隣の席のコンラートくん

■学パロ


あ。と零れ落ちた声は、賑やかなクラスメート達の声の中に飲み込まれていった。
だから誰にも私の呟きなんて聞こえていない、と思っていたのだけれど、隣の席のコンラートくんだけは聞こえていたらしく「どうしたの?」と首を傾げている。よく聞こえたなぁ、と感心するのと同時に、苦笑を浮かべて教科書を忘れちゃって、と告げた。うう、忘れ物をしたなんて恥ずかしいミス、知られたくなかったんだけど…仕方ないか。
別のクラスの友達に借りに行こうにも、授業が始まるまでもう3分程しかない。チャイムが鳴るまでに教科書を借りて戻ってくるなんて、多分、無理だと思うんだよね。友達のクラス、ちょっと離れてるし。
はぁ…今日はもう大人しく、先生に怒られるしかないみたい。


「だったら一緒に見ようか、教科書」
「……へ?」
「次の授業は教科書がないと困るだろうし…それなら解決すると思うんだけど」


コンラートくんの言うことはご尤もだ。まぁ、怒られるのは免れないとは思うけど一緒に見せてもらえれば、指されても答えられるしね。断る理由なんて1つもない、のだけれど…うん、あの…それっていつもよりも距離が近くなるってことですよね?!元々、机同士はくっついているから距離は近い方だけど、その真ん中に教科書を置いて、2人で覗き込むわけでしょう?…あ、やっぱりいつもより距離近いですよどうしよう?!

数秒、頭の中でどうしよう?!と半ばパニックになったけれど、教科書がない状態よりマシだろうという結論に落ち着きました。お借りします、と何故か頭を下げれば、コンラートくんはぷっと吹き出して笑っている。どうやら私の行動がツボだったらしい。
まぁ、自分でも何でご丁寧に頭まで下げちゃったんだろう、という気はしているけれども。…何かしなくちゃいけない気分になったんだもん、仕方ないじゃないか。


「そんなに笑わなくても、…」
「ふ、…あははっごめんね、なまえ。つい」
「ついって何よ、もう」


ふいっと顔を背けてみるけれど、至近距離でコンラートくんの楽しそうに笑う顔を見てしまったせいで心臓がとんでもないことになっている。マズイ、これ私もつのかな…次の授業で昇天、なーんてバカみたいなことが起こりそうな気がしてきましたよ。赤くなっているであろう頬を隠すように頬杖をつき、授業始めんぞーと入ってきた先生に視線を移した。

そして授業が始まったのだけれど、…うん、予想通り距離が近いですね!黒板に書かれている文字達を書き写している間はいいんだけど、教科書の文を目で追う時だけは…あの、肩がぶつかりそうな程に近くってですね?!
先生の声だけが教室に響く中、私の心音が聞こえてしまいそうで―――余計に鼓動が早くなる。


「では、次の行を…みょうじ!訳してみろ」
「えっあ、はい!」


いきなり指されて慌てて立ち上がったけど、…あ、あれ?さっきまで先生ってどこを読んでたっけ?聞いていたはずなのに、と冷や汗が背中を伝ったような気がした。
うーわー!教科書を忘れただけではなく、まともに聞いていませんでしたーってことになったら、絶対にペナルティ発生する!マズイ、非常にマズイ!!必死にさっきまでの記憶を辿ってみるものの、思い出せそうにはなく…黙ったままの私に、先生がどうした?と訝し気な視線を向けてきた。
ああダメだ、これは万事休す…!心の中でそう思い、気分は武士が切腹する瞬間だ―――なんて、よくわからないことを考えていた。切腹したことないのに。そんな時、机に置いたままだった腕に何かがぶつかったような気が、した。
そっと視線だけを向けてみれば、コンラートくんがトントン、と何かを指差しているのが見えた。え、なに…?彼から指先へと視線を移すと、とある一文を指していることがわかった。

『こ・こ・だ・よ』

コンラートくんの唇が、音を出さずにそう言ったような気がした。





「重ね重ねありがとう、コンラートくん!助かりました!」
「どういたしまして」
「はー…もうこんなに緊張した授業、初めてだよ」
「でも珍しいね?なまえが授業中に上の空になるなんて」


いつもは真面目に受けているのに。
コンラートくんの純粋な疑問に、落ち着いたはずの心臓がまたドクリ、と鼓動を早くする。いやぁ、それはあのですね…すごい近くにコンラートくんがいて授業どころじゃありませんでした、なーんて素直に言えるわけもなく。あははー、と笑って誤魔化すことしかできませんでした。

でも少しだけ、得しちゃったなぁと思ったのも…当然、内緒なのです。
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