おれ色に染めたい
「きゃーっ!やっぱり似合うわねぇ、赤井くん!!」
「…はぁ、どうも」
家に帰ると、ハイテンションで頬を赤く染めている義姉さんがリビングにいた。明らかに苦笑を浮かべた沖矢くんと一緒に。…何で彼は浴衣を着ているんだ?
声を掛けることもできず、ポカーンとしたままドアノブを握ったまま立ち尽くす私に気がついたのは沖矢くん―――というか、秀一。
「おかえり、なまえ」
「う、うん、ただいまです…こんにちは、義姉さん」
「なまえちゃんおかえりなさいっ!ねぇねぇ、赤井くん素敵でしょう?」
「めちゃくちゃ似合ってますけど、何故に浴衣…?」
黒地の浴衣に、白地の帯。それはもう鼻血を噴きそうなくらいに似合っていると思う。この浴衣だったら秀一の姿の方が似合いそう…と思ったけれど、それは黙っておくことにしよう。
下手なこと口走ると秀一のスイッチが入りかねない。さすがに義姉さんがいる所で何かしてくることはないと思ってるけど、帰った後が怖いからやっぱり口は噤んでしまうのが得策。
「今日ね、子供達とお祭りに行くんですって。それで浴衣を着てきてほしい、って頼まれたらしいの」
「それで義姉さんが…?」
「そう!優作が一度も着ていなかったものがあったから」
「確かに兄さんには合わない色かなぁ」
「まるで赤井くんの為に作った!って感じよねぇ…でも昴くんの姿でも似合ってて良かったわ」
沖矢くんになってからというものの、あっという間に子供達と仲良くなってしまった。秀一の姿のままではきっと、一生かかっても無理だったような気もするけれど。これも沖矢くんの顔が優し気だからなのだろうな…どちらかというと、女受けする顔だと思うけれども。まぁ何はともあれ、哀ちゃんが仲の良い子達と交流が持てるのは彼にとって都合がいいことだし。
それにしてもお祭りなんていつ誘われていたんだろう?そんな話、聞いた記憶がなかったけど…もしかしたら急に決まったのかな?博士が行けなくなっちゃったから、保護者代わりにとかさ。
工藤邸に住むようになってからは結構、そういうことがある。私はFBIとしての仕事があるから同行したことないけど、キャンプにも一度行ったことがあったっけ。それを繰り返しているうちに、沖矢くんは探偵団のお兄さん的存在へとなりつつある。
この人も頭が切れて謎解きとか得意だから、ボウヤがいない時に頼られることもあるんだって前に聞いたことがあったな。
「なまえ、お前も有希子さんに着つけてもらえ。浴衣、持っているんだろう?」
「え?うん、持ってるけど…何で私まで?お祭りに行く予定なんてないけど」
「子供達がお前も連れて来い、とうるさくてな。だから行くぞ」
「……横暴だなぁ。用事ないからいいけど」
義姉さんにお願いしてもいい?と聞いてみれば、満面の笑顔でもちろん!と返された。これはとうとう逃げ道がなくなったなぁ、と諦めて浴衣を取りに行くしかなさそうだ。
「ホー…」
「まぁ!すっごく素敵よなまえちゃん!!」
義姉さんのキラキラとした瞳も、沖矢くんの姿のまま見える翡翠の瞳も、眩しすぎて痛いです…!そんなに珍しいものでもないのに、どうしてそんなに見つめるのかな?!この人達!!いい加減、穴でも開きますよ?!というか、恥ずかしいからいい加減見つめるの止めて頂けないでしょうか!土下座でも何でもしますから。
熱くなってきた頬を隠すように横を向けば、義姉さんが楽しそうな笑い声を上げて「じゃあそろそろ帰るわね」と、広げていた荷物を片づけ始めた。本当に沖矢くんの浴衣の着付けの為に来たんだ…というか、それは誰から聞いたのだろう?
沖矢くん本人が義姉さんに頼むとは考えにくい。もしかしたら、ボウヤが兄さんが着ていた浴衣がないかどうか電話で聞いたのかも。それでわざわざ日本に来てくれた、とか。秀一のことイケメンだ!って気に入ってたし。
そしてじゃあね〜と義姉さんは帰っていかれましたとさ。リビングに残されたのは、沖矢くんと私の2人だけ。当然ながら。
「えっと…何時に待ち合わせなんですか?」
「17時半に此処へ来るらしい」
「じゃあもう少し時間ありますね」
浴衣が着崩れてしまわないように気を付けながら、そっとソファに腰を下ろした。もう時間だったら出る準備をしてしまえばいいけれど、あと20分ほどあるのならば立って待つより座って待っていた方がいい。断然、楽だもの。あ、でも座ると締めた帯で圧迫されてちょっと苦しいかも…久しぶりに着るけど、やっぱり浴衣とか着物って窮屈だなぁ。嫌いではないのだけれど。
昔、―――兄さんにもらったこの浴衣。
紫の生地に蝶の刺繍。高校生に贈るにしては大人っぽい浴衣だったけれど、今くらいの歳になるとこのくらいの色合いがベストかな。あの時の浴衣がまだ着れたという事実に、結構驚いたのだけれど。
太って着れなくなった、ということにならなくて心底ホッとしたのも確かだけれど、背も少しも伸びてなかったんだなぁ…ああでも、高校生以降は背が伸びる確率はほとんどないんだっけ。成長期なんてとっくのとうに過ぎてしまっているのだし。
―――シャラン、
「…どうしたの?沖矢くん」
「綺麗ですね、このかんざし」
「ああ…高校生の時にね、兄さんがくれたのよ。浴衣一式と一緒に」
「そうだったんですか…それは少し、妬けますね」
え?妬く?妬くって―――誰が、誰に?
「肉親とはいえ、君が着ているもの全てが彼の好みだと思うと…どうしても、ね」
「もう…どうしてそんなに恥ずかしいことを言えるのかな」
「本心なので。…今度、浴衣を見に行きましょうか」
「浴衣なら今着てるのが…」
「私好みの浴衣を君に着せたい。それは立派な理由でしょう?」
「っ!」
せっかく引いていたはずの熱がぶり返すのと、チャイムが鳴り響くのは同時だった。
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