オレンジ色の恋心
飲みに行きませんか?と、彼からお誘いを受けたのは、今日の昼間。買い出しの時に良さそうなバーを見つけたから、良かったら一緒に、とのことだったんですけど…まさか八戒くんから誘われるとは思っていなかったので、数秒固まってしまいました。
断る理由が一切ないから二つ返事で了承したけれど、いまだに夢心地と言いますか…そんな感じでフワフワしてます。きっと、彼自身には深い意味なんてないのでしょうけれど、どうしたって舞い上がってしまうのです。
「わ、…本当にいい雰囲気のバーですね」
「この辺りでも人気らしいですよ。カウンターでもいいですか?」
「ええ、大丈夫」
酒場は何度も行ったことがあるけれど、こんなオシャレな所は初めて来ました。悟浄くんは色んな酒場へ顔を出しているでしょうから、こんな感じの所も知っていそうですけれど…何だろう、八戒くんとバーってあまり結びつかないかも。お酒は強い方ですけど、たまーに飲むくらいだし、こうやって飲みに出かける姿は私が知る限りほとんどないと思います。あったとしても片手で足りるくらいだろう、ってイメージ。
それはきっと、悟浄くんの方がイメージ的に強いからなんだろうなぁとは思うけれど。
バーテンダーさんに差し出されたメニューを見てみるけれど、普段はビールだったり熱燗や冷酒を飲んでいるからカクテルってほとんどわかりません…部屋で飲む時は大体、八戒くんや悟浄くんが私の分も選んで買ってきてくれているからなぁ。ファジーネーブルくらいならわかるけど、…他はどんなものなのかすら想像がつきませんね。お酒には弱くない(と思う)ので、甘すぎるのはあまり好みではないのだけれど。
どうしよう、と悩んでいると、隣に座っていた八戒くんが決まりましたか?と私の顔を覗き込んできたけれど、それにまだなんです、と答えれば、彼は一瞬だけ考えて―――僕のオススメでもいいですか?と問いかけてきたのです。
「八戒くんの?」
「ええ。…多分、なまえも気に入ってくれると思うんですけど…」
「じゃあお願いします。貴方のオススメならきっと、ハズレはしないでしょうし」
2人分のお酒を注文すれば、バーテンダーさんはすぐに作り始めたのだけれど…わあ、カクテルってこうやって作るんですねぇ。目の前で繰り広げられるそれに内心感心していると、あっという間に私達の元に注文したお酒が差し出された。
私に出されたのは『アプリコット・フィズ』というお酒で、八戒くんに出されたのは『ジン・トニック』。初めて飲むものだからどんな感じなのかわからなかったんですけど、一口飲んでみればとても美味しかった。
「飲めそうですか?」
「はい!すっごく美味しいです」
「それは良かった。…こっちのも一口飲んでみます?」
「いいんですか?」
「ええ、どうぞ」
では遠慮なく、と口をつけた所で、間接キスになることに気がついた。でも口をつけたのに飲まないのはおかしいし、このまま突き返すのも失礼だし―――数秒考えて、私はそのまま飲むことにしたんです。…というか、飲まざるを得ないと言いますか…うう、よくよく考えればわかることだったのになぁ。きっと今、私の顔は赤くなり始めてると思う。
多分、このお酒もとても美味しいんだと思うんですけど、正直、味なんてこれっぽっちもわかりません。もちろん、美味しいですって言ってグラスを返しましたけど。
その後はおつまみに、と頼んだナッツを食べながらのんびり飲み進めて、2杯目を飲み終えた所で帰ることになりました。お会計を―――と思ったんですが、まるでそれが当然!と言わんばかりに、支払いしてきますね、と行ってしまった八戒くん…私はその間、さっきまで座っていた席で大人しく待つ他なくて。
「仲がよろしいんですね、彼氏さんと」
「へっ?!ち、…違います!あの方は彼氏じゃないです!!」
彼が私の恋人、だったら…それはとても素敵なことですけれど。
思わず零れ落ちてしまった本音に、慌てて口を塞ぐ。でもそれはもう遅すぎる行為で、話しかけてくれたバーテンダーさんは楽しそうにクスクス笑って「恋をされてるんですね」って一言。
やっぱりバレバレですよね…私は内心項垂れながらも、小さく頷きを返しました。
「―――カクテルにも、意味があるのをご存知ですか?」
「意味、ですか?」
「花言葉などと同じように、カクテルにもそれぞれ意味があるんです。例えば―――彼が飲んでいたジン・トニックは『強い意志』とか」
そんな風に意味がそれぞれあるんですよ、って教えてくれたんです。カクテルを使って告白する、ってこともできるみたいですよ?とても興味深くて面白い話ですよねぇ。
「知らなかったです、…面白いですね」
「ご興味があるのであれば、本などもありますから読んでみると良いと思いますよ?きっと―――素敵な真実に辿り着けると思いますから」
「…え?」
「なまえ、お待たせしました―――っと、お話中でしたか」
「いいえ、大丈夫ですよ。…今日飲まれたカクテルは如何でしたか?」
「美味しかったです、ごちそうさまでした」
彼に倣うようにごちそうさまでした、と頭を下げながらも、脳裏をよぎるのはさっきのバーテンダーさんの言葉。『素敵な真実』って…一体、何のことでしょうか?少しだけふわふわした頭で今度調べてみよう、と考えてみるものの、きっと明日になったら全て忘れてしまってるのかもしれないなぁ。
「アプリコット・フィズの意味は、『振り向いてください』。それはきっと彼の、隠された恋心―――なんですよ?お客様」
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