甘えてスーパーダーリン!

リビングで仕事をしていたら、玄関の方からガタガタと音がした。ずいぶんと集中していたんだな、と大きく伸びをしてからパソコンを閉じ、音を立てた張本人の元へ向かう。
廊下に出て広すぎる玄関へ足を向ければ、そこには想像通りの人物が靴を脱いでいる瞬間だった。


「おかえりなさい、秀一」
「…ああ、ただいま」


珍しく座って靴を脱いでいた秀一。屈んで声を掛ければ、疲れきった顔を向けられてちょっとビックリした。あれ?今日、彼に任された案件はそんなに疲労するようなものだっただろうか…はて?と脳内へ検索をかけれてみたけれど、どれだけ思い返してみてもやっぱりそこまで大変なものでも、披露するようなものでもなかったわ。
狙撃する為に呼ばれたわけじゃないから、当然の如く待機時間なんてものは発生しない。だって今日、この人に課せられた仕事というのは―――本部とのテレビ会議だったはずだから。そこまで思い出して、もしかしてテレビ会議が原因か?と首を捻った。

(待つことは苦手ではないはずなのに、会議は苦手なのよね…この人)

それが作戦会議となれば、自分の考えた作戦を発表する場にもなるからそこまで苦ではないらしいのだけれど…今回のようなひたすら意見を求められるものや、ただ報告だけを聞いているタイプの会議は苦手意識があるらしい。
意見が求められるタイプの会議なら作戦会議と変わらない、と思うのだけれど、どうやら秀一の中では明確な線引きがあるらしいです。作戦会議は自分の意見を真っ向から否定されることは少ないけれど、意見を求められるタイプの会議は真っ向から否定されたり、対立することが多々あるらしくて。仕方ないがうんざりする、と一度聞いた覚えがある。


「…なまえ」
「わ、…今日は甘えたの気分ですか?」
「ん……」


いっ…今の反応なに?!めちゃくちゃ可愛かったんですけど!!キュン、として思わず母性本能が目覚めかけました。あれ?女性は元々、母性本能ってあるんだっけ。…いいや、今はそんなの。とにかく秀一が可愛くて仕方ありません。
これは相当お疲れの様子だなぁ、甘えてくるなんて珍しすぎるものね。スキンシップは割と多めだし、抱きつかれることだって少なくないけれど、今日みたいな擦り寄ってくることはほとんどない。情事後にたまーにあるくらいかしら。


「とりあえず、夕飯にしましょう」
「…嫌だと言ったら?」
「言っても構いませんけど、お腹空いてるでしょう?今日、頑張って作ったんですけど」


秀一が甘えてくるなんて滅多にないから、もうとことん甘やかしてあげたい。この人が望むのであれば、今すぐ寝室に行って添い寝してあげてもいいくらいだけど。でもやっぱり、頑張って作ったご飯だけは食べて頂きたい。
そんな気持ちを口にすれば、肩に埋めたままだった顔を上げて「食べる」とのっそり立ち上がった。あら、予想以上に効果てき面だったみたい。彼の機嫌を損ねないよう、こっそり笑みを浮かべてダイニングへ向かった彼の後を追いかけた。

もうすでに出来上がっていた煮物やお味噌汁を温めていると、何も言っていないのに冷蔵庫を開けて副菜を並べてくれている。もう…疲れきった顔をしているクセに、そういう気を遣っちゃうんだから。
恋人である私にまで気を遣ったりする必要ないのにね?というより、普段はもう少し不遜な態度を取っているんだから座って待っていればいいのに。こういう所、嫌いじゃないけれども。


「美味そうだな」
「今日は鮭のホイル焼きです。醤油とポン酢、どちらがいいですか?」
「…醤油」
「はい、どうぞ」
「ありがとう」


お腹が空いていたらしく、秀一はあっという間に食べ終えてしまった。その後は洗い物をして、交代でお風呂に入って―――今はリビングでソファに並んで座ってます。
テレビはついてるけど、多分、秀一はほとんど頭に入っていないだろうなぁ…だって、今にも寝てしまいそうな顔しているもの。


「秀一、眠いのなら寝室に行きますか?」
「いや…さすがにそれはもったいないだろう」


一体、何がもったいないの?と首を傾げると、フッと笑みを零して「お前と一緒にいる時間が減る」と言われた。それはもう、一気に顔に熱が集まりますよね!何で疲れきっているはずなのに、そんなキザな言葉を言えるんだろうこの人…っ!嫌いじゃない、こういうのは嫌いじゃないし嬉しいけど、どうしたって恥ずかしいんだってば!!
熱くなった頬に手を当てて冷ましていると、太腿辺りに何かが乗っかってきたような感覚。急に重くなったし、…不思議に思って視線を落としてみると、ついさっきまで隣に座っていたはずの秀一が私の太腿を枕にして寝っ転がっていた。


「これは…なかなか快適だな」
「そのセリフ、変態っぽいです。ずいぶんとお疲れですねぇ」
「まだ狙撃の方が楽だよ…会議は苦手だ」
「普通は逆だと思いますけど」


本当に会議が苦手なのね、貴方。クスクス笑いながら、太腿を枕にしている秀一の頭を撫でる。気持ちが良かったのかそっと目を閉じる様子は、何だか子供みたいだわ。


「お疲れ様でした。今日はとことん甘やかしますから」
「…なら、しばらく膝を貸してくれ」
「ええ、お気の済むまでご存分に」


ちゅ、と額にキスを1つ。薄らと片目を開けたけれど、また綺麗な翡翠の瞳は閉じられてしまいました。何か言いたげだったけれど、いいのかな?まぁ、本当に言いたいことであればまた口を開くことでしょう。
再び髪を梳くように頭を撫でていると、秀一はもぞもぞと動いて私のお腹の方へ顔を向けた。彼の顔が見えなくなっちゃったな、と内心残念に思っていると、そのままぎゅうっと抱きついてきたんですけれども。

うっわ、…何ですかもう!可愛くて頭撫で繰り回したくなるじゃないか!

そんなことしたら怒られるから、ぐっと堪えるけど。というか、お腹に顔を押し付ける形になってるけど苦しくないのかな?割と呼吸しづらい体勢だと思うんだけどな。だけど、抱きついてきた状態のままピクリとも動かないので、多分大丈夫なんだろうなと解釈する。しっかりと呼吸してるし。
しばらくそのまま頭を撫で続けていると、穏やかな寝息が聞こえてきた。あら、眠っちゃったんだ…食事もお風呂も済ませているし、まだそこまで遅い時間じゃないから構わないけれど。でもここで眠るよりベッドで眠った方が疲れが取れると思うんだけどなぁ。
本当ならすぐに起こしてあげた方がいいとは、思ってる。内心、めちゃくちゃ思ってる。だけど、それを行動に移せないのは―――…


「ふふ、可愛い寝顔」


寝入って力が緩んだのか、僅かに見えた秀一の寝顔が子供みたいで可愛かったからなんでしょうね。
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