私は君に、僕は君に。
お昼休憩に、と森の中で一休みしている私達。走行中はモロに太陽の光を浴びているので、それはもう暑くて仕方なかったのですが…ここはたくさんの木である程度、遮られているからかとっても涼しい。お昼を食べ終えた後は、腹ごなしも兼ねて1人で辺りを散策中です。うーん、いいなぁ森の中って…すっごく気持ちいです。
ふと耳を澄ましてみると、風の音や鳥の鳴き声に混じってサワサワと―――水が流れているような音が、耳に届きました。もしかして近くに川でもあるのでしょうか?音に誘われるように足を進めると、次第に水の音が大きくなってきたような気がします。
そして草を掻き分けて辿り着いたのは、予想通りの川でした。うわ、水際だからさっきまでいた所よりも涼しく感じますね…!
「んー…涼しくて気持ちいい」
こんな所があるのなら、八戒くんも連れて来てあげれば良かったかも…いや、初めて来る場所だから知らなくて当然なんですけど、でもやっぱり疲れているであろうあの方に少しでも癒しをあげられたら、とは思うんですよね。こういう場所に来るのって、いい気分転換になると思うから。
どうしよう、今から急いで戻って連れて来ようかしら…ああ、だけどお昼を食べる為に休憩しているだけだからすぐに出発になってしまうでしょうか。いい加減、皆さんも宿でゆっくり休みたいでしょうから、あまりのんびり休憩している時間はないかもしれません。急いで戻った所で出発だ、と言われてしまうのは目に見えている。…私1人で堪能してしまうのは、とてももったいないですが…今回は、内緒にしてしまいましょう。
(流れは穏やかですし、もう少し近寄っても大丈夫そう)
水が流れるギリギリの所まで近寄って、川の中を覗き込む。水は澄んでいて泳いでいる魚達も、よく見えますねぇ…悟空がいたら捕まえて食べちゃいそうだな。自分の想像に思わず吹き出しそうになりつつ、ぐーっと背伸びをしてもう一度、辺りを見渡す。
…すごく静かだ、こういう静かな所にいると家族と暮らしていた頃を必然的に思い出しちゃいますね。楽しいことだけを思い出せればいいのだろうけど、どうしても―――…最期の瞬間も、一緒に思い出してしまいます。そう簡単に癒える傷でないのは重々承知なのだけれど。
ダメですね、…静かな所で、たった1人でいるとどうしてもマイナスなことばかり考えてしまう。忘れようと思ったことはないし、忘れることもないのだろうけれど、あまり気が沈みすぎてしまうのも頂けないと思う。
そう思えるようになったのも、あの方達に出会って一緒に過ごしていたからなんだと思う。
「本当に…救われているんだなぁ、私」
「―――誰に救われてるんです?」
「ひゃ、!」
「危ない!」
私だけしかいない、と思っていたのに、私ではない誰かの声が聞こえてびっくりしてしまった。その拍子に足を滑らせてしまったらしく、あわや川へダイブしそうになったんですが…寸での所でガッシリと腰を抱き寄せられたみたいです。腰に回っている腕の感触に、ドキリと心臓が高鳴る。
きっと、悟浄くんや三蔵様や悟空だったらそんなこともなかったんでしょうが…彼が相手では、仕方ないと思うんです。―――想いを寄せている、八戒くんだったら。
「びっ…くりしたぁ…大丈夫ですか?」
「は、はい、何とか……ありがとうございました」
「いいえ、川に落ちなくて良かったですね」
振り向けば見慣れた笑顔を浮かべた彼がそこにいて。さっきまで頭の中に渦巻いていた暗い感情は、跡形もなくどこかへ行ってしまったみたい。…うん、わかってはいたけれど至極単純な造りをしているなぁ。私の頭って。
八戒くんの傍にいると、切なく感じることもあるけど…大体は幸せだ、と思うんです。温かくて、嬉しくて、幸せで、…初めて会った時からずっと感じてる。ぬるま湯に浸かっているみたいだ、って。
「でもどうして八戒くんが此処に?」
「全員食べ終って、食休みも済んだので捜しに来たんです」
「あ、そうだったんですか?すみません…川を見つけて嬉しくなっちゃって、」
「…嬉しそうな顔には、見えませんでしたけど」
「え…?」
どこか痛そうな、辛そうな顔をしていましたよ?
私の顔を覗き込みながらそう言った彼は、本当に鋭いと思う。顔を見たのなんてほんの一瞬だったはずなのに、どんな表情をしていたかわかってしまうなんて…敵わないです。八戒くんには一生、隠し事ができないのかもしれませんね。まぁ、あまりする気もないですけども。
家族と暮らしていた頃を思い出しちゃって、と苦笑しながら告げれば、そうだったんですか…と八戒くんまで痛そうな顔。
この方は事情を知っているし、あの惨状を見ているから心配してくれているのかもしれませんね。とても、とても…優しい方ですから。
「そういう時は、…僕を呼んでくれませんか?」
伸ばされた手が、私の頬に触れた。不意打ちではあるけれど、手が伸ばされた瞬間を見ていたはずなのに驚きで僅かに肩が揺れる。それは彼にも伝わっていると思うけれど、触れた手は離れる素振りを見せはしませんでした。
触れたまま、まるで壊れ物を扱うかのように…ゆるゆると、撫でる。
「最初からそのことを考えていたわけじゃないと思いますけど…」
「…うん」
「なまえが辛い時には、なるべく傍にいたいんです」
「ふふっ…うん、嬉しい」
「だから、…僕を呼んでください」
何もできませんけど、こうして触れることはできますから。
僅かに下げられた眉。申し訳なさそうな表情。…でもわかっていませんね、八戒くん…何もしてくれなくていいんです、そんな風に思わなくていいんです。だって傍にいてくれることが、触れてくれることが、何よりも嬉しいって思っちゃうんですから。私。
君の温もりが凍りかけた私の気持ちを溶かしてくれるんですから。だから、それだけでいいんです。十分なんですよ?
「ありがとう、八戒くん」
「お礼を言われるようなことはしていませんよ。…そろそろ戻りましょうか」
もう少しだけ2人でいたいな、と思ってしまったけれど、それはきっとウチの最高僧様がお許しにはならないでしょうね。離れてしまった彼の体温に焦がれるけれど、そっと飲み込んで、八戒くんの背中を追った。
―――ねぇ、八戒くん。私が辛い時に傍にいてくれるのなら…君が辛い時にも私を呼んでください。すぐに飛んでいきますから、絶対に飛んでいきますから。
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