03
―――パァンッ!!!
「はぁっ?!!」
「あ…」
「何を…っ!!」
「な…っ?!」
「貴様…!!!」
「……ッ!」
皆様。私はたった今、左の頬を引っ叩かれました。それも応接室に入った途端に。
―――って…
「左の頬を叩くって、何か意味があったような気がするんだけど…何だったっけ?」
「こんな時にすっとボケかまさないで、なまえーーーーッ!!!」
「お嬢、お嬢。左頬を叩くのは求婚ですよー」
あぁ、そうだ。思い出した。
確か前にユーリも勢い余って、ヴォルフの左頬を叩いたんだっけね。聞いた話によると。
てか、この伝統は未だに引き継がれてるのかー…結構、迷惑な求婚方法だよな。今更だが。
「突然の無礼、申し訳ありません!!!でも取り消すことは致しませんからっ」
「いや、その前に名乗ってくれ。誰ですか?」
「何でそんなに落ち着いてられるんだ、お前は…っ!」
「さあ?何故だろうか。自分でもびっくりだ」
「申し遅れました!僕の名はランスロットと申します!フォンヴォルテール卿の部下として、働いております」
「…そうなんですか?閣下」
「あぁ。私が指揮する軍隊の副隊長だ…諜報員として動いているグリエとなまえは初対面だろうが」
「そうですね、初めて見ました」
「右に同じ。…えーと、ランスロット様?」
「様などいりません!お気軽にランスと、お呼び下さい」
…や、明らかにただの軍人の私より貴族であるランスロット様の方が、身分は上だと思うんだが。何だか接しづらい人だなぁ、この人。
「ランスロットさん、だっけ」
「はい!早速陛下に名前を覚えて頂けるなんて、光栄でございます!」
「……どうしてなまえなんですか?求婚したの」
それは私も気になっていたことだ。初対面だし。
会ったことがある記憶もないし、それなのに…縁談を申し込みたいと言われ、いきなり求婚されてしまった。
その行動力の早さには感心するが…部屋に入った所を叩くのはマズイだろ。色々と。名乗るよりも、挨拶をするよりも先に求婚されてしまったからな。
「なまえさんは覚えていらっしゃらないでしょうが…今日が初めてではないんです」
「む。何処かで会っただろうか?」
「今から7年程前になるでしょうか…戦場で助けていただいたんです、なまえさんに」
7年前…私が眠りから覚めたのと同時期になるな。その頃に向かった戦場は―――1つしかない。
「シマロンが、攻め込んできた時…?」
「そうです。そこにいるオレンジの髪の方と突然現れて、殺されそうだった僕を助けてくれたんですよ」
―――――…思い出した。
確かにヨザと共にユーリ達の元へと向かっていた時、大怪我を負った軍人を1人助けたような気がする。
そこにいたシマロン軍を倒して…癒しの一族が来るまで、と応急処置をした。
急いでいたから名前も聞かなかったが、今目の前にいるランスロット様がその時の―――記憶の中の彼はもう少しあどけない、少年のような顔立ちだった気がするが。7年も経ったんだ。変化もするか。
「そういや、会ったな…今の話で思い出したぜ」
「ほんの一瞬でしたし、戦場での出会いなど…しっかり覚えているものでもないかと。
だけど、僕は覚えてる。綺麗だと思ったんです。風になびく青い髪…しなやかな動き…圧倒的な強さ。そして今は隠されているけど、吸い込まれそうな紅と碧の瞳が。一瞬で心を奪われました。好きだと、この人の傍へ行きたいと切に願ったんです」
「!」
7年前はただの下っ端の軍人だったという、彼。
私に会う為に…鍛錬をそれまでの倍以上こなして、今の地位まで上り詰めたそうだ。そこまでして―――私の元へ?
好かれることは嫌だとは思わない。だけど、それと求婚を受け入れるかはまた別の問題だ。私には彼からの求婚を受けることが出来ない、理由があるのだから。
「ランスロット様の気持ちは、嬉しいと…思います」
しん、と静まり返った空間に私の声のみが響く。
私の声に反応したのか、ランスロット様がバッと顔を上げ、じっとこっちを見つめている。…そんなに穴が開くほど見つめられると、結構恥ずかしいんだが…今はそんなことを気にしている場合ではないし、無視しておこう。
拳をぎゅっと握り、ランスロット様を見据えた。
「でも求婚は受けることは出来ません」
「ッ!どうしてですか!僕はなまえさんが好きです、愛しておりますっ!誰よりも、何よりも。貴方様を想う気持ちは、何処の誰にだって負けはいたしませんっそれでも―――」
「大切な人がいるんだ。…貴方が私のことを想ってくれているのと、同じように」
チラリと、ユーリの傍に立っている彼に目を向ければ…私の大好きな顔で笑ってくれた。
その顔にホッとする。『大丈夫だ』と言ってくれているような気がするから。
彼の笑顔には、不思議とそんな力があるように思うんだよ。全ての不安を取り払ってくれる。
「大切な、人…?」
呟きに近いランスロット様の言葉に、コクリと頷きだけを返した。
気持ちは本当に嬉しかった。本当に好かれているんだな、と実感した。だからこそ、その気持ちに応えることができないのは…心の底から申し訳ないと思う。
けれど、自分の気持ちに嘘はつけないし、つきたくもない。彼を大切に想う気持ちを、彼が私を大切に想ってくれている気持ちを失いたくないんだ。
「本当に大切…で…誰よりも、何よりも大好き…だから」
「…誰か、聞いてもいいですか?」
「え…えっと…」
「…俺ですよ」
名前を出していいものか悩んでいると、ポンと肩に慣れ親しんだ温もりが触れて、心地良い低音の声が聞こえた。
振り向いてみれば、予想通り後ろに立っていたのはコンラートで。
柔らかな笑みを浮かべているけれど、珍しく目が笑っていない……と言っても、私やヨザ、ユーリ…あとは兄弟の閣下とヴォルフにしかわからない程の変化だけれど。
表向きはいつもの爽やかな彼だと思う。…多分、きっと恐らく。けれど、コンラートが嫉妬をするなんて…少し驚いた。
「彼女の、なまえの恋人は俺です」
「ッコン…!」
「いい加減、公にしてもいーんでないの?お嬢」
「それは…そう、かもしれないが…」
「ウェラー卿、コンラート…"ルッテンベルクの獅子"…っ!けれどっ一介の兵士ではないですか!!!」
「あんた…っ!」
「ユーリ。…いいから」
"一介の兵士"、この言葉に一番最初に反応したのは、ユーリだった。
彼にとってコンラートは、名付け親で、親友で、護衛で、一番の理解者で…誰よりも信頼できる人。
大切な人だから…そんな風に言われるのが許せなかったんだろうね。
当の本人はしれっとして、顔色1つ変えていないけれど(ま、言われ慣れてるからな)。
「ウィンコットの名を持つ貴方にはふさわしくない!何故…っ」
「そういうのは…関係ないんだ。兵士だとか、貴族だとか…私がウィンコットの名を持つ、とか。とっくの昔に捨てた名でもあるしな?」
「貴方がそうでも周りが許さないでしょう?!」
「許されなくとも、私が選んだのは彼だ。兵士だとか、元王子だとかそういうのは関係なく…ウェラー・コンラートを選んだ」
そう。私の心が求めたんだ、コンラートというただの男を。
「ふさわしい・ふさわしくないというのも、私が決めること。他人に評価されて、決め付けられるなど…まっぴらごめんだ。好きだから、大切だから…彼の傍にいたいと思ったんだ。そう、願ったんだ」
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