好きだなんて照れ臭い
古市左京。MANKAIカンパニー、新生秋組の一人。本人の口からハッキリ聞いたわけではないけれど、たまに左京さんと一緒にいる『サコタ』と呼ばれている人を見ると完全に職業はヤのつく自由業ってやつだと思う。
まぁ、だから何だって感じだし、左京さんを怖いと思ったことも一度もないんだけど。だって私が知っているのは、楽しそうに芝居をする左京さんだけだから。裏の顔を知らないだけとも言えるけど、そんなのは知ったこっちゃない。
「あ、左京さん」
「みょうじ。今、帰りか?」
そんなことを考えながら改札口を出たら、まさかのご本人登場でちょっと驚いたよね。噂をすれば何とやらってやつだろうか。
「はい。ちょっと仕事が長引いて…」
「…少し待っていろ、家まで送る」
「えっ?!」
まさかの発言に素で驚き、素っ頓狂な声を上げてしまった。左京さんは訝し気な表情を浮かべたものの、すぐに車を回してくるからベンチに座っていろ、とロータリーのベンチを指差しさっさと何処かへ行ってしまいましたとさ。車を回してくるって言ってたし、恐らく駐車場へ向かったんだろうけど。とりあえず言われた通り、座って左京さんの帰りを待つとしよう。さすがに疲れたしねー。
誰も座ってないベンチに腰を下ろすと、途端に疲労からくるであろう倦怠感で体がグッと重くなる。アレだ、長距離走ってて疲れたからって歩き始めちゃうと再度走るのが億劫になっちゃうのと一緒。こういう時は変に体を休めちゃうと、もう動けません!ってなるんだよねぇ。左京さんが戻ってきた時、私はすんなり立ち上がることができるのだろうか。
ああ、瞼が重いなぁ…寝ないよ、寝ないけどちょっとだけ目をつぶっても文句は言われないと思うんだ。そう心の中で呟いてそっと目を閉じた。…と同時に、頬に冷たい何かが触れて引きつった声が零れ落ちる。
「こんな所で寝るんじゃねぇ」
「いや、あの、はい、すみません……てか、今の何ですか?!」
「これだ。やる」
「ぅわっ…!」
ほら、と投げて寄越されたのは、先程私を驚かせてくれた張本人?の缶。中身はカフェオレ。そして左京さんの手にはブラックコーヒーの缶が握られている。あれ、もしかして車を取りに行くついでに飲み物まで買ってきてくれたってやつですか?マジで?おお、ちょっとときめきましたよこの優しさ…!
変に感動を覚えていると、送っていくからさっさと立てって言われちゃった。まぁ、そうだよね。元々、それが目的だもんね。案の定、さっきよりも数段重くなっている体を引きずるように立ち上がり、左京さんの背中を追いかけながらプルタブを開けた。あー、程良い甘さが身に染みるー美味しい。
「うあー…お腹空いた……」
「メシ食ってないのか?」
「残業してたんですよ?そんな余裕ないです」
「ならどこか寄っていくか。この時間だとラーメン屋か牛丼屋になるが…」
もう22時回ってるもんね。大体のお店はもう閉まってる時間だ。左京さんの言う通り、ラーメン屋とか牛丼屋とか…あとファミレスとか?でも送ってもらう身なのに更に私の遅い夕飯につき合わせるのも、さすがに気が引けてしまう。その分、左京さんの帰りも遅くなるってことだし。
そもそも、今は仕事中の可能性もあるわけで…自ら送っていく、と言っていたから、その可能性は限りなく低いとは思うけど。忙しかったらそんなこと言わない人だろうし、偶然会った時もいつも一緒にいる『サコタ』さんの姿もなかったし。でもやっぱり申し訳なさが勝って、家の近くのコンビニで買うから大丈夫ですーって言うと、眉間に思いっきりシワを寄せた左京さんがおもむろに携帯を取り出してどこかに電話をかけ始めました。え、なに?どういうこと?
「ああ、そうだ。俺の分ともう1人…頼む」
じゃあな、と通話を終了した左京さんに、おずおずと声をかけてみれば寮に向かうぞ、とだけ返ってきました。寮?寮って…今、左京さんが住んでるMANKAI寮ですか?何故?!ぽっかーんとしている間に、私は左京さんの車に押し込まれあっという間に彼が住まうMANKAI寮にご到着。そして今、車を置きに行った左京さんを玄関前で待っている状態です。
先に入っていていい、と言われたものの、あの人以外に知り合いがいない寮に、しかもこんな遅くに1人で上がり込む勇気など到底持ち合わせてはいないのだ。だったら左京さんが戻ってくるまで待っていた方が、ずっとずーっといい。その方が気まずさが減る。絶対。
「先に入ってろと言っただろ。何してやがる」
「だって左京さん以外に知り合いいないんですよ?!それなのにズカズカ上がり込めませんって!」
「監督さんには会ったことがあるだろ」
「ありますけど、…秋組のメンバーも一方的に知ってはいますけど!!」
確かに監督さんには会ったことがあるし、ちょっとだけ話したこともありますよ。ええ、ありますとも!でもただ挨拶をしたことがあるってだけで、知り合いとかそういうものではない。秋組のメンバーも舞台を観たことがあるから知っているだけで、本人達とは一切会話をしたことがない。それなのに上がれるかっての。
ムスッとしていると珍しく左京さんが吹き出して、悪かったよと頭を撫でた。うっわぁ、珍しい…明日は雨だろうか。そんなことをボソッと呟いたら、バッチリ聞こえていたらしくさっきまでの優しさはどこへやら。拳骨一発お見舞いされました。いや、脳天は痛いっすからね?!
「ほら、来い。腹減ってるんだろう?」
「はーい」
お邪魔しまーす、と左京さんと一緒に玄関をくぐると、パタパタとスリッパの音を響かせて、監督さんが顔を出した。遅い時間だというのに浮かべられた笑顔はとても眩しくて、可愛らしいなぁと素直に思う。
「いらっしゃい!確か…みょうじさん、でしたよね?」
「はい。遅くにお邪魔してすみません…」
「いえいえ!全然大丈夫です!カレーはたくさん作ってありますから」
「ありがとうございます」
「私はもう休みますが、ゆっくりしていってください。食器は水につけておいてくれればいいので!」
それでは、と二階へ上がっていった監督さんを見送り、私はリビング?と思われる部屋へと足を進めた。そしてふわりと香る本格的なカレーの匂いに耐え切れなくなったのか、ついにお腹が鳴った。それも派手な音で。どうしたって隠しようもなく、左京さんなんか思いっきり吹き出しやがりました。いや、うん、いいけどね!!
「ククッ…そんなに腹空かしてやがったのか」
「お昼食べてから何も食べてないんですー」
「カバン置いてついて来い。洗面所に案内する」
洗面所で手洗い・うがいを済ませ、私はやっと、やっっっとご飯にありつくことができました。うっわ、このカレーめちゃうま!誰が作ったのか知らないけど、めちゃうま!!いいな〜、左京さんはこんなに美味しいご飯を毎日食べてるんだね…羨ましい。
「美味しい〜…染みる〜」
「そりゃ良かったな」
「MANKAIカンパニーには料理上手な家政婦さんがいらっしゃるんですねぇ」
「あ?ンなのいねぇよ。カレー作ったのは監督さんだ」
「ほほう、監督さんが………監督さん?!えっさっきの可愛い監督さん?!」
左京さんはそんなに驚くことか?って顔してるけど、驚くことですよ。監督業してご飯作るって…どんだけ働き者なのあの人。私も料理は好きな方だけど、ここまで本格的なカレーは作れないわ…お店に出せる味だと思うんですよね、これ。スパイスとか、こだわってそうな感じ。
左京さん曰く、監督さんは大のカレー好きだそうで…彼女に作らせるとメニューはカレーのみなんだそうな。その分、スパイスとかめちゃくちゃこだわっているそうです。そりゃ美味しいはずだわ…三食全部、それも毎日っていうのはさすがにご勘弁願いたい所だけど、週一とかだったらいい。全然食べたい。
「……なら、此処に簡単に来れる理由を作ってやろう」
「へ?」
「俺とつき合えばいい」
思いもよらないぶっ飛んだ発言に、勢い良くカレーを飲み込んだ。
え、なに?冗談?ああ、左京さんのような強面でもこんなぶっ飛んだ冗談言うんだなぁ……いや、冗談の方がマズくない?!さっきの発言!!というか、左京さんはどう転ぼうと冗談とか言う人じゃないわ。こっちが冗談言っても本気にしかける、というか、所謂、冗談が通じない人ってやつだから。ということはつまり、本気で言ったってことになる。うん、それも大問題だ。
「あまりの忙しさにトチ狂いました…?!」
「相変わらず失礼な奴だな」
「だ、だってあまりにも唐突過ぎる!」
「で?イエスかノーか、どうするんだ」
そんなすぐに答えを述べられるとお思いですか!!そして本当に私のことが好きなのか、イマイチ理解し難い態度と言葉もやめてもらっていいですかね?!せめて、す、好き!とか!わかりやすい言葉を発してもらった方がまだいいんですけど!!
「ンな照れ臭いこと誰が言うか」
「いや、告白紛いのことしてんですから言ってくださいよ」
でもそれでも、…嬉しいと思ってしまっているのだから、私も単純だ。イエスかノーか、どうするのかだって?そんなのは―――最初から、決まってるじゃない。
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