03
『てんぽう…!』
朝早く、僕の部屋を訪ねてきたのはなまえにそっくりの女の子。見た目からして5歳ぐらいの小さな子供。一体、何処から迷い込んでしまったのだろうと思っていたのだが…その子はたどたどしくも、僕の名前をしっかりと紡いでいた。
side:天蓬
結局、なまえの身体が小さくなった原因はわからずじまい。そのうち戻るだろう、と思ってはいたんですが、夜になってもそのままで、一向に戻る気配を感じることはできません。寝て起きたら戻ってました、っていう王道パターンなんですかねぇ…もしかして。
金蝉の所で遊びつくし、夕食までごちそうになったなまえは今、僕の腕の中でこっくりこっくりと船を漕いでいる。普段なら寝るのには早い時間なんですが、身体が小さくなった影響でしょうか…時々、子供のような仕草をするんです。
記憶はしっかりとあるし、話し方も立ち振る舞いも普段と変わらないのに、本当に時々、子供のような一面が顔を出していた。それはとっても可愛かったので構わないんですけどね。
(当たり前ですけど、こんなにも小さかったんですねぇ…)
この状態の彼女を部屋に1人で置いておくわけにはいかない。というわけで、僕の部屋に連れて行くことにしたんですが…あれですね、完全に僕は墓穴を掘ったように思います。
いくら子供の姿をしているからって、中身は彼女のまま。僕が好意を寄せているなまえであることに、違いはないんです。それなのに僕の部屋で2人っきりとか…僕はバカなんじゃないか、と思い始めてきましたよ。
「ん〜…てんぽう……?」
「どうしました?眠いなら寝ていいんですよ、遊び疲れたでしょう」
「わたしがねても、…てんぽうはどっかいったりしない…?」
ぽやん、とした瞳が僕を見上げる。ソレはどこか不安気にゆらゆら揺れていて、1人になることが淋しいのかと思い当たりました。ふふ、こういう所が可愛くて仕方ないんですよね。貴方は。
彼女の頭を撫でて、ずっと傍にいますよと言えば、ふにゃんとした笑みを浮かべてまたすやすやと寝息を立て始めた。
「今の顔は、…ちょっと反則でしょう……!」
人の脳っていうのは結構都合良くできているものでしてね?見た映像をこれまた都合良く脳内変換することだってできるんです。
何が言いたいのかと言いますと、僕は今…子供の笑顔にときめいた、ということなんですよ。子供の笑顔だけど、なまえの笑顔でもあるんです。だから、さっきの笑顔が―――僕の脳内では普段の彼女の顔に変換されてしまったわけで、心臓が有り得ないくらいに早鐘を打っているということ。
…此処にいたのが僕1人で本当に良かった。捲簾や金蝉がいたら、変態か!とツッコまれていたことでしょう。いや、2人がいないだけで僕が変態かもしれない、という疑念は消えるわけではないのですが。さっきのはさすがに自分でもねぇだろ、と頭を抱えたくなりましたね。本当に。
(ねぇ、なまえ―――)
自分の変態加減に溜息を吐きつつ、視線は腕の中で眠っている彼女に向けられている。ぐっすりと眠っているその顔には警戒心なんてものは微塵もなくて、本当に無防備そのものだ。
今はいい、子供の姿をしているから仕方ない部分もありますからね…だけど、いいんですか?男の傍でそんなにも無防備な顔を晒して。安心しきってしまって。貴方は見目麗しく、他の人達に人気があるんですからもう少し警戒心というものを持ってください。
「そうでないと…飢えた狼に食べられてしまいますからね?」
最も、僕だってその狼の1人ではあるんですが。
「う、ん……」
「この姿も愛くるしくて好きですが、やっぱりいつもの貴方の方がいいです」
この際、王道パターンでも何でもいい。明日、起きたら彼女が元の姿に戻っていることを祈りたい。そんなことを考えながら、なまえの小さな体を抱きしめて僕はベッドに潜り込んだ。
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