君と廻る
「うー…」
Side:臣
向かい側に座っているなまえが唸り声を上げた。具合でも悪くなったのだろうか、と顔を上げてみれば、パソコンの画面を見つめながら眉間にシワを寄せていた。太一や椋が見たらひどく怖がりそうな程に、凶悪顔。
恐らく―――というか、確実にレポートが煮詰まってしまったのだろう。ここ数日時間を割いて取り掛かっている課題を出した教授は、殴りたくなるくらい捻くれた題材を選ぶのだと愚痴っていた記憶がある。思うように進まなくてイライラする、とその時も言っていたな。
「…大丈夫か?」
「あんまり…も〜ほんっとあの教授性格悪い…!」
「集中力も限界なんだろ。今、飲み物淹れてくるから少し休憩しよう」
ガバッと顔を伏せてしまった彼女の頭を撫で、そのまま立ち上がろうとしたんだが―――クンッと何かに引っ張られてバランスを崩しかけた。まぁ、十中八九引っ張ったのはなまえなんだけれど。コイツ以外に誰かいたら、それはそれで驚くし怖い。
どうしたんだ、と声をかけても、俺のベストの裾を掴んだまま何も言葉を発しないなまえ。辛うじて視線だけはこっちに向けてくれたが、…黙ったままだ。さすがに視線だけでは俺も察することができないんだがなぁ。うーん、どうしたものか。
「飲み物は、後でいいから」
「うん?」
「もうちょっとだけ、此処にいて」
おっと。…上目遣いでそんなことを言われると、ドキッとするんだって何度言えばわかってくれるのだろうか。幼なじみ兼恋人は。いや、可愛いから無理に直さなくてもいいんだが…今回のように完全不意打ちで、それも無意識でやられると心臓に悪いんだ。
意識してやられたとしても、結果は同じだとは思うが無意識の方が幾ばくかダメージが大きい気がする。まぁ、俺の心情は置いておくとして…これは疲れきってるみたいだな、思っている以上に。
「後でいいのか?飲み物も、菓子も」
「いい。…くっついていい?」
「わざわざ許可とらなくてもいいよ。おいで」
なまえの隣に腰を下ろして腕を広げれば、勢い良く飛び込んできた。至近距離でそれはやめろ、と言いたいのを堪え、甘やかすことに専念することにする。珍しいからなぁ、こうして甘えてくるのは。
恋人になってからはそこそこ頻度は増えてきたように思えるけれど、元々誰かに甘えることが得意じゃないから。多分、片手で事足りるほどだ。もう少し甘えてくれていいのに、と思わなくはないが、それを本人に告げてしまうと困らせてしまうだろう。それは本意じゃないからな。
「落ち着く…」
「ずいぶんと疲れてるな。煮詰まったか?」
「ん、…もうちょいなんだけど、そのもうちょいが長い…」
「あと何字だ?」
「2〜3000字くらい…」
確かにもう少しといえば、もう少しだけれど…そこまでも長い道のりだっただろうから、余計にきつく感じるんだろうな。ぎゅうぎゅうと抱きついてくる体を抱きしめ返してやれば、なまえが吐息だけで笑ったような気がした。
「レポートラッシュが終わったら、何処か遊びに行くか」
「…デート?」
「ん?デートが嫌なら、綴も誘ってカフェでも行くか?」
「嫌じゃない。皆と行くのも好きだけど、今回は臣くんと2人がいいです」
「うん。じゃあ行きたい所、考えておけ」
ぽんぽん、と頭を撫でてやれば、気が済んだのかもそもそと顔を上げた。疲労の色は濃く出ているものの、さっきよりは顔色が良くなっているような気もする。俺の気のせいかもしれないけどな。
俺と目が合って嬉しそうに笑う彼女が可愛くて、そのまま唇を塞いだ。驚いたように見開かれた瞳が、徐々に蕩けていく様が―――実は好きだったりする。なまえにそれを告げると、きっと怒ってしまうだろうから黙っておくけど。
「ン…ふ、ぁ」
「…そろそろ飲み物と菓子、取ってくるな」
このままずっと触れていたいが、なまえも俺もレポートをやっている最中で。提出期限までまだ日にちがあるとはいえ、余裕をもっていないと痛い目を見るのはとうの昔に体験済みだ。改めて休憩させようと立ち上がろうとしたんだが、クンッとベストの裾を引っ張られた。……さっきもこんなことあったよな?
「なまえ?」
「…やだ、もっと―――」
もっと、触って。
ああもう、本当にこいつは俺をどうしたいんだろう。けれどこの甘い誘惑を、彼女の手を、拒否するという選択肢は浮かびそうにない。
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