温かな幸せ

「あ、」


お風呂から上がって目に入ったのは、1冊の本。それは少し前になまえから借りていたもので、夕食後に読み終わったものだった。そうだ、読み終わってお風呂に入ろうと思って、テーブルの上に置いたままにしてしまったんでしたね。
ふと見上げた時計は22時を指していて。ここしばらくは襲撃の回数も、数も多かったから疲れて眠ってしまっているかもしれない…それに何も今日返さなくても、明日返せば済む話だ―――そう頭では考えているのに、気がつけば僕は本を持って彼女の部屋の前に立っていました。

…ちょっとした自己満足なんです、眠る前にもう一度、彼女の顔が見たい・声が聞きたい、って。


―――コンコン、

「なまえ、八戒です。入ってもいいですか?」


本を片手にノックをしてみたけれど、一向に声は返ってこない。しん、と静まり返っていて、何の音もしなくて…心臓がドクリと、嫌な音を立てた。一瞬にして最悪な状況が頭を過るけれど、でも妖気は一切感じていないし、自分の部屋にいた時も変な物音や声も聞いていない。

だからきっと、眠っているかお風呂に入っているか―――そのどちらかのはずなんです。心配するようなことなんて、何ひとつないと思ってはいるんですけど…どうしても気になって仕方がなかった。

ノックをしたとはいえ、了承を得ないまま女性の部屋に入るのは憚られましたが、無事を確認するだけ。そう自分に言い聞かせて、そっとドアを開けた。もう一度だけなまえ、と名前を呼んでみるけれど、やっぱり反応はないですね。開ける時と同じようにそっとドアを閉めて、部屋の中へ視線を向けると…彼女はベッドの上で丸まってすやすやと気持ち良さそうな寝息を立てていました。ちょっとだけ、拍子抜けしたのは内緒。

(やっぱり眠っていたんですね、…それもそうか。最近の襲撃の回数も数も尋常ではなかったし)

野宿も続いていたから、あまりゆっくりとは休めていなかったのでしょうね。その証拠に、彼女に近づいても目を覚ます気配がありませんから。いくらぐっすり眠っていても、この子は妖気とか人の気配に敏感ですぐに目を覚ますタイプですからね。それがない所を見ると、…余程、疲れが溜まっていたのでしょう。もしくは、気を許してくれているのか。


―――ギシ、…

「でもやっぱり、無防備すぎますよねぇ…」


同居の期間が4年。一緒に旅に出て1年。確かに彼女との間に信頼関係はあると思うし、頼ってもらったりすることも増えて気を許してもらってるとは思います。それを嬉しくないとは思わないし、嫌だとも思わない…むしろ、その逆ですし。だから今のこの状態も良いこと、なんでしょうけれど…うん、無防備ではありますよね。
僕達なら―――と思ってくれているのでしょうが、何もしないという可能性はないに等しいと、そう思ってくれていた方がいいんですよ?なまえ。僕達、…いえ、僕だって男です。好きな人が無防備に眠っている姿を見て、何もしないなんて言いきれないんですから。きっと彼女は、そんなことに全く気がついていないとは思いますけど。変なとこ鈍感ですからねぇ。
いまだすやすやと眠っているなまえの頬にそっと触れてみる。くすぐったかったのか、僅かに身を捩って―――さっきまで固く閉ざされていた瞳が、ゆっくりと開いていく。


「はっかい、くん…?」
「はい。そのまま眠っていると風邪をひいてしまいますよ、ちゃんと布団を、」

―――スリ…

「君の手は、あったかい、ですね…気持ちいいです…だいすき」
「え、…?」


頬に触れたままだった手に擦り寄る姿は、まるで猫のよう。そのまま僕の手をしっかりと握ったまま、また夢の世界へ。


「あのなまえっ…」
「う、ん…すぅ、」
「ダメだ、すっかり熟睡してますね」


安心したように眠る姿はあの、とても可愛らしいとは思うんですが…この子、半分寝惚けてましたよね?絶対に。
この無意識で、無自覚な行動がどれだけ僕の心をざわつかせているのか―――なんて、貴方は知らないのでしょうね。思いも寄らない行動に心臓はバクバクとうるさいくらいに鼓動を刻んでいるし、顔は火が出そうな程に熱くなっている。
きっと真っ赤になっているんでしょうねぇ、今この状態を彼らに見られたら質問攻めにあってしまいそうです。悟浄あたりはきっとからかってくるでしょうし。…もう少し落ち着いたら、部屋に戻るとしましょうか。


きっとそれは建前で、この温もりに、温かな幸せにもう少しだけ浸っていたいんだと、そう思います。



(あ、八戒くんおはようございます!)
(おはようございます、…朝からご機嫌ですね?)
(ふふっとっても温かくて、幸せな夢を見たんです)
(!…そうなんですか、良かったですね)
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