠った後、すぐに楽しそうに微笑んだ。


「あははっすみません、貴方の反応があまりにも可愛らしくて」
「だからって…!」
「あ、いいこと思いつきました」
「私の話、聞いてます?!」

―――ズイッ

「わっ、…は、八戒くん…?!」


急に顔を近づけられて、思わず後退する。だって、急に近づいてこられたらドキドキしちゃうし、恥ずかしい…!そんな私に気がつく様子もなく、にっこりと笑顔を浮かべている彼。
そして紡がれたのは、無事に体重を元に戻せたらご褒美をあげましょう、という言葉でした。ごほうび、…ご褒美?え、誰が誰に?八戒くんが私に?


「ご、ほうび、ですか…?」
「ええ。何か目標があった方が頑張れるでしょう?」
「それはまぁ、そうですけど…っ」


何をくれるのかはわからない。だって八戒くんはこれをあげます、とか、あれをしてあげます、とか、そういうのを一切口にしませんでしたから。ただ一言、ご褒美をあげましょう、と言っただけ。どんなものをくれるのかなんて、私には全く予想がつかないということ。

―――スルリ、

下ろしたままだった髪に、八戒くんが触れた。それだけでもドキドキして仕方ないのに、あろうことか彼は髪を一房掴んでそれにキスを1つ。
ああきっと、今の私は顔が真っ赤になっているに違いない…下手すれば、顔から火が出そうなくらいに熱くて仕方がないんです。チラリ、と上げられた瞳が、髪に触れたままの口元がフッと笑みの形を作り上げ―――余計に、体温が上がってしまったような気がします。
八戒くんが、…あんな不敵に微笑む所なんて、今までに一度も見たことがないんですもの。


「―――頑張ってくださいね?」


なまえ、と耳元で囁かれてしまったが最後、私の頭はもう恥ずかしさとかその他色々で爆発寸前です。
だけど、彼のその行為が新たに私に火をつけたのかは知りませんが、あんなに落ちなかった体重が徐々に減り始め、ダイエットを始めて2週間ちょっとが経とうか、という頃にはすっかり体重は元に戻っていたのです。
あとはリバウンドしないように食べ過ぎないことと、あと運動を欠かさないようにしないといけませんねぇ…また太った、と皆さんに言われるのはごめんですから。

宿の大浴場に設置されている体重計が指す体重を見ながらそんなことを考えていて、ふっと思い出した。八戒くんが言っていたご褒美のこと。あれっきり彼は何も言ってこなかったし、あまり体重に関して言ってくることもなかったからちょっと忘れかけてました…。
けれど、思い出した途端に顔が、身体中が沸騰したように熱くなる。言葉自体はそうでもないのだけれど、髪に落とされたキスとか、あの不敵な笑みを思い出すと…もう平常心ではいられません。

と、とりあえず落ち着こう!うん!!

濡れた髪を拭きながら大浴場の外に出ると、ちょうど男湯から出てきた八戒くんと鉢合わせ。何て言うか、…すごいタイミングですね、我ながら。


「八戒くんもお風呂、行ってたんですね」
「ええ。この時間なら利用する人が少ない、と御主人に伺ったので。…それより、」

―――ワシャワシャッ

「わっ?!」
「ダメじゃないですか、ちゃんと拭いてから出てこないと」
「これでもちゃんと拭いた―――…いたたっ八戒くん力込めすぎ!!」
「びしょ濡れの状態でちゃんと拭いた、って言い切る貴方が悪いんですよ」


そんな理不尽な…!


「はい、これで大分水気は取れました。冷えないうちに乾かしてしまってくださいね」
「はぁい」

―――むに、

「ひゃ、ひゃっはいくん…?」
「あの柔らかさが堪能できないのはとても残念ですが、…元に戻りましたね」


あ、この人すごい。頬を抓っただけでわかっちゃうんだ。……なにそれ怖い。でも確かに八戒くんの言う通り、丸みを帯びていた顔も元に戻っているのです。頬の肉もいくらかは落ちたらしく、少し前に感じていたむちむちとした感触はなくなっていました。
自分の頬をむにむにと触っていると、隣を歩いていた八戒くんがそういえば、と口を開いた。


「どうかしましたか?」
「覚えてます?体重を元に戻せたらご褒美、って話」

―――ドキン、

「お、…覚えてます、けど…」
「無事に痩せたみたいですし―――」


ご褒美あげますから、目を閉じて。
言われた通り目を閉じると、八戒くんの気配が動いて…すぐ傍―――本当に目の前にいる、みたいで。ドクドクと心臓が早鐘を打って、どうしたらいいのかわからなくなる。というか、目を閉じさせて何をするつもりなのだろう?基本は紳士的である八戒くんが変なことをするとは思えないけど、一緒に過ごしていくうちに優しいだけではなく、意外と悪戯をすることもあるのだと知った。
だから、なのかな?ちょっとだけ落ち着かないのは…!多分、心臓がうるさく鼓動を刻むのはそれだけじゃあないけども。

目を閉じてどれくらいの時間が経っただろうか。きっとほんの数秒、もしくは1分くらいだとは思うけど、私には何十分も経っているような気さえしてしまうのです。いつまでこのままでいれば、と思い始めた時、不意に頬に温かい何かが触れた。それが八戒くんの手だと気がつくまでそう時間はかからなかったけど、突然のことにびっくりして目を開けてしまったのです。


「ああ、ダメですよなまえ。…ほら、もう一度目を閉じて」


そ、そんな声で言われてしまったら逆らえないじゃないですか…!促されるまま、目を閉じると再び八戒くんの気配がすぐ近くまで来ていて。思わずぎゅうっと目を、固く瞑った。何となく、キスされる―――と、そう思ってしまったんですよね?そんなことあるはずもないのに。

だけど、感じた感触は冷たく無機質な感触。

普段ならちょっとだけびっくりするくらいのことだと思うんだけど、目を閉じていたからか心の底から驚いて「ひっ?!」という悲鳴が漏れました。同時に閉じていた目も開く。
びっくりしました?と笑う八戒くんの手に握られていたのは、冷たいココアの缶。それも私がよく飲んでいる銘柄です。


「今、頬にくっつけたのって、これですか?」
「ええ。安いものですみませんが、頑張ったご褒美です。ダイエットしている間、飲んでいなかったでしょう?」
「わー、ありがとうございます!」
「いいえ、約束しましたから。そこのソファで飲んで行きましょうか」


ロビーのソファに並んで座りながら、ココアを飲んで…でも脳裏に引っかかるのはさっきのこと。あまりの冷たさに驚いてハッキリとはしなかったけど、頬に冷たさを感じるのと同時に額に感じた柔らかい感触は―――私の気のせいなのだろうか?





一瞬だけ、一瞬だけ触れただけだ。きっと気づかれることはない、…けれど、いつか僕が今日したことの意味に気がつく日が来たら貴方は―――どんな選択をしてくれるのだろう。
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