きみとぼく

本来の用事は買い出し。明日の朝には出発するから、今のうちに―――と八戒くんと町へ出かけたのは、今から2時間くらい前のこと。いつもなら悟浄くんや悟空も一緒なんだけれど、今回はそんなに荷物も多くないから2人で済ませることにしたんです。
思いの外、買い出しは早く終わってしまって。一度、荷物を置きに宿へ帰って、それからまた2人で町へ。まだ早い時間だったし、天気もいいし、このまま宿に籠ってしまうのはもったいないですよね、と話していたからかもしれません。買い出しをしながら彼が、終わったら荷物を置いて出かけましょうか、とお誘いしてくれたんです。


「さっきも思いましたけど、とても賑やかな町ですね」
「ええ、人も多いですし…活気もある」


きっと妖怪の影響をあまり受けていないのでしょう。笑って過ごせるのなら、それに越したことはない。いつだって活気のある町を見るとそう思うけれど、その度に長居するべきじゃないなぁって思っちゃうんですよ。旅に出た最初の頃はそんなこと思いませんでしたし、むしろ活気のある町に着くと嬉しさを感じるくらいでした。

…でも、私達がいると妖怪が襲撃してくる可能性は高くて、戦う力を持たない一般の方々が襲われることだって少なくはない。だから…平和な町には長居をしない方がいい、それが私達の見解でした。きっと暗黙の。

でもやっぱり、実際に目にしてしまうとこう何と言いますか、…心が踊る、とでも表現すればいいのでしょうか。そんな感じで浮き足立っちゃうんですよねぇ。賑やかな所は好まなかったはずなのに、いつの間にか慣れてしまったみたいです。


―――ドンッ

「きゃっ、…」
「おっと。大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。ありがとうございました」
「いいえ。…でも確かに人も多いですし、はぐれたら困るので…手を、繋ぎましょうか」


その言葉に固まって、八戒くんの顔を見上げる。そして差し出された手に目を向けて、…ようやく言葉の意味を理解した。何度か手を彼の顔を見比べて、でも差し出された手は引っ込める様子がないので観念して、自分の手を重ねてみれば。―――八戒くんは笑みを一層濃くして、私の手を引いてくれる。

まるでデートみたいだ。

男女が手を繋いで、町の中を見て回るなんて…そんな風に思って、浮かれてはいけないことはわかっているのだけれど、でも…やっぱりこの状況は嬉しすぎて、幸せすぎて、勝手に顔が緩んでしまうの。キュッと引き締めてはみるものの、それは無駄な努力らしくて、気がつけば私はだらしなく笑みを浮かべてしまっている。ああどうしよう、これ以上は溢れ出てしまうのに止めることが、できずにいる。
好きです、と告げるわけにはいかなくて。でもどうにかこの愛しさを形にしたくて。握られている手にそっと、力を込める。伝えるわけにはいかないけど、でも伝えたい―――そんな矛盾を抱えたまま、私は彼の隣で笑みを浮かべた。


「はい、なまえ。どうぞ」
「ありがとうございます。…むぐ、…ん、美味しい!」
「ふふ。貴方は本当に美味しそうに食べますね」


歩き回って小腹が空いた私達は、公園のベンチに腰掛け肉まんを頬張っていた。露店で売られていた物なんだけど、皮はモチモチだし、タネもすっごくジューシーで美味しいんです。テイクアウトもできる、と仰っていましたし、お土産に買って帰りましょうかと八戒くんと話していたくらい。


「んー…!何だか長安で暮らしていた頃みたい」
「え?」
「だって旅を始めてから、こんなにゆったり過ごせる時間って滅多にないじゃないですか」
「町に着いても何だかんだ騒がしいですからね。…宿にいる間も」


八戒くんの一言に私はプッと吹き出した。それに倣い彼も楽しそうに笑みを零していました。そうなんです、宿にいる間だって私達はいつだって騒がしい。私達、というか、ハッキリ言ってしまえば悟浄くんと悟空のことなんだけれど。
その騒がしさ―――もとい、賑やかさをうとわしく感じたことはない。まぁ、機嫌の悪い時はさすがに静かにしてくださいと言いたくもなりますけど、それも心地良いと感じるようになったのはどれくらい前のことだっただろうか。

賑やかなのにも大分慣れた。慣れたのだけれど、それでもやっぱり今のようなゆったりとした時間や、静かな空間を好む私がいるのもまた事実です。何をするでもなく、ただボーッとするだけの時間も悪くはないと思えますからね。だってそれだけ平和な証拠でしょう?
危険な旅をしていることはわかっていますから、この穏やかな時間もすぐに過ぎ去ってしまうのでしょうが、それでも…その時まではただ、この方の隣で時を過ごしていたいなぁって思うんです。それがどれだけ幸せなことか。


「そろそろ風が冷たくなってきましたね。お土産を買って帰りましょうか」
「はい」
「―――では、お手をどうぞ?なまえ」
「!…もう、八戒くんったら」


恥ずかしいとは思うけれど、それでもその手を取ってしまうのは仕方ないと思うんです。それだけ、私が彼を好きだという証拠なのですから。
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