黒衣の騎士は剣を振るう
新しく辿り着いた国は、どこか仄暗い印象がある所。国全体が真っ黒なオーラで包まれているような、…うーん、何かすっごく居心地が悪いって言えばいいのかなぁ?『ナニかがいる』って本能が、警鐘を鳴らしているような気がしたんだ。
「………」
「なまえちゃん?眉間にシワ寄ってる」
「えっ嘘?!」
「ほんと。珍しいねぇ、君がそんな顔してるなんて…何かあった?」
ファイくんに苦笑されながら指摘され、グイグイとシワを伸ばすように眉間を擦る。何かが―――あったわけでは、ないんだ。ないんだけど、…こう漠然とした不安があると言いますか。あれなんだよ、漠然としすぎて自分でもよくわかんないの。わかんないから心配してくれているファイくんに、ちゃんと説明することもできない。眉間を擦っていた手をそのままに、僕はうーーんと首を捻る。
考え込んでみる。考えて、眉間にシワが寄ってしまっていた理由を導き出そうとしてみるものの…やっぱり漠然としすぎていて言葉にできそうにないなぁ。でも1つだけハッキリしているのは、あまりこの国に長居したくない、ってこと。
「なまえちゃんの勘って結構、当たるからね。…何かあるのかも」
「えええ…怖いこと言わないでよ、ファイくん」
「うーん、オレも安心させてあげたいんだけどね?」
ちょーっと嫌な気配が、近づいてるから。
へにゃん、とした笑みを浮かべた彼が、そう言った。ああ本当だ…窓の外に数えきれない程の気味の悪い気配が、こちらの様子を窺っているような感じがするねぇ。思わず溜息をつく、どうしてこうも面倒事ばかり寄ってくるんだろう。僕達の元には。
そしてこういう時に限って、戦闘向きの2人がいないのは何でだ。あの2人がいればもう少し気が楽だったのに、と思うけど、この場にいない彼らのことを思っても仕方がない。―――私達で、追い払う他に術は残されてないんだからね。
憂鬱。ものすごーく憂鬱だけど、でも何もせずにいるわけにもいかないし、そう簡単にやられるわけにもいかないから。
念じれば手の中に愛刀・紅紫蝶が現れた。ホルスターも外していなかったから、両腿には愛銃も装着されたまま。よっぽどのことがない限り、やられることはないと思っていいかな。そう思っていたのは、ドアを蹴破る瞬間まで、だったけど。
「…ぅわお。」
「あー、これはまた…奇妙なお客さんだね」
そう、外にいた『お客さん』というのは人間ではなく、桜都国で見た鬼児のような異形の姿をした怪物。陽が落ち、暗くなり始めた中で光る無数の赤い瞳はまぁ、異様すぎて背筋がぞっとするよ。
「数もそこそこ―――魔法が効いてくれると助かるんだけど」
ふわり、とファイくんの金糸の髪が揺れる。呪文と共に弾き出された光の矢は、真っ直ぐに1体の怪物の体を貫いた。でも光の矢によって開いたはずの穴は数秒で元通り。
おおっと、これは…ちょーっと厄介なタイプかな?魔法が効かない、ってことじゃないと思うんだよね…自己再生力が強いってやつ?もしくは、魔法を無効化しちゃう体質なのかもしれないけど。でもそうなると魔法で戦うファイくんは、戦う術を失うことになる。それはつまり、この数の怪物を僕1人で倒さなきゃいけない―――ということ。
ざあっと血の気が引いていく。怖い、ってわけじゃあない…いくら何でも、骨が折れるでしょ。1人でこの数を相手するっつーのは。
「…けど、うだうだ言っている場合じゃないか。やるっきゃないね!」
「これで物理攻撃まで効かなかったら、もう手の打ちようがないけど」
「不吉なこと言わないでー!!」
でもファイくんの不吉な言葉は、どうやら杞憂だったらしい。刀と銃は効くらしく、1体、また1体と数が減っていく。魔法も効かないものだ、と思っていたのだけれど、再生する暇がないくらいに叩きのめしてしまえば問題がなかったみたいよ?それに気がついた彼は、一気に全体が消滅する攻撃魔法を放っていました…笑顔で。ちょっとだけ怖い、と思ってしまったのは、僕だけの秘密です。
―――は、っはぁ…!
静かな空間に怪物の咆哮と、僕達の荒くなった息遣いだけが響き渡る。大分倒したはずなのに、怪物達はどこからともなく現れて、一向に消える様子がないんですけど?!何なのほんと!僕達に何の恨みがあるって言うんだよ、この野郎!!
怒りをぶつけるように刀を横に薙ぐ、すれば真っ黒なソレはあっという間に霧散するのに、それなのに気がつけば数が少しずつ増えていくもんだから怒りも一緒に募っていくわけです。
僕の悪い所は、時々、周りが見えなくなることだ―――そう言ったのは、確か黒鋼くんだったと思う。目の前のことに集中し過ぎて辺りを見回さないから、だから隙ができた所を狙われるんだって。そうならないように周りに気を張れ、戦闘中は尚更だ、って。
…それを忘れないようにしていたはずなのに、やっぱり僕は募っていく苛立ちに身を任せ、周りに気を張るのをすっかり失念してしまっていたんだ。だから気がつかなかった、のそりと近づく気配に。
「ッなまえちゃん!!」
ハッとしたのは、ファイくんに名前を呼ばれたから。振り向いた時にはもう遅い、すぐそこまで怪物は迫っていて…真っ黒な腕が振り下ろされようとしていた。
息を飲み、思わず目を瞑った。
もうダメだ、と心の底から思って、やっぱり僕はバカだなぁとどこか他人事のように考える。けれど、いつまで経っても痛みも、衝撃も感じなくて―――唯一感じたのは、温かな誰かの温もりだけ。
「…地竜・陣円舞」
鋭い声と、何かを切り裂くような音と、耳をつんざくような悲鳴に瞑ったままだった目を開けた。ああ、やっぱりそうだ…温もりの正体は、黒鋼くん。キミだったんだね。
僕を守るように回された腕にトクリ、と心臓が跳ねたような気がした。
「なまえ!ファイさん!!」
「2人共、大丈夫?!怪我してない?!」
「シャオ、モコ…」
「うんー、何ともないよぉ。それにしても黒りん、ナイスタイミングだね」
「下らねぇこと言ってねぇで、さっさと片付けるぞ。へらいの、小僧」
チャキ、と刀が鳴る。構えの姿が、怪物を見据える深紅の瞳がひどくカッコ良くて、綺麗だといつだって思う。ニヤリと歪む口元すら、カッコイイと思ってしまうんだから僕はつくづく、この人にやられてしまっているんだと思う。
…っと、そんなことを考えている場合じゃない。さっきはやられそうになっちゃったけど、今度はそんなヘマをしないようにしなくちゃ!
刀を構えようとした瞬間、僕の体はふわりと浮いた。「のわっ?!」と叫んだのも僕で、口から出た瞬間に本当に自分は女なのだろうか、と頭を抱えたくなるくらい…ひどい叫び声だったと思う。いくら何でも、のわっはないだろう、のわっは。
もーちょい何かあっただろ、と思うけど、こういう時に出るのって飾ってもいないそのまんまの自分なんだよね。…じゃあきっと、無理だ。女っぽい悲鳴とか、上げらんないと思う。
「てか!何で僕は担ぎ上げられてるの?!戦えるってば!!」
「うるせぇ。…てめぇ1人くらい守ってやるから、大人しくしてやがれ」
「くろ、」
名前を最後まで紡ぐことはできず、彼は走り出して、刀を振るった。―――と言っても、荷物のように担ぎ上げられている状態だから、刀を振るっている瞬間は見えてないんだけどね。背中側に顔があるから。振動と音で何となく察してる、って感じかな?
「黒りん!そっちにいる2体で最後!!」
「―――破魔・竜王刃」
低く、でも確かに響いたその声にバッと体を起こした時、真っ黒な怪物が弾け飛んだ瞬間を見た。
「たく、…だから周りに気を張れ、と言ってんだろ」
「うう、ごめんなさい…」
「…つーかよ、お前。あの瞬間、諦めてただろ?」
夕食を済ませた後は、部屋で黒鋼くんの小言を聞いております。いつもだったら反論する所なんだけど、今回ばっかりは完全に僕に非があることを理解しているのでひたすら謝るしかないのです…。でもそれは、僅かに震えた彼の声と言葉によって終わりを迎えた。
あの瞬間―――
黒鋼くんの言葉が指しているのは、きっと彼に助けられた瞬間のことだと思う。あの時の僕は目を瞑って、攻撃を受けるのを覚悟していたから。…もうダメだ、と思ってしまっていたから。
「もうダメだな、とは…思ったよ」
素直にそう言葉にすれば、脳天に今日一番の衝撃と痛みが走った。あまりの衝撃と痛さで、一瞬、何が起こったのか全くわからなかったけれど、ゲィンッと音がしたから多分殴られたんだと思う。それも拳骨で。
「いったああああぁああ?!なぐ、殴った?!ねぇ、今殴ったの?!」
「おう」
「しれっと答えるし!!…キミさぁ、彼女である僕に容赦なさすぎない?」
「てめぇが悪いんだろ」
う、…そう言われると、何も言えなくなっちゃう。だってきっと、彼が僕を殴った理由に心当たりがあるから。この人は恋人になる前から、『殺してもらう』ことを願いにしていた僕を怒ってくれていたもんね。生き続けることはできないのか、って苦しそうに言って…無理だよ、って返すのがすごく辛くて苦しかったのを覚えてる。彼と…黒鋼くんと生きていきたい、って少しでも望んでしまっていたから。
もう一度、彼らと旅ができるようになって…黒鋼くんが僕を求めてくれて。あれ以来、僕は生きていくことだけを考えるようになったんだ。再び訪れる最期のその時まで、彼の隣で笑っていられるように、彼らの傍にいれるようにって、そんな風に思えるようになったの。
―――ギュ、
「…また、なまえを失うのかと思った」
「……」
「またお前が、殺せとほざくのかと思った」
「…うん、ごめんね。心配かけちゃった」
間に合って良かった。
ホッと息を吐き出すのと同時に零れ落ちた、恐らくは彼の本音。その言葉に、体中に感じる彼の体温に、胸の奥がギュウッと締め付けられているような感じがする。でもそれは痛いとか、嫌だとか、そういうものじゃなくって…嬉しい、って気持ちの方が、大きいかもしれない。
「あ、あのね?黒鋼くん」
「なんだ」
「不謹慎だ、って言われるの前提で言うんだけど―――」
覗き込んだ深紅の瞳には、疑問の色が浮かんでいる。これから僕が言うことを聞いたら、もっと疑問の色が濃くなって、ひどいと訝し気な瞳を僕に向けてくるんだろうなぁ。見慣れたソレを想像するだけで笑いが込み上げてきてしまうけど、表に出てしまう前に飲み込んでから黒鋼くんの耳元に顔を寄せた。
キミが戦っている姿、
カッコ良くて大好きなんだ
だから、…だから―――
傍で見ることができてちょっとだけ、
ラッキーだなぁとか思っちゃったんだよ
-53-
prev|back|next