仕事仲間以上恋人未満

あの人は少しでも睡眠をとったのだろうか。

ふあ、と欠伸を噛み殺し、まだ半分眠ったままの頭できっと徹夜しているであろう上司のことを思い浮かべる。さすがに帰れ、と言われたのは今から数時間前のこと。
あの時間に帰っても満足に眠れないからいい、と突っぱねたのだけれど、お風呂に入れないのは女性として嫌だろう?と言われてしまったら…黙るしかなかった。ライブラにだってシャワールームくらいある、あるのだけれど―――如何せん、着替えがなかったから無理だったのです。
そして渋々帰ってシャワーを浴び、仮眠をとって今に至るのだけれども。…今もまだ、仕事をしているのだろうなぁ。スティーブンさんは。零れそうになる溜息を飲み込んで、私は事務所の扉を開けた。


「―――あれ?」


控えめに言ったおはようございます、という声に返ってくるのは、静寂のみ。ペンが書面を走る音でも、疲れきったあの人の声でもなく、ひたすらに静かな空間がそこには広がっていた。
もしかして片がついて帰ったのだろうか、と思ったけれど、視界に入ったスティーブンさんのデスクを見てそれはないな、と思い直す。だって、私が帰る時とあまり変化がないから。むしろ、増えてる気さえしますよ。なにやってんだ、あの人は。

…けど、帰ったのでなければ何処に行ったんだろう。シャワールーム?それとも仮眠室?ううん、でもあの人ってひと段落つくまで寝るとも思えないんだけどなぁ。とりあえず、始業時間前だし…スティーブンさんのデスクの上を片づけておこうかな。こんなぐっちゃぐちゃのままじゃ片付く仕事だって片付きやしないもの、やる気がそがれて。
羽織っていたジャケットを脱ぎ、それとカバンをソファの上にでも置いておこう―――と思って、私はそのまま動きを止めた。

(死んだように眠ってるって、こういうことを言うのかな…)

ソファの上で静かに横たわっていたのは、まさかのスティーブンさん。毛布も、ジャケットもかけることをせず、そのまますやすやと眠っているらしい。大分温かくなってきたとはいえ、朝方に何もかけないで熟睡っていうのは寒いんじゃないだろうか…というか、アンタ長身なんだからソファで寝るのキツイでしょうに。
仮眠室のベッドで眠れば寒い思いはしなくて済むし、窮屈な思いもしなくて済むはずなのに。こういう時に使わなかったら、何の為にあるんですかあの部屋は!


「ちょっとスティーブンさん!こんな所で寝ていたら風邪ひいちゃいますよっ」
「ん、…んん〜…」
「子供じゃないんだから、しゃきっと起きてくださいってば」
「……なまえ………?」
「はい、そうです。ほら、仮眠室に―――」


行きましょう、と続くはずだった言葉は、不自然に途切れた。何故かと言うと、むぎゅっと抱き込まれてしまったから。

誰が誰に?―――私がスティーブンさんに!!

もう心臓は有り得ないくらいバクバクいってるし、この人は寝惚けてるのかぎゅうぎゅうと力入れて抱きしめてくるし、何なんだよ!!あれですか、寝惚けてんですか。
それからしばらくもぞもぞと動いていたけれど、それもピタッと止まって、数秒後には穏やかな寝息が頭の上から聞こえてきました…ああ、これ完全に寝入りやがりましたね。スティーブンさんめ。

思った以上にガッチリ抱き込まれてしまったらしく、身を捩らせようとしてもびくともしません。…つーか、スティーブンさんってほっそいのに意外と力強いんだな。びっくりしちゃいましたよ。何とか顔だけ動かせるようになったものの、…何の意味もないよね、それ。どうしようかなぁ、皆が来るまでに起きるかなぁワーカーホリック上司は。

(全く…寝惚ける程に熟睡するなら、本当に家に帰りましょうよ)

彼がワーカーホリックなのは昔からで、何度注意しても徹夜するクセは直らなかった。個人の仕事が多いのも本当だけど、ザップさんの作成した報告書がひどいとか、ザップさんが期限守らないとか、ザップさんが提出し忘れるとか―――まぁ、あのクズ野郎が仕事しないのが一番悪い。だってそのしわ寄せが来るの、スティーブンさんと私だからね?言っておくけど。
徹夜になるのも致し方ない結果なのだけれど、…それでもやっぱり食事をとらない・眠らないっていうのは如何なものかと思うんです。私には休め、って言うクセに。

スティーブンさんの腕の中ではぁ、と溜息を1つ。次に大きく息を吸い込めば、いつもつけているらしい香水?の香りがする、いい匂いだなぁ。
体温が低そうだと思っていたのに、存外、温かくて居心地いいし…寝不足気味の私には、マズイ状態になりつつある。何がマズいって、このまま眠っちゃいそうだからですよ!ほら、人って温かいと安心してウトウトしちゃうでしょう?今正に、そんな感じなんです。私。


「眠ったらマズイけど、…」


彼の腕の中は天国か、と思うくらいに幸せだ。ダメだ、と思っても瞼は自然と落ちてきて逆らうことは不可能に近い。


「―――…なまえ……」
「はいはい、此処にいますよ〜スティーブンさん」


ぽんぽん、と背中を撫でれば、また穏やかな寝息が耳に届く。…うん、もういいや…抗うのも面倒だし、正直めっちゃ眠いし、ぜーんぶ寝惚けたスティーブンさんのせいにして私ももう一眠りしてしまおうじゃないか。
きっと出勤してきたメンバーに驚かれたり、からかわれたりするんだろうなぁ…と思いつつ、私は目を閉じた。



(…番頭。いくらアンタでも事務所で盛んのはマズイんじゃねーんすか)
(聞け、ザップ。俺も何が何だかわからん状態でな…!)
(んん、…あ、スティーブンさん起きたんですか)
(なまえ!この状態は何があったんだ!)
((あ、この人マジで寝惚けてたんだな))
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