最初から負け戦

私の人生、どうしてこうなった!と叫びたくなることが多すぎじゃありませんか?
目の前でにっこり笑っている安室くんを見て、切実にそう思った。


「今日は1人なのか?」
「なによ、私が1人でショッピングしてたら悪いの?」
「いや、…沖矢さんだっけ?彼氏なのに一緒じゃないのかな、って」


街をブラついていたら偶然にも安室くんとバッタリ。そりゃあ東都から離れたわけじゃないもの、街中でバッタリ遭遇なんてことよくある話ではあるんだけど…どうしてその相手が安室くんなのかが解せない!他の人だっていいじゃないか。
というか、コイツじゃなければ誰でもいいからチェンジしてください!そう思いつつも、話しかけられると律儀に返事をしてしまうのは何でなんだろう。


「…沖矢くんはコナンくんと出かけてるの」
「へぇ?仕事が休みの彼女を放っておいて、あの子とねぇ…」


なーんか意味深な発言だなぁ、今の。コーヒーに口をつけながらジト目で睨めば、痛くも痒くもないという風に微笑まれた。
それはきっと私以外の女性なら、コロッといってしまいそうな破壊力を持っていると思う。甘いマスクの上、こんな顔で笑われたら一発で惚れちゃうわよねぇ…ポアロに女性客が増えるのも納得だ。まぁ、私はこの安室透こと降谷零があまり好きじゃないので、笑顔を見せられても胡散臭いと一蹴してしまうのだけれど。

(やや直情型かもしれないけど、きっと秀一の件がなければ…まだ仲良く出来そう。うん)

とはいえ、仲良くする気があるのか?と言われたら、多分NOなんだけど。だって向こうはコッチを毛嫌いしてるし。いくら私達が歩み寄ろうとしてもきっと、どうにもならない溝があると思うんだよねぇ。それをこじ開けようとか、埋め込んでやろうって気がないので、秀一の件があろうがなかろうが私達の関係はどうにも変わらないんだろうさ。


「僕だったら休みの彼女を放っておくような真似、絶対しませんけど」


考え事をしていたら耳に飛び込んできた爆弾発言。思わず飲んでいたコーヒーを吹き出した。
当の本人は何をしているんですか、と呆れ顔だけど、悪いのはそっちだからね?!何だか私が悪い、みたいな空気を醸し出してるけど、完っ全に君の発言が原因なんだからね?!


「ゲホッゴホッ!ちょ、…急に何を言って」
「だって淋しくないですか?愛しの恋人が自分ではなく、子供を優先しているなんて」
「………別に淋しいとは思ってないわよ」


シャーロキアン同志、話が合うのだろうというのは前からわかっていた。沖矢くん―――秀一がボウヤを気に入っていることも、ね。だから彼があの子と出かける、と聞いても本当に何とも思わないんだ。それが私との約束を破って、ボウヤを優先していたらさすがに怒るけど。
…もっと一緒にいたい、と思っていないわけでもないけれど、だからといって私以外の誰とも会わないで、私を優先して!と言うのは、何かが違うと思ってしまうから。だって私には私の交友関係があるように、彼にも彼の交友関係があるでしょう?そこまで口出す気は更々ないわよ。
溜息交じりにそう告げれば、安室くんの眉間にはくっきりとシワが刻まれていた。うわ、イケメンはしかめっ面していてもイケメンなのねぇ…ほーんと黙っていればカッコイイのに、口を開いた途端に爆弾発言しか言わないのはどうしてなんだろう。


「みょうじってわがまま言わないタイプでしょう」
「…なんで」
「何もかも全部胸の内に秘めて、飲み込んで、笑顔で取り繕っちゃうタイプ」
「さあ?どうかしらね」


自分の性格は自分がよく知っている、と言うけれど…それって半分当たりで半分ハズレだと思う。それはもちろん知っていることの方が多いだろうけど、知らないことだって少なからずはあると思っているから。…だから、安室くんに言われたこともピンときていなかったりする。
確かにわがままは言わない方だと思うけど、それって大人だったら至極当たり前なことなんじゃないの?思ったこと何でもかんでも口に出すのは、スマートじゃないでしょう。


「そういう貴方を見てると、どろっどろに甘やかしたくなる」


フッと微笑んだ安室くんの手が、私の方へ伸ばされる。でもそれはパンッと乾いた音と共に叩き落とされ、届くことはなかったけれど。


「…すみませんが、彼女に触れないでもらえますか?」
「おっ…沖矢くん……?!」


聞こえたのは聞き覚えのある声。だけど、通常より数段低く、冷えた声だった。
突然の彼の登場に私はもちろん、安室くんも驚いた顔。だってこんなにも都合良く現れるなんて、誰も想像しないでしょう?しかもちょうど話題が出ていた時に、なんて尚更よ。


「なまえさん、隣に座っても?」
「あ、うん。どうぞ」
「安室さん、僕も隣に座っていーい?」
「もちろんだよ、コナンくん」


…これはまた奇妙な4人になってしまったぞ。というか、沖矢くんと安室くんとの間に流れる空気がとてつもなく冷たい気がするのは気のせいじゃないと思う。2人共、にっこりと笑顔を浮かべているけれど、目が笑ってない。
沖矢くんのこういう雰囲気に慣れていないわけじゃないけど、隣からじわりと漂ってくるコレは気持ちのいいものではない。これは完全に安室くんを敵視してるなぁ…前からこうだった?いや、彼は敵視していなかったように思うのだけれど。敵に回したくない人物だ、と言っていたくらいだし。好意がないにしても、嫌ってはいなかったはずだ。それなのに今はめっちゃ敵視してるんですけど。どうした沖矢くん。
居心地悪いなぁ、と冷めてしまったコーヒーに口をつけた。新しいのを頼もうか、とも思ったけど、まだ半分以上残っているこれを下げてもらうのは些か失礼よね。それにもったいないし。冷めたコーヒーはあまり好きではないけれど、飲めないわけでもないから飲んでしまおう。


「…休みの日に彼女を1人残して出かけるなんて、ずいぶんと最低なことをするんですね?」
「コナンくんとの約束は元々していたものですので。なまえさんにも伝えていました」
「それでも残して出かけます?普通なら一緒に出かけるでしょう」
「彼女は昨夜、遅くに帰ってきたもので…大分疲れていたんですよ」


ああ、そういえば沖矢くんに「いってきます」と言われた記憶も薄ぼんやりしかないな…ようやく意識が覚醒したのは、それから何時間も後のこと。更に詳しく言えば、今から3時間前くらいだったかしら。


「可愛らしい顔をして眠っていたので、起こすのも憚られました」
「ンぐっ…!」


コーヒー変なとこ入って噎せた。
何で変な方向へ話を持っていこうとしてるの?この人!!


「確かに彼女は整った顔をしていますし、寝顔もそれは素敵でしょうね」
「普段よりも幼い顔になりますよ」
「それも捨てがたいですが、仕事中の凛々しい顔は貴方も見たことがないでしょう?」


勝った!みたいなドヤ顔してますけど、ねぇ、いつの間に勝負ごとになってるの?ボウヤも呆れ顔でオレンジジュース啜ってるじゃない。君達以外はドン引きしてること気がつこうよ、本当。


「…私はそれ以上に貴方が知らないなまえさんを知っていますので」


カッと体温が上がった。あ、ダメだこれ。


「触れた時に恥じらう顔も、好きだと告げた時に笑う顔も―――君は知らないだろう?」
「ッ」


一瞬、ほんの一瞬だけ秀一の部分が垣間見えて、心臓が一際大きな音を立てる。顔は燃えてるんじゃないかってくらいに熱いし、ずっとドキドキしてるし、テーブルの下でそっと絡められた指が更にそれを煽ってきて…もう何が何だかわからない。
心臓、止まりそう…!!


「なまえさん、コナンくん。帰りましょうか」


流れるような所作で手を取られ、気持ちはさながらお姫様。…なんて、そんな悠長になっている余裕もないまま私はカフェを後にした。安室くんがどんな顔をしていたかなんて、知らないまま。
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