アクアマリンに包まれて

「え?お休み?」
『ああ、仕事が片付いて2週間ほど休暇をもらった』


日本での大きな仕事を終えた、とFBI捜査官である恋人は今から半年前、本来の拠点であるアメリカへと帰国した。これからはあまり会えなくなるのか、と淋しく思ったけれど、お互いに社会人だ。そして立派な大人でもある。
遠距離恋愛に耐える自信は正直なかったけど、それを理由に別れることもしたくなくて。だから結局、アメリカと日本での遠距離恋愛を選択したのです。そんな彼から久しぶりにかかってきた電話は、何とも嬉しい内容だった。
今までの功績や後処理が終わったことで、少し長めに休暇をもらえたんですって。せっかくだから日本へ行く、と言われて驚いちゃった。思わず言葉を詰まらせてしまったくらいに。だって漠然と会いに行くのは私だろう、と思っていたから、彼が会いに来てくれるなんてこれっぽっちも予想していなかったんだもの。だからといって嬉しくないというわけじゃない、それはもう今すぐ叫び出したくなるくらいに嬉しいです!むしろ、嬉しくないわけがないんだ。

(行きたい所を考えておけ、って言われちゃったけど…)

通話を終えた携帯を握ったまま、半ば夢心地でぼんやりと考える。秀一くんと一緒に行きたい所は、きっとたくさんあったと思う。思うんだけど、改めて聞かれてしまうと何処だったかな…と頭を抱えてしまうのは何でなんだろうか。
こんなにも早く会えるとは思っていなかったから、何処にも行かないで家でのんびりしてもいいなぁとは思っちゃうんだけどね。でも休暇は2週間あって、丸々日本にいるらしいし…やっぱり1日くらい何処か出かけようか。デートなんて出来る状態じゃなかったから、思い出を少しでも多く残したいもの。そうと決まれば早速、何処がいいか探してみよう!





秀一くんから電話をもらった1週間後。彼は言っていた通り、休暇で日本を訪れた。最初の2日間は私の家でのんびり過ごし、休暇3日目の今日は!私の希望で水族館へ連れて来てもらっています!
最近リニューアルされた所でかなり大きく、魚の種類も多いらしい。レストランなどのフードコートも充実しているから、丸一日遊べるんだって。


「…良かったのか?」
「え?」
「いや、…その、前にトロピカルランドに行ってみたいと言っていただろう?」


彼の言葉にこてん、と首を傾げて思い出す。私、そんなこと言ったこと………あ、あったかもしれない。確か付き合い始めた頃だったかなぁ?デートと言えば、って話になって、恋人ができたら一度は一緒にトロピカルランドに行ってみたいんだってことを言った気がします。うん。
あの頃はね、デートっていうと遊園地がお決まりだと思ってたし、それに友達からよく聞いてたから憧れのようなものもあったんだよね。多分。
それを秀一くんは覚えていたらしく、行きたい所を考えておけって言ったけれどトロピカルランドがいいと言われるだろう、と予想してたみたい。でも実際に言われたのは水族館だったから、結構びっくりしたみたい。確かに行きたい場所を口にした時、一瞬だけ呆けてたなぁとは思うけれども。成程、そういう理由だったのね。

他愛ない話だったと、自分でも思う。実際、秀一くんに言われるまで忘れていたくらいだし…重要か・重要じゃないかって聞かれたらきっと、そこまで重要じゃなかったんだろうな。一番重要なのは『何処に行くか』じゃなくて、『誰と行くか』だと思うから。
…だけど、秀一くんが何気ない会話を今まで覚えていてくれたことが結構嬉しかったりします。思わず顔がにやけちゃうくらい。ふふ、と笑みを零せば、彼は訝しげな表情を浮かべているにも関わらず、こてんと首を傾げていてちょっと可愛い。


「あのね、私は多分秀一くんといられるなら何処でもいいの。それこそ家でのんびりするのだって構わない」
「だが、…」
「だってこれから先もずっと、貴方は私と一緒に歩んでくれるのでしょう?」
「!」
「あの、だから…1つずつ、私の行きたい所に連れて行って」


思ったよりも恥ずかしくて、顔中に熱が集まった。それを見た秀一くんはくくっと喉を震わせる。


「なまえの言う通りだな。お前の行きたい所、全て教えてくれ。何年かかろうが、何処へでも連れて行く」
「うん。その代わり、秀一くんの行きたい所も教えてね?」
「…考えておこう」


ひとまず今日は水族館を楽しみたい!デートはいつ以来だろう、と考えてしまうくらいに久しぶりなんだもの。チケットを買って彼の手を引いて、ゲートを潜った。
僅かに小走りになっていたらしく、大人しく引かれるままになっていた秀一くんが苦笑交じりに「落ち着け」と私を諫める。そのやり取りも何だか久しぶりな気がして、余計に気分が高揚していく。
うう、本当に隣に秀一くんがいるんだ…っ!


「まだ日にちも時間もあるけど、それでも楽しみだったんだもん!」
「昨日と一昨日も一緒にいただろう?」
「そうだけど、デートなんて久しぶり過ぎて…!それに貴方とこういう所へ来れるなんて夢にも思わなかったんだよ」
「悪い、…淋しい思いをさせる」
「謝らないでよ、自分で決めたんだもの。遠距離するって」


ほら、早く行こう!と笑えば、ようやく秀一くんは表情を緩めて手を握り返してくれた。


「水族館って久しぶり…あっサメだよ秀一くん!」
「こらなまえ、急に引っ張るな」
「あ、ごめん。でもほらサメだよ、サメ!」


いや、確かにサメだが…。
手を握ったまま、ひたすらサメだよを繰り返す私を見て、一瞬だけ呆れた表情を浮かべたものの、すぐにくつくつと楽しそうに笑い始めた。どうやら私の行動がツボったらしい。
うん、理由はとても不本意だけどこの人が笑ってくれるのならば別にいいかなと思ってしまう辺り…私は心底惚れてしまっているらしい。好きな人の笑顔が見られてキュン、としない人はいないよね?

その後もアマゾン川に生息する魚とか、ふれあい広場でヒトデを触ったりした。私はこういうのって割と臆することなく触っちゃう方なんだけど、秀一くんはあまり得意じゃないみたいでちょっとだけ顔が引きつってたのが面白かったな。でも一度、触ってしまえば問題はないみたい。慣れた後は楽しそうに笑ってたし。
彼のこういう姿を見ると、平和な時間が戻ってきたんだなぁって実感するの。こんな風に笑っている秀一くんを見るのは、はじめてに近い気がするから。


「なまえ、次は此処に行ってみないか?」
「どこ?…青いトンネル?」
「ああ。水槽がトンネルのようになっているからだそうだ」


そんな申し出、断るわけがないじゃない!館内パンフレット片手に目的の場所を目指す。途中にある水槽や生き物達にも目を向けつつだったから、大分時間はかかっちゃったけどね。
だけど、その場所へ着いた途端、私は思わず言葉を失った。視界の先に広がったのは、まるで海の中にいるような幻想的な青い空間。


「う、わぁ…!」
「成程、これはすごいな」
「うんっ!光がキラキラしてて、海の中にいるみたい…」


水槽の中に放されている魚達も自由自在に動き回っているから、頭の上を泳いでいたりする。すっごいなぁ、これを考えた人。ほう、と溜息をついて見上げていると、ぎゅうっと後ろから抱きしめられた。人がいるのに、何をするんだろうこの人!
慌てて抵抗するけれど、力で秀一くんに敵うはずもなくされるがままだ。確かに照明は薄暗いけど、周りの様子がわからない程かと聞かれたら、それはすかさずNO!と答える。それは確実にわかるくらいの明るさは残されているのであります。


「あまり周りの様子など気にはしないさ。…少しは好きにさせてくれ」
「ッ……もう、そういう言い方はズルイよ」
「ずるくて構わんさ」


青い光に包まれながら、触れるだけのキスをした。
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