夢のような日々

ふるり、と寒さで体が震えた。
夏はとっくに過ぎ、今は秋。葉っぱが綺麗な赤に染まる時期―――そして少しずつ、冬の足音が聞こえ始めていました。朝と夜はかなり冷え込むようになってきましたからねぇ…洗濯物を干しながらそっと息を吐けば、真っ白に染まり、空へと昇っていく。ああ、今日は冷え込みが一層厳しいみたいです。

全てを干し終え、カゴを抱えて家の中へと戻ると、コーヒーやパンが焼けるいい香りがする。そのままキッチンへと足を向けると、八戒くんが朝食の準備をしてくれていたみたい。おはようございます、と声をかけると、柔らかい笑みを浮かべた彼が同じように挨拶を返してくれて、何だか胸の奥が温かくなりますね。


「洗濯物を干してくれていたんですね、寒かったでしょう」
「まだ耐えられますけど、でもそろそろ外に出るのが大変になりそうです」
「今日は秋にしては冷え込みが厳しい朝だ、と昨日の天気予報でも言っていましたから。コーヒー、どうぞ」
「わ、ありがとうございます!」


朝食はいつも2人きり。悟浄くんは大体、朝方に返ってくることが多いから、この時間はいつも爆睡中なのです。起きてくるのはー…いつもお昼頃かな?たまーに帰りが早いと、お昼前に起きてくることもあるみたいですけど稀だって八戒くんが笑ってました。私はその場面に遭遇したことがないから、見れた日はラッキーかもしれないと密かに思ってたりします。いや、ご利益があるのかどうかはわかりませんけど。
もぐもぐとパンやハムエッグを食べ終え、コーヒーを飲み終えるといい時間になっていました。片付けは八戒くんがしてくれると言ってくれたので、お言葉に甘えることに。


「それじゃあいってきますね」
「いってらっしゃい。午後は悟空の家庭教師のバイトが入ってるので、一緒に帰りましょう」
「ふふ、わかりました」


慶雲院に行くのならばジープで行くのが一番早いのだけれど、寝坊しない限り、私は歩いて通うことにしています。その方が頭もスッキリ・ハッキリしてきますし、それに紅葉などの風景の変化にも気がつくことができるので割と楽しいんですよ。ジープだと楽ではありますが、そういう些細な変化は見落としがちになってしまうので。
それにしても、…三蔵様の元で働くようになってもう1年ですか。早いものですねぇ。もうすぐ、この町で2回目の冬を迎えます。


寺院に着いたらまず、三蔵様のお茶を用意して、それから今日中に片づけなければいけない書類を受け取りに行って、その後は三蔵様にサインして頂いたものを各所へ届けに行ったり、たまーに三蔵様と悟空の昼食を作ったり。働き始めた頃から比べると、大分自由に寺院の中を歩かせて頂いているような気もしますね。最初の頃は本当に執務室から一歩も出ない、という日が何日も続いていましたもの。

(その理由はわからなくもないですけどね、…私は女ですし)

特にこの慶雲院は規律に厳しい所のようで…いまだに冷たい視線を向けられることも少なくないですし、中には三蔵様に囲われているのでは、と噂する方もいらっしゃるくらい。今でこそ気にしなくなりましたけど、…うん、あれはきつかったですねぇ。何度ぶん殴ってやろうと思ったことか。


「三蔵様、こちらの書類に大至急目を通して頂けますか?」
「あ?何の書類だ………ああ、秋の収穫祭か」
「収穫祭?」
「…ああ、毎年この時期に開かれる。文字通り、収穫を祝う祭りだ」
「へえ…そんなものがあるんですか」


長安はとても大きい。だから、この収穫祭もかなり賑やかなものになると三蔵様に教えて頂いた。ついでに日付も教えてくれて、その日は仕事もないから気になるんなら行けばいい、とオマケ付き。この御方にそんなことを言われるとは思っていなかったので、ちょっとだけ面食らっちゃいましたけど。
…なんだ、やっぱり優しいんじゃないか。三蔵様は。冷酷だ、っていう方が多いですけど、それは言葉が足りないだけで…優しさは持ち合わせているんですよ。それなりに。優しくない時の方が断然、多いとは感じていますけど。

昼食を食べた後は、ひたすらに書物庫の整理。三蔵様の部屋の隣にあるこの書物庫は、たくさんのものがしまわれていて手入れが大変なんだ、と前にお坊様方が愚痴を零していらっしゃったのをよく覚えてる。それから、だったかなぁ?暇な時に私が整理や掃除をします、と宣言したの(正しくは三蔵様に言ってもらったのだけど)。
…だって、一度覗いてみたら見るに堪えなかったんですもん…なので、週に2回ほどはこの書物庫に籠って整理や掃除をしているんです。何か用事がある時は、呼ばれますしね。


―――コンコン、

「?…はい」
「あ、なまえ?僕です、八戒です」
「八戒くん?」


書物庫の整理が終わる頃、ノックの音が聞こえた。訝しみながらも返事をすれば、聞き慣れた八戒くんの声。
そういえば悟空の家庭教師のバイトがある、と朝、言っていましたねぇ。もしかして終わったのでしょうか?


「三蔵に聞いたら此処だ、と聞いたので。まだかかりそうだったら手伝いますよ」
「ありがとう。でももう終わったので大丈夫です。八戒くんももうバイトは終わりですか?」
「ええ。なので、迎えに来たんですけど…」
「あとは書類を届けてくれば終わりなので、執務室で待っていてください。すぐ終わらせてきますから」


書類を提出して、八戒くんと一緒に夕食の買い物に行って…それから一緒に作って、たまに出かけなかった悟浄くんと3人で食事をして。毎日、同じように時間が過ぎていく。幼い頃はそれがつまらない、と思うことの方が多かったけれど、でも今はそれが幸せなことなんだ、ということに気がついたの。
確かに不変なものはつまらないわ。退屈だと感じるけれど、その中でも変わらないものが幸せなことだって―――たくさんあるんだ。それはこうして、大好きな方達と過ごせる日常。


これは私の、とある一日のお話。
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