何度だって、恋をしよう

「……へ?!」
「紡ちゃん、顔がマヌケになってる」
「うそ?!…じゃなくて、なまえさん!!」


うんうん、そんなに大きな声出さなくてもちゃんと聞こえてるから。聞いてるから。とりあえず落ち着こうね?ここ、事務所でも私の家でもなくカフェだから。外だから。まぁ、彼女に大きな声を出させた原因は、言わずもがな私なんだろうけど。


「ほ、本当なんですか?なまえさん……!」
「うん、本当だよ。学生時代だから、昔のことだけどね」


さらっと告げてケーキを口に含む。生クリームの甘さが程良くて、自然と頬が緩んじゃうなぁ…このカフェ、初めて入ったけどなかなかに当たりだ。コーヒーも美味しいし、ケーキも美味しいし、これは通うしかなさそう。日替わりケーキなんてものもあるみたいだし…せっかくだから制覇したいもんね。それにランチもやってるみたいだから、しばらくお昼はここでもアリかも。
そんなことを考えていたら、向かいに座っている紡ちゃんがフォークを咥えたままムーッとした表情を浮かべていた。ムッとしている顔も可愛いけど、この子には断然笑顔の方が合ってるんだけどなぁ。そもそも、どうして貴方がそんな顔しちゃうの。

紡ちゃんの大声、そしてムッとしている原因は、先述した通り私の発言だ。今、好きな人とか恋人はいるのかーって話になってさ?その流れで昔つき合っていた人のことをポロッと言っちゃったの。それが原因です。相手を彼女も知っているから尚更、ビックリしたんだろうね。
だってその相手っていうのが、今私と紡ちゃんが勤めている事務所…小鳥遊事務所の事務員である大神万理くんなのだから。ビックリする気持ちもわからんでもないけどね、そんなこと言われたら。知ってる相手なら尚更だ。


「何で別れちゃったんですか〜…」
「いや、それはすれ違いとか色々あるんだよ。てか、何で泣きそうになってるの」
「だってお似合いなのに…」
「あはは、ありがとう」


お似合い、かぁ…そんなの初めて言われたなぁ。
真っ直ぐに残念です、と言える紡ちゃんのような素直さがあれば―――私達の関係も、もう少し違ったものになっていたのだろうか。





「…あ。」
「お疲れ様です、大神さん…今日、直帰じゃなかったでしたっけ?」
「ああ、うん…そうだったんだけど、やりかけの仕事思い出して」
「ワーカーホリックですねぇ。お急ぎ?」
「それ、君が言うの?みょうじさん。急ぎではないけど、しばらく現場が続くからさ」


ああ、成程。でも現場が続いて忙しいんだから、事務仕事は私に振ってくれればいいのに…何もわざわざ直帰予定の日に戻ってこなくたって。そうボヤいた所で、大神さんは困ったように笑うだけ。
今でこそホームページの更新とか任せてくれるようになったけど、それでもまだこの人が抱えている仕事は多いと思う。それでも難なくこなしちやう辺り、すごいんだけど。すごいと思う反面、もう少し頼ってくれたっていいのになぁ、と悔しい気持ちもむくむくと目を出すわけで。


「今やってるの、あとどれくらいで終わる?」
「え?あと20分くらいですけど…」
「じゃあ終わったらご飯食べに行かない?」
「……わかってて言ってる?万理」


じとっと睨むと、見慣れた意地悪そうな笑みを浮かべて「何が?」とか言いやがった。ああ、この顔は確信犯…絶対、絶対わかってて言ってやがるこの男!!そう思うのに誘われて嬉しいし、文句言いつつ行く気になってる自分が悲しくて仕方がないよね!小さな声で行く、とだけ返事を返し、そしてマッハで仕事を終わらせた。
大神さん―――基、万理が事務所に戻ってきてから30分足らずで私達は近所のラーメン屋さんで肩を並べ、ラーメンをすすってます。


「イケメンがラーメン…」
「なに」
「いや、万理ってイケメンなのに私生活はめっちゃ普通だよなぁって思って」
「イケメンじゃないし、私生活が普通って…普通以外に何があるんだよ。なまえ」
「なんていうか……とりあえず、ラーメンは食べない生活?」


なんだそれ、と万理が笑う。仕事をしている間は決して名前で呼ばないし、態度と口調もそこそこ気をつけてる。万理もその辺りを考慮してくれているのか、仕事中は名字で呼んでくるし、あくまで先輩が後輩に接してますよーって域を出ないくらいの接触で済ませてるしね。仕事とプライベートは分けておくに越したことはないからさ。


「そういえばこの前、紡さんとお茶したんだって?」
「うん。流れで万理とつき合ってたこと話したら、何で別れちゃったんですかって泣きそうになってた」
「ははっ可愛いなぁ、あの子」
「あの子、まだ未成年でしょ?手ェ出したらマズイんじゃないの、音晴社長の大事な娘さんだし」


想像以上に低い声が出て、我ながらビックリした…なんだ今の。あんなの嫉妬してる、みたいな声音だし、言い方じゃん。内心、冷や汗ダラダラかきながらも平静を装ってラーメンをすすり続ける。
というか、そうしてないと変なこと口走ってしまいそうだった。目を背けていたけれど、私はやっぱり…まだ万理のことが好きらしい。


「ごちそうさま!先に帰りますっ」
「待ってよ、なまえ」


ガタッと立ち上がった私の手を、万理が掴む。そのまま振り解いて逃げてしまえば良かったのに、何故か私は万理の顔を見てしまった。反射的に。
頬杖をついて、微笑みを浮かべて私を見上げるその瞳は、逃がしはしないと言っているかのようで。昔から万理に勝てない部分が多かったけど、それは今も健在みたい。


「ば、んり……」
「ねぇ、なまえ。もう一回だけ、俺と恋してみない?」


その言い方は、とんでもなくズルイ。文句も、話し合いすらもすっ飛ばして、とりあえず本能的に重ねた唇は―――…当然ながら、醤油の味がした。
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