白の君と翠の貴方
「はあ…」
珍しく、私は宿に1人でいた。皆さんは買い出しや散歩に行ってしまっていて、本当に珍しく私のみ。…たまには休んでいなさい、と言われてそのまま受け入れてしまったけれど、やっぱり私だけ休んでいるというのは居心地が悪いものですねぇ。そう言った彼―――八戒くんだって毎日、私達の世話を焼いたり運転をしたりしていて疲れているであろうはずなのに。
もう一度だけ溜息を吐き出すと、「キュウ?」と可愛らしい鳴き声が聞こえた。ふっと視線を上げてみると、そこにはさっきまで不在だったはずのジープが小首を傾げて、窓辺に停まっていた。あら、これまた珍しいですね?この子は八戒くんから離れることがそうないのに。
もしかしたら、もうすぐ彼らも戻ってくるのかもしれませんね。いまだに窓辺に止まったままのジープにおいで、と声をかければ、嬉しそうに声を上げて私の肩に停まる。ふふ、本当に可愛い子ですね?君は。
「…ねぇ、ジープ。お前の御主人はどうしてあんなにも、他人を優先しちゃうのかしらね?」
「キュウ?」
「本人にそう告げても自分優先ですよ、って言うクセに…それなのに私のことを一番に気遣ってくれるような気がするの」
まるで貴方は特別だ、と言われているようで、錯覚してしまいそうになるんですよ。
「そんなはずないのに、…あの方にとって私はただの同居人で、一緒に旅をしているだけの関係なのに。…大切にされているような、そんな勘違いをしそうになっちゃう」
ジープが肩からベッドに移動したのを確認して、私はそのままベッドに寝っ転がった。
そしてまた漏れる溜息。誰かが溜息をつくと幸せが逃げるんだ、と言っていたような気がするけど、どこで聞いたんでしたっけね。…そもそも、そんなので幸せが逃げていくのなら―――私達は不幸せの集まりのような気がしないでもないんだけど。
…けど、溜息をつきたくなるような出来事が多い中で、私は一度だって不幸せだと感じたことはありません。皆さんに出会ってから私は、本当に幸せなことばかりで…こんなにも笑えてる。楽しい、と心から感じることができてるんです。それに、…八戒くんを好きになってからというものの、何だか世界が途端に色づいたような感じで。この想いが報われることがないとわかっていても、やっぱり傍にいられることが嬉しいから。どんな形でもいい、私は此処にいたいって思うんです。
―――ペロッ
「…ジープ?」
「キュー…」
「もしかして慰めてくれてたり、する?」
「キュ!」
そうだよ!と言わんばかりの鳴き声。ありがとう、と言う代わりに首を撫でてあげれば気持ち良さそうに目を閉じる。その仕草がとても可愛くて、心が癒されるような気がしたんです。御主人である八戒くんに似て、優しい子よね。ジープは。
寝転がったままジープの首を撫で続けていると、寝息が聞こえてきました。あら、ジープったら寝ちゃったのね…そんなに気持ち良かったのかしら。
―――ガチャッ
「なまえ、ジープがこっちに…おや」
「おかえりなさい、八戒くん。ジープならお昼寝中です」
だから静かに、と口に人差指を当てれば、とても優しく微笑んでいた。
「ジープが戻ってきたから、皆さんもすぐに戻ってくると思っていたんですけど…」
「ああ…買い物の途中でいなくなっちゃったんですよ。今までそんなことなかったから驚きましたけど、心配はしていませんでした」
ずっとなまえの心配をしていたみたいですから。
「…え?」
「貴方、この町に着く少し前から元気がなかったでしょう?」
元気がなかったというか、休んでいてくださいって言われたこととか、八戒くんのことを考えていて…確かに口数は減っていたんですよね。考えごとをし始めると話さなくなってしまうタイプらしいので。
でもびっくりだなぁ…ジープが私のことを気遣ってくれていたなんて。というか、車に変身している間もわかるもんなんですね、元気がないかどうかが。誰が教えたわけでもないだろうし、私達の言葉をどこまで理解しているのかもわからないけれど…だけど、この子の気遣いというのはやっぱり嬉しいなぁ。
「…その様子だともう大丈夫みたいですね?」
「はい。ジープに慰められて、癒されたのでバッチリです」
「―――ちょっとだけ、妬けちゃいますね」
焼ける?…一体、何が?
「八戒くん?」
「いつだって、…なまえを笑顔にするのは僕でありたいと思っていたんですが、ジープに先を越されちゃいましたね」
「へ?!」
思いも寄らない言葉に、素っ頓狂な声を上げてしまいました。八戒くんはそれがツボに入ってしまったらしく、肩を震わせて笑っていらっしゃるご様子。…静かに笑うのなら、もういっそのこと大声で笑い転げてほしいものなんですけど…でも仕方ないか、ジープが寝てるんだものね。
「はー…すみません、すごい声だなぁと思ったらつい」
「そこまで笑って頂けると、もう清々しい気さえしますよ…」
「でも、冗談でもないしからかってるわけでもないんです」
「え?」
「本当に―――貴方を笑顔にしてあげたい、笑っていてほしいって思ってる」
だから今度は、頼ってください。僕に出来ることなら何でもしますから。
穏やかに微笑んで、彼の手が私の頬に触れる。その一瞬で体温は急上昇、心拍数も一気に上がったと思います…!ほんと、八戒くんのこういう所、ズルいって思う。…けど、そう思うのに嬉しいって思ってしまう私は…もうどうしようもない程にこの方に心を奪われているんでしょう。
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