甘いご褒美を
「お嬢様、おやつの時間ですよ。少し休憩なさってはいかがですか?」
「セバスチャン、…ええ、そうするわ」
どうやらかなりの時間、集中して書類仕事をしていたらしい。最後に時計を見た時は昼過ぎだったから…かれこれ3時間ほど、膨大な量の書類とにらめっこしていたことになるわね。
ペンを置き、疲労を訴えている目頭をぐりぐりと押せば思っていた以上に疲れていてびっくりしてしまったくらいよ。これは寝る前に温めたタオルで解した方がいいかもしれない。書類を片づけながらそんなことを考えていると、ふわりと花の香りが広がった。…ん?これは、薔薇かしら?
「あら、珍しいわね。ローズティーじゃない」
「お好きでしょう?最近はお疲れの様子でしたので」
「いいじゃない。ローズティーにはリラックス効果があるらしいから、疲れている時にはいいと聞いたことがあるわ」
本当に効果があるのかは知らないけれど、まぁそういう効果がなかったとしてもいい香りだし、味も申し分ないから気にはしないけど。普段はシエルと一緒におやつを食べることが多いから、あまり飲まないのよね。とっても美味しいのにあの子は苦手だ、としかめっ面になるんですもの。
だからセバスチャンもあまり出してこないし、私も飲みたいと強請るようなことをしてこなかった。もちろん、それぞれの部屋で仕事している時に飲みたいと強請ったことはあるけれど。おやつの時は、ってこと。
だけど、今日はお互いに仕事が詰まっているせいか部屋に籠ってしまっているの。だからおやつも別々。…ああ成程、それでローズティーを用意してくれたのね。
カチャ、と静かにデスクの上にカップが置かれれば、さっきよりも薔薇の香りが濃く香ってきて自然と頬が緩んでしまう。好きなものを口にできる、って本当に幸せなことね。実感するわ。
「スイーツは薔薇を模ったケーキでございます」
「わっすごい、可愛い!」
「クリームをピンク色にし、薔薇に見えるよう絞っております」
うーん、セバスチャンの作るスイーツはいつでも綺麗で、可愛くて、目でも楽しめるなぁと密かに参考にしていたのだけれど…今回のがいっちばん素敵!チョコレートで作られた王冠もついているし、食べてしまうのがもったいないくらいだわ。
というか、カットしてしまうのももったいないわねぇ…そうしないと食べることができないから、どうしようもないことなのだけれど。せっかく作ってもらったスイーツをお飾りにしてしまうのは、もっともったいないことですから。
カットされたケーキには、形を崩されぬまま鎮座しているクリームの薔薇。それをフォークで掬ってパクリと口に含めば、これまたふんわりと薔薇の香りが鼻から抜けていくのを感じた。
驚いた…クリームのピンクはどうやって色付けしたのか気になっていたのだけれど、これにも薔薇を使用していたのね。何て贅沢なおやつなのかしら…!
「ふむ。女性向けに薔薇のスイーツを開発してみるのは、アリかもしれないわね」
「お嬢様、おやつの時間も頭の中はお仕事でいっぱいなのですね」
配膳を終えたセバスチャンがクスクスと笑みを浮かべている。それは普段、見せている嫌味ったらしいものではなく―――至極、楽しそうな笑みだ。
珍しすぎるものを見たせいか、フォークに刺さっていたケーキの破片がべしゃり、とお皿の上に逆戻り。そうさせた張本人の執事はお行儀が悪いですよ、とすぐにあの笑みを引っ込めてしまったけれど。
(…珍しいもの、見ちゃったかも)
落としてしまったケーキの破片を掬い直し、今度こそ口の中へと運んだ。甘いクリームがのったケーキを咀嚼し、ローズティーでそれを流し込めば、口の中は薔薇の香りでいっぱいになる。
…うん、薔薇好きの御婦人方にはこのセットはきっと魅力的に映るに違いない。でも中にはシエルのように薔薇の香りが苦手だ、という人もいるはず…となれば、もう1つくらい花をモチーフにしたスイーツセットを作りたい所よね。
「ねぇ、セバスチャン。薔薇の他にスイーツや紅茶に使える花ってないかしら?」
「薔薇の他に、ですか?」
「そうよ。薔薇が苦手な人用にね、もう1つくらい考えておきたいの」
「今日はいつになく真剣でいらっしゃるのですね」
「アイデアが出ているうちに形にしちゃいたいの。私の性格くらい知ってるでしょ」
「ええ、よく知っております。そうですね…でしたら、日本で有名な花―――桜などは如何ですか?」
「桜を?」
紅茶を飲みながら首を傾げれば、桜で作られた茶葉が存在していると教えてくれた。それを普通の紅茶にブレンドしてみるのも美味しいはずだ、とも。もちろん、そのまま飲むこともできるみたいだけれどね。
成程、桜ね…だったらスイーツも桜を模ったものがいいわね。桜の花弁を模ったクッキーや、桜色のムースケーキとかもきっと可愛くて御婦人方は目を奪われるに違いない。
真っ赤な薔薇と、薄いピンクの桜。
うん、これはなかなかに良いアイデアなんじゃない?教えてくれたセバスチャンに感謝しなくちゃ。ありがとう、とお礼を述べれば、せっかくお礼を頂けるのであれば他のものがいい、と珍しく強請られてしまったのだけれど…何がいいと言うつもりなのかしら?
特に給金のアップをお願いされたこともないし、休みが欲しいと言われたこともない…考えてみれば、セバスチャンから何かが欲しいと言われたことなんてなかったかもしれない。
何が欲しいの?と問いかけてみれば、飲み干してしまったカップに紅茶を注ぎ終わった後―――彼は柔らかな笑みを浮かべた。
ドキッと心臓が跳ねている間に、掠めるようなキス。突然のことに私は固まる他、ない。
「―――――ッ?!」
「今はまだ勤務中ですので、これで我慢致します。…残りは夜に、頂きに参りますね。なまえ」
「み、耳元で喋らないでよ…っ!」
「それでは何か御用があれば何なりと。失礼致します」
パタリ、と閉じられた扉。私はその扉に向かってお気に入りのクッションを思いっきり投げつけたのであった。
「こンの…変態バカ執事―――――!!」
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