ひとこと、それで。
どんなに頑張りたいと思っても、正直、体がついていかないことって多々あると思うんだよね。体にも、気持ちにも、やっぱり限界ってものは備わってるわけですから。
テーブルの上に広げた資料やらを一瞥して、溜息を1つ。あと一歩、あと一歩で終わりが見えてきそうなんだけど…疲れきってしまっているのか、これ以上は文字を書くのがしんどい。急激にやる気がしぼんでいって、私はとうとうペンを置いてしまったのです。…こうなったら余計にやる気を失くしちゃうっていうのはね、重々承知なんですけれども。それでも無理な時はあるんだ。うん。
「はー…ダメだ、一旦休憩しよう!」
グッと伸びをして時計に目をやれば、もうすぐ日付が変わろうとしていた。夕食を食べてからずっとやってたから、…うわ、5時間近くも集中してたんだ?!私にしてはよく持った方かな〜集中力。
さて、気分転換にお風呂でも入ってこよう。リラックスして、それからまた頑張って終わらせてしまいたいなぁ…期限はまだもう少しだけ余裕あるけど。
悟浄と八戒がいないのをいいことに、私はテーブルに広げた仕事道具を放置したままお風呂へと向かった。
のーんびりお風呂に浸かってからリビングに戻れば、まだ帰ってこないだろうと思っていた悟浄が紫煙を燻らせて椅子に腰掛けていた。手には私が使っていた資料を持っていて、珍しくそれをじーっと眺めてる。そんな珍しいものではないんだけどなぁ…博打で食べてる悟浄からしてみれば、見たことないもの―――になる、のかなぁ?よくわかんないけど。
いやに集中して見てる悟浄は、私がお風呂から上がったことに気がついていないらしい。何してんの、と声をかけてみれば、ちょっとだけびっくりした顔をして出てきてたの、って一言。
「珍しいね?人の気配には敏感なくせに」
「んー…お前の傍はアレだ、居心地いいから何となくな。ちょっとだけ鈍くなる」
「………私を喜ばせてどうするつもりだ」
「どうもしねーって。本心だよ、本心」
くくくっと喉を震わせて笑ったかと思えば、すぐに真剣な表情に戻って疲れた顔してんな、って言われちゃった。多少は自覚してる、鏡を見ると隈が日に日に濃くなってくのがわかったし、睡眠時間をじわじわ削っているせいか体が重いし。
だけどあんまり心配かけたくなくて、無駄だってわかっていながらも大丈夫だよ、と口にしちゃうんだよね。だから今回も大丈夫、って笑って、それで流すつもりだった。そう、つもりだったのに。
―――グイッ
「きゃ、…っ!ちょ、悟浄?」
「なまえさぁ、俺にくらい本音言ったらどーなの?」
「…別に、何も隠してないし」
「疲れたとか、しんどいとか、そういうのも言わねぇで何も隠してねぇって言い張る気?」
「う、」
そのままギュウッと抱きしめられて、コツンと額同士がぶつかった。至近距離に悟浄の顔があって、ドキリと心臓が跳ねて。でも、…近くに感じる彼の気配が、温度が、泣きそうになるくらいに心地良いんだ。
「正直さ、テーブルの上に広がってる紙見てもなまえが何をしてんのかわかんねぇけど、」
「うん」
「だからそれを手伝ってやることもできねぇけどさ、…甘やかすことくらいはできるからよ」
「ふふっ…うん、それだけで十分」
悟浄はね、傍にいてくれるだけでいいんだよ。それだけで温かいし、私はまた頑張っちゃおうかな!って気持ちになれるから。だからね、無理に何かしてくれようとかそういうのは思わなくていい。悟浄は悟浄のまま、そのままでいてくれたら私は…本当に十分だって思えるから、幸せだって思えるから。
―――ギュ、
「此処にいて笑ってくれてたら、私はそれでいい」
「―――…なまえ、」
「ん?なぁに、悟浄」
「仕事が片付くまで大変だと思うけどよ、…お前なら大丈夫。ぜってー大丈夫」
そして触れるだけのキス。
ああ、私はその言葉だけでまたしばらく頑張れると思うよ。
-29-
prev|back|next