I love YOU!

小さい頃の記憶とは誰でも曖昧なものだ、と思っている。けれど、当人である自分は覚えていなくとも、他人はよく覚えている―――というのは、この世の中、よくあることだと思う。
それによって恥ずかしい記憶がいくつも思い出されるのも、それこそ世の常…と、小難しく言ってみたものの、簡単に言えば私は今、正に今!恥ずかしい思いをしているということを伝えたいの!切実に!!


「へえ、そんなことがあったんですか」
「ああ。その時だけは可愛らしい一面を見たと思ったな」


お師匠様なんてデレデレだった。
コーヒーを飲みながらしれっと言い放った三蔵さん。それをにこにこと聞いている八戒さん。そして、そんな2人に挟まれながら頭を抱えて、テーブルに突っ伏している私、なまえです。どうも、こんにちは。穴があったら今すぐ入りたいです、いや埋まりたいです。


「ああも〜…何でそんなこと覚えてるんですかむしろ話すんですか三蔵さん!」
「お前の小さい頃を聞きたい、と言ったのは八戒だ。文句ならそっちに言え」
「責任転嫁って言うんですよそういうの!!私が言いたいのはむしろ、何でそれをチョイスしたのかってことでですね…?!」


別に小さい頃の話をされるのが嫌だ、ってことじゃない。なんてことはない、フッツーの人生を生きてきた私は然程、面白いこととか九死に一生を得るような体験もしていないからね。だからそれを話されることくらいどうってことはない、と、2人の会話を聞きながら思っていたのだけれど。
三蔵さんが八戒さんに話したのは、私がついさっきまで忘れていたこと。しかも、思い出してみればとてつもなく恥ずかしい出来事だったので、もう頭を抱えたくなる事態に陥ったのでした。
その思い出というのは今から15年くらい前のこと。まだ三蔵さん達の家には光明さんがいた時のことだ。

『なまえは本当に愛らしいですね〜どうです、ウチの子と結婚しませんか?』
『ちょっとお師匠様、』
『けっこん?』
『結婚というのは、好きな人と一生涯、添い遂げることです。平たく言えば、ずっと一緒にいるってことですね』
『ずーっと?』
『ええ、ずーっとです』
『じゃあなまえ、さんぞうとけっこんすゆ!』

…という、まぁ、よくあることではあるんですけど…今の私にはそんな可愛らしさが一切備わっていないので、もう思い出すのも嫌なくらいに恥ずかしすぎる思い出なんだよ。多分、三蔵さんが離すまで忘れてたのも恥ずかしかったから封印したんだろうなー、と半ば他人事。
再び封印してしまおう、と思考を切り替えようとしたけれど、それを最近彼氏となった八戒さんの耳に入ってしまっていたことを思い出し、再び項垂れた。
あ、ダメだ。私の記憶だけではなく、八戒さんの記憶も封印しないと!!………うん、思っていた以上に私はパニックになっているらしい。百面相をしていた私を見て、八戒さんと三蔵さんは肩を震わせて笑っていらっしゃいますけど。


「ずいぶんと可愛らしいことを言ったんですね、なまえさん」
「……小さい頃ってそんなものだと思います。よく遊んでもらってたので、憧れもあると思いますけど」
「お師匠様はいまだにお前を俺の嫁に、と考えていらっしゃるぞ」
「え?!なにそれ初耳!!」
「今初めて言ったからな」


光明さんは相変わらずだなぁ…何て言うか。あのぽややんとした懐かしい笑顔を思い返していると、隣からそれはダメですよ、と穏やかだけれど、僅かに棘のある声が聞こえた。


「八戒さん?」
「いくら三蔵でもこの子はあげられません。もう僕のですから」
「ぶふぉっ!!」
「きったねぇななまえ!」
「ゲホッゴホッ!だ、だって…!」


思いも寄らない言葉に、私は盛大に紅茶を吹き出した。私と三蔵さんが言い合っている間に、八戒さんは店員さんに拭くものを借りてテーブルの上を綺麗にしていらっしゃいました。相変わらず行動がスマートで早いですね、できた彼氏さんだと思います本当に。同時にそれは女の私がすることだろうが、と頭を打ち付けたくなるけれども。


「心配しなくとも取りゃあしねぇよ。…泣かすなよ」
「ええ、わかってます」

―――カタン、

「先に帰ってる。あまり遅くなるんじゃねぇぞ」


自分の分のコーヒー代を置いて、三蔵さんはそのままカフェを出て行ってしまった。私はというと、今度は三蔵さんの言葉に驚く羽目になっていて…口をぽかん、と開けてマヌケな顔のまま、彼の背を見送ったのだ。
だって、…あんなことを言う人だとは、思っていなかったから。確かに優しい一面もあるし、一人っ子の私にとってあの人は兄のような存在であったのも事実ではあるんだけどさ。


「なまえさん、ボーッとしてますが大丈夫ですか?」
「えと、あの、…うん、大丈夫。何か色々、驚きすぎちゃって」
「―――正直ね、ちょっとだけ妬いたんですよ。過去の三蔵に」
「え?」
「僕の知らない貴方を知っているのもそうですけど、…小さい頃の話とはいえ、なまえさんに結婚したいって言ってもらえたのが羨ましいなぁって」


おかしいですよね、と笑った八戒さんはちょっとだけ、苦しそう。自分の知らないことを他人が知っているのは、羨ましいんだ。それが好きな相手のことだったら、尚更。人間って意外と欲深くて、私だって…三蔵さんや悟浄さん、それに花喃さんのことを羨ましいって何度も思ったことあるし。
でも、これから知っていく八戒さんはきっと、私だけしか知らないと思うの。優しく細められる瞳とか、繋がれた手の大きさとか、体温とか、そういうのは…私だけしか知り得ないものだって、そう思いたいの。八戒さんにもそう思ってもらいたいの。
だって八戒さんの前にいる私は、友達も、幼なじみも、家族さえも―――知らない顔をしているんだ、と思っているから。


「八戒さん、好き、です」
「!…ええ、僕もなまえさんが好きですよ」


ヤキモチを妬いてくれた貴方さえも、愛おしいんです。
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