The color of your eyes is jade.
浮かれていた。ああ、確かに浮かれていたさ!だって仕方ないじゃん?就職活動も終わって、卒業前のテストや論文も終わって、残すは卒業式のみ!ってなった状態での旅行だよ、そりゃあ浮かれもするでしょうよ!!
待ちに待った海外旅行inアメリカで浮かれるな、はしゃぐなっていう方が無理難題だと思うんです。それなのに、…何だろう。この仕打ち。
「Don’t move!(動くなよ!)」
私は今、所謂立てこもり事件の人質の1人となっています。一緒に来ていた友達は外で待っていたから、多分巻き込まれてはいないと思うけど…ものすっごい心配をかけていると思う。そしてこの状況で、しかも異国の地で1人って半端なく不安なんですけれども!!
逃げたい、ものすっごい逃げたいけどそんな度胸も気力も能力もない。私は至って普通の女子大生だ、拳銃持った大男をブッ倒せるような身体能力は持ち合わせていないのです。持ち合わせていたとしたら、今頃、あの叫んでいる犯人をとっ捕まえられていたのだろうか。
(…いや、それはないな)
冷静に考えてみても、それは絶対にない。身体能力がずば抜けていたとしても、度胸がなかったらただの宝の持ち腐れだ。私のようなビビりにはそんな芸当、どう頑張ってもできっこないと思う。うん。もし動けたとしても、返り討ちにされるのが関の山だろう。…それも何か虚しい話だけどさ。自分で想像したこととはいえ、ずーんと落ち込みたくなるね。
人間ってとんでもないことに巻き込まれると現実逃避したくなるんだな、と遠い目になりかけていると、耳を塞ぎたくなるような音が辺り一帯に鳴り響いた。み、耳がキーンってしてめっちゃ痛い…!耳を押さえながら視線を上げると、大男が持っている拳銃の銃口から白い煙が上がっているのが見えた。
え、ちょっと待って…さっきの音ってまさか、
―――ガゥンッガゥンッガゥンッ!!
ッやっぱり発砲音だったの?!ザァッと血の気が引いた。まだ銃口は上を向いていて、人質の誰かが撃たれたとかじゃないけど、こんな状態じゃいつこっちに向けて撃ってくるかわかったもんじゃないじゃない!!こ、こんな異国の地で殺されるなんてそんなの嫌だってば!
自然と涙目になっていた私の瞳と、興奮しきっている犯人の瞳が―――交差したような、気がした。瞬間、体中からブワッと汗が吹き出し、背中にゾワリと何とも言えないモノが走った。殺される、と本能的に感じ取る。
「ひっ…!」
もうダメだ、と思った。目を逸らすこともできなくて、ただゆっくり…スローモーションを見ているかのような動き。ああ、死ぬ瞬間ってこんなにもゆっくりとした時間が流れるんだ。
ポタン、と一粒の涙が床を叩くのと同時に、大男の持っていた拳銃が弾き飛び、彼自身もその場に大きな音を立てて倒れ込んでいく。今、…一体何が起きたの?
「Seize him!(奴を捕えろ!)」
その声を筆頭にわらわらとたくさんの人が中に入ってきて。倒れ込んだ大男を拘束している所を見ると、警察の人…なのかな?あ、全員『FBI』って書かれたジャケット着てるし、何だかすごい重装備。
いまだ止まらない涙をぐしぐし拭いながら、事の成り行きを見守っていると「Are you ok?」と声がかけられた。見上げた先にいたのは、綺麗な翡翠の瞳をした少し強面の男の人。手に持っている拳銃にビクリ、と体を震わせたけど、着ているジャケットや装備からして多分警察の人なんだろうと察する。
はい、と答えかけて、慌ててYes.と返すと男の人はおや、と目を瞠った。
「君は日本人か」
「え、…日本語……?」
「ああ、怪我はなさそうだな。立てるか?」
目線を合わせて聞いてくるその人にコクリ、と頷いて立ち上がろうとしたものの、あまりにも驚きの連続だったからか、それとも死と隣り合わせにいたからか、見事に腰が抜けていた。再びぺたん、と座り込んでしまった私を見て、何となく事情を察してくれたらしく手を差し出してくれましたとさ。恥ずかしさで真っ赤になるけど、このままへたりこんでいるわけにもいかないので有難くその手を借りることにする。
やっとの思いで立ち上がれたものの、歩ける自信が皆無…!それ所か掴んだ手を離せないままときた。ヤバイ、これどうしよう…!冷や汗ダラダラ状態で固まっていると、セクハラで訴えるなよ、という声が聞こえた。それに返す間もなく、私の体は浮き上がる。
「ひぇっ…?!」
「腰が抜けて歩けないんだろう?外まで運んでやる」
「な、何から何まですみませ…!」
「…異国の地であんな目に遭ったんだ。平然としていられる人間などおらんよ」
あっという間に建物の外に連れ出された私は、いつの間にか集まっていた野次馬やテレビ局の人達の間を潜り抜け、比較的静かなベンチへと下ろされる。
「君は1人か?」
「あ、いえ…友達と旅行に、」
「ならその友達と連絡を取るといい。きっと心配しているぞ」
「は、はい」
ではな、と踵を返した彼に、何を思ったのかあの!と声をかけてしまった。何で呼び止めたのかは自分でもわからない、でもこのまま終わりにしたくないと思ったのは確かで。
振り向いた彼はきょとんとした顔で首を傾げ、その場で足を止めてくれている。
「なっ…名前!教えてくれませんかっ」
「…赤井、赤井秀一だ。お嬢ちゃん」
そう言って、今度こそ彼―――赤井さんは、喧騒の中へ紛れていった。
最後に浮かべられた優しい笑みを私はきっと、日本に帰っても忘れないと思う。
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