sweet my Darling!
昨日の夜に町に着いて、泥のように眠った。だってそれまで野宿の連続で、おまけに襲撃も連続であったもんだからまともに眠れてなかったんだもん。それは4人も一緒だったらしく、昼を過ぎた今もまだ眠り続けている。爆睡、という言葉がそれはもう似合う程に。
そんな中、ただ1人目を覚ましてしまった私は宿の食堂で昼食―――私の中では朝食だけど―――を済ませ、町を散策中です。
(何か、…町の中がそわそわしてる感じなんだけど)
もしかしてお祭りでもあるのだろうか?いや、でもこんな時期にお祭りがあるとは思えないし、それでいい歳した大人達がそわそわするとも思えないよなぁ…だとしたら、何でだ?
首を傾げながらも、歩みは止めずにいると大きな花束を抱えた男性とすれ違った。それも何人も。記念日とかかな?そういうのが重なることもあるんだ、と考えていたら、ふと目に入った店先のワゴンに「ホワイトデーの贈り物にいかが?」と書かれた紙が貼ってあった。
「…あ、今日って3月14日か」
そっか、だから何人もの男性が大きな花束を抱えていたんだ。彼女か、もしくは奥さんへのプレゼント…って所かなぁ。さっきの光景を思い出しながらも、脳裏に蘇るのは先月のこと。バレンタインをすっかり忘れ去っていた私に、彼氏である八戒は薔薇を一輪プレゼントしてくれたんです。
…あの時は本当に地の果てまで落ち込んだなぁ…だって、つき合って初めてのバレンタインだったんだよ?普通だったら張り切って手作りとかさ、するじゃん。それなのに忘れ去るって…どういう神経してんだ。私。
来年のバレンタインはあげるから、と約束したけれど…それとは別にバレンタインのお返しをしたいなぁ。八戒のことだからそんなの良かったのに、って笑いそうだけど、君が良くても私は嫌なんだよ。貸し借りナシとか、そういうことじゃあないけど、薔薇をもらったことはすごく嬉しかったから。
だから私は、その気持ちを返したいと思うんだ。男性にプレゼントなんてしたことないから、何をあげたらいいかなんて皆目見当もつかないけど…でも喜んでもらいたいし、頑張って探しちゃいますか!よし、と1人で意気込んで私は再び、喧騒の中へと紛れ込んだ。
「うーん…マシュマロ、クッキー、キャンディ……ホワイトデーの贈り物としては定番なんだろうけど、」
どれもこれもぴんとこない。多分、女性にお返しするものとして売られているからだろう。ラッピングも可愛らしいものが多いし、どう見たって男性に渡すものではないよね。女性が喜びそうな色合いだもん。それをあげるのも面白いなとは思うけど、別に面白味を求めてるわけじゃないので却下としよう。うん。
お菓子以外となると、雑貨とか?でもなぁ、旅をしているわけだから邪魔になるようなものは贈りたくないよね。服とかいいな、って思うけど、荷物増やしちゃうし…とか考えちゃって踏み切れない。
あとはアクセサリーとか時計とかもあるけど、八戒ってアクセサリーつけないし、時計なんてつけてたら襲撃があった時に壊されたりしそうだ。そういう生活をしてるから仕方ないと思うけど、やっぱりちょっとだけ残念だなぁとか思っちゃうよ。…でもその辺りが一番、邪魔にはならないかもなぁとは思ってるのも本当。
ふらり、と立ち寄ったお店には、男性ものの服やアクセサリー、それから時計やネクタイがたくさん並べられていた。あ、あのネクタイの色、八戒に似合いそうだなぁ…綺麗な緑で、彼の目の色みたい。
思わず手に取っちゃったけど、…ネクタイって、する機会ないよね。むー…だけど八戒にネクタイって、めっちゃ似合いそうなんだよなぁ。スーツ姿とか見てみたいもん。
(それで黒縁眼鏡とかかけてもらったら、もう最高だと思う)
スーツに眼鏡、という最強コンボを身に纏った八戒を想像して、私は口元がニヤける。外であることも忘れて。慌てて表情を引き締めたけど、でも気を抜くとまたへにゃーって緩んじゃうんだよね。…無事に長安に帰ることができたら、頼んで着てもらおう。確か一着だけ持ってるって言ってたし!嫌だと言われても頼み込もう、優しい八戒ならきっと聞いてくれる!
ネクタイ片手にそんなことを考えていたんだけど、今はそれ所じゃないことを思い出しました。そうだよ、私は八戒へのプレゼントを探しに来たんだってば!
早く見つけて帰らないと、いい加減、皆起きてるだろうから心配されちゃう。下手するとハリセンでぶん殴られる。それは、絶対に嫌だ。
「―――あ、この時計綺麗だな…」
「姉ちゃん、それが気に入ったのかい?」
「えっと、…はい。綺麗だなぁって」
「真ん中に埋め込まれてる石は、翡翠って言ってね。魔除けにもなると言われてる」
「魔除け…」
半妖でもある彼に魔除けとか、必要なのだろうか…遠い目になりそうになったけど、彼を危険から守ってくれるんだって考えると…アリなのかも。値段もそんなに高くないし、これにしちゃおうかな。
「すみません、これください!あの、プレゼント用で!!」
「あいよ。ちょっと待ってな」
待つこと5分。八戒へのプレゼントとして買った時計は、綺麗にラッピングされて私の手の中にある。一歩足を踏み出せば、紙袋がカサリと揺れる。その音がプレゼントの存在を更に色濃くしてくれて、自然と頬が緩んでいくのがわかった。…喜んで、くれるかなぁ?渡すのが楽しみだ。
買い物が済んだ後は、寄り道もせず真っ直ぐ泊まっている宿に戻った。今回は個室1の2人部屋2だったんだけど、三蔵がさっさと個室の鍵を持って行ってしまったもんだから、私は八戒と同室です。それに文句なんか一切ないから、全然構わないんだけどね。
それにプレゼント渡すのに、ちょうどいい。あの3人がいるのが嫌ってわけではないけど、でもやっぱりこういう時は2人っきりで渡したいと思うのです。
―――ガチャッ
「ああ、おかえり。なまえ。出かけてたんですね」
さすがに起きているだろう、と思ってはいたけど、まさかお風呂上がりだとは思いませんでした。
いつもかけているモノクルは外されていて、服もシャツ1枚でかなりラフだし…そして髪をガシガシ拭いているだけだというのに、何か色気がある気がするのは惚れた弱みってやつなんでしょうかね?
「なまえ?」
「えっ?!…あ、ごめん、お風呂上がりだと思わなくて…ただいま、八戒」
「あはは。実はさっき起きた所で…ご飯は?食べました?」
「うん、ちゃんと食べた。八戒はまだでしょ?食堂行く?」
「そうですねぇ…でももうすぐ夕方ですし、夕飯まで我慢しようかな」
昨日の夜に食べたっきりなのに大丈夫?と問いかけてみれば、柔らかな笑みを浮かべて貴方と2人っきりでいる方が大事です、って言われちゃいました。もちろん私、赤面。危うく買ってきたばかりの時計が入った紙袋を、派手に落とす所だった。ほんと心臓に悪いこと言ってくれるんだから…八戒ってば。
どきまぎしながら紙袋をテーブルの上に置く。…あ、そうだ。さっき興味本位でホワイトデー仕様のお菓子をいくつか買ってきたんだっけ、八戒もお腹空かしてるみたいだしお茶にしようかな。
「はっかーい、お菓子買ってきたからお茶にしようよ」
「ええ、いいですよ。お茶淹れますね」
「ありがと。あ、今日はコーヒーじゃなくて紅茶がいいな」
「おや、珍しい」
「八戒はどっちにする?」
「なら、僕も紅茶にしようかな。お湯を沸かしてもらえますか?」
紅茶を淹れてのーんびりティータイム。テーブルの上に置かれたお菓子達は、どれもこれも可愛くラッピングされている。
それを見た彼は「…ホワイトデーですか」と呟いた。やっぱり知ってたんだね、そりゃそうか、システム手帳に書き込んでるくらいだもんね。日付くらいわかってるか。
「美味しいですね」
「ね。どれも当たりで良かった」
「でもどうして急にこんなの買ってきたんです?」
「んー、いや、しいて言うなら興味本位なんだけど…どんなもんなのかなーって思って」
「こういうのは見た目が華やかになっているだけで、中身は普段売られているものと一緒でしょう」
「うん、まぁそうなんだけどー…可愛いモノってさ、惹かれるじゃない?やっぱり」
そう、そうなのだ。とても美味しいけれど、普段売られているものと味はさして変わらない。特別感があるのはラッピングに使われている包装紙や、箱が豪華になっているだけ。それでもやっぱり可愛いモノには目がいくし、欲しいなーとか思っちゃうものなんです。特に女性は。私も例に漏れず、だったらしい。
パク、とクッキーを口に入れて、咀嚼しながらそろそろ本題に入ろうか、と足元に置いておいた紙袋をテーブルの上に置いた。当然、八戒は何を出すんだろうと、キョトンとした表情。僅かに首を傾げているその仕草が、堪らなく可愛いなと思ってしまう。
紙袋の中から綺麗にラッピングされた例のものを取り出して、八戒の前にそっと置く。何も言わず、笑顔だけを彼に向けて。でもさすがにそれだけで察しろ、と言うのは些か無理があるので、プレゼントだよと一言付け加えたのだけれど。
「今日はホワイトデーでしょ?バレンタインのお返し、したいなぁと思って」
「それでわざわざ…?」
「…まぁ、町に出るまでそれすらも忘れてたんだけどさ」
「ふふ、なまえらしいですね。…開けても?」
「もっちろん!開けて、開けて!」
八戒は丁寧にリボンを解き、包装紙を剥がしていく。おお、こういうのにも性格ってハッキリ出るんだなぁ…悟空なんてビリッビリに破いて開けそうだもんね。悟浄と三蔵は、…ビリッビリにはしないだろうけど、綺麗に開けるイメージもないなぁ。
そんなことを考えながら、彼が箱を開けるのを眺めていると、中に入っていた時計を見て目を見開いた。あ…あれ?もしかして気に入らなかったかな?それとも時計は苦手、とか…そんな感じ?!
「綺麗な石が埋め込まれているんですね…翡翠?」
「うん、おじちゃんがそう言ってた。気に入って…くれた?」
「ええ、もちろん。大切にしますね」
「良かったぁ…箱を開けた時、驚いた顔してたから気に入らなかったのかと思ったよ」
「そんなことありませんよ。ただ…時計を贈られるとは思わなかったので、ビックリしただけです」
うん?何でビックリしたんだろ?私が時計を選ぶようには見えないとか、そういうこと?…でもそういうことじゃあ、なさそうだよなぁ。
気になって仕方ないから、どういうこと?って聞いてみると、八戒はにっこり笑って立ち上がり、触れるだけのキスをくれた。ただそれだけ、でも赤面するには十分すぎる行為でガタンッと思いっきり椅子を倒して2〜3メートル後退り。
当然、八戒の目には逃げたように見えたみたい。だけど、別段焦った様子はなくってゆっくりとした足取りで私に近づく。何となく本能?で私はそのまま後退して、…気がつけば、踵がベッドにカツンと当たった音がした。
あ。と思って後ろを振り向いた瞬間に、腕を八戒に掴まれて―――そのままベッドへ押し倒される。
「は、…八戒……?!」
「顔が真っ赤。まだ照れちゃうんですね、貴方は」
「う…」
「そういう所も可愛くて好きですよ」
「ッ!」
チュ、チュ、とリップ音をさせながら、額・頬・鼻先―――最後にまた唇に、キスが落とされる。だけどさっきのとは違って、ただ触れるだけじゃない…段々と深いものに変わっていって、息をするのさえままならなくなってきてしまう。
息苦しさと羞恥心から、八戒のシャツをぎゅうっと握り込む。気持ちいいけど、でもやっぱり恥ずかしさの方が先にきてしまうのは何でなんだろう。何度もしている行為のはずなのに。
「は、…ねぇ、なまえ」
「な、に…?」
「女性が男性へ時計を贈る意味って、知ってます?」
「意味…?そんなのが、あるの?」
ありますよ。女性が男性に贈る意味は―――貴方の時間を束縛したい、です。
耳元で囁かれた言葉に、私の身体は一気に体温を上げた。…けど、あながち間違ってはいないのかもしれない。
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