君にあげる理由に気づいて
彼と話すようになったきっかけは、なんてことはない。数学の教科書を忘れた時、隣の席だった私が見せてあげたことだ。
クラスメイトや他クラスの人達は彼―――兵頭を不良だとか暴力的だとか怖いとか、そんなことを言うけれどいざ言葉を交わしてみると、確かに無愛想でぶっきらぼうだとは思うけど、皆が言うほど怖い感じはないのである。多分、あの顔と言葉遣いに問題があるんだと思うけど…それを直せ、と偉そうに言える立場じゃないし。私はそれが兵頭だと思っているからあんまり気にしないしね。本人はやっぱり…どこか気にしているようには見えるけど。
「兵頭、おはよ」
「…みょうじか。おはよう、今日は早いんだな」
「ん?ああ…珍しく1本早い電車に乗れたから」
いっつも遅刻ギリギリで登校している私が、HRが始まる前に来たもんだから兵頭はビックリした顔してる。そこまで驚くことだろうか…私だって早起きする時くらいあるんですけど。うん、驚く兵頭の気持ちもわからんでもないけどさ。
カバンの中から今日の授業で使う教科書やノート、それから筆記具を取り出して机の中へとしまう。お弁当やお菓子、暇つぶし用の小説やスマホはそのままにしてカバンを引っかけた所で机の上にポンッと何かが落ちた。落ちたというか、飛んできたというか…なんだ?とまじまじと見つめると、その正体はいちごみるくのアメだった。
あー美味しいよね、これ。私も小さい頃はよくねだって買ってもらってたっけ。大きくなるにつれて食べなくなってきちゃったけど…って、ん?ちょっと待てよ。これ、飛んできたよね?今。その方向をよくよく考えると、…飛ばしたの、兵頭なんじゃないの?ギギギ、とブリキのおもちゃのように顔を向けると、兵頭が頬杖をついてこっちを見ていらっしゃいました。でも机の上にいちごみるくのアメの袋があるわけでは、ない。
「やる」
「え、やっぱりこれ兵頭か…!」
「いらねぇなら返せ」
「いや、いるけれども。頂くけれども」
取り返されないうちに包みを開き、薄いピンク色のソレを口に入れた。途端に甘い香りと味が広がり、朝からちょっと幸せ気分。口の中でコロコロと転がしながらありがとね、とお礼を告げれば、小さな声で応、と言いながらそっぽを向かれてしまった。でも耳がほんのり赤く染まっているのを見つけた私は、そっと笑みを零す。
兵頭のこういう所、皆が気がついてあげればもっと馴染めると思うんだけどなぁ。もったいない、と思う反面、そんな兵頭を知っているのが私だけっていうのは結構―――優越感。
「兵頭ってさ、意外と甘いもの好きだよね」
「ああ?」
「だって今日のコレとか、ほら、昨日だってポッキーくれたじゃない?」
「…たまたま昼に太一からもらって、それが余ってただけだ」
「いちごみるくは?」
「昨日、椋にもらった。2個もいらねぇから」
「ふぅん」
いつからだろう。こうやって兵頭からお菓子をもらうようになったのは。最初は…私が余ったお菓子をダメ元で渡したら、意外にも美味しいって言ってくれたから。それがきっかけだったと、思う。美味しいって言った時の兵頭の表情が、めちゃくちゃ幸せそうだったから何かまた見てみたい、って思っちゃって。結局、あの顔はあれっきりで見れたことがないんだけど。でも断られたことないし、食べてくれなかったこともないから…それがいまだに続いてる。
そのお礼なのかどうなのかはわかんないけど、ある日を境にさっきのようにお菓子をくれるようになった。アメだったりクッキーだったり…種類は様々だ。でもどれも美味しいんだよねぇ。ハズレたことがないのである。―――兵頭は、気がついているのだろうか。
「みょうじ?」
「…ううん。今日はマドレーヌ作ってきたんだけど、いる?」
「余ってんなら」
「たくさん作ってきたから。一緒にお昼食べてる後輩くんにも持ってってよ」
「おう、ありがとな」
私が毎日、アンタにお菓子をあげている理由。どうして、って考えたことがあるのだろうか?気がついてくれても、気がついてくれなくてもいい。もう少し、もう少しだけ…このちょっとだけ優越感を感じる特別な関係に、浸っていたいんだ。
ガリリ、と思いっきりアメを噛んで、甘すぎる想いと共に飲み込んだ。
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