愛しい爆弾

眠れない時はとことん眠れないのだ。
そんなことを昔、誰かが言っていたような気がするのだけれど誰だっただろうか。サクサクと歩みを進めながら、そんなことを考える。もうすぐ明け方だけれど、町は当然のことながらぐっすりと眠っている。お店によっては仕込みを始める時間らしく、窓から光が漏れているけれど、大概のお店や家はいまだ真っ暗なまま。
しん、と静まり返っているのを見ると、まるで自分しか存在していないんじゃないかと勘違いしてしまいそうです。

(一度、妖怪に襲われた町を見ましたけれど…まるでその時のようだわ)

もちろん、今私達が逗留している町は妖怪に襲われてなどいない。きっと活動する時間を迎えれば、昨日のような活気に包まれるのだとわかっています。わかっては、いるのだけれど…あまりしん、としている時間帯に町を歩かないから何だかそう思ってしまうんですよねぇ。


「あれ?何か急に開けた…?」


何も考えずに歩き続けていたら、広い場所へと辿り着いたようです。そこには大きな池?があって、水面が月の光を反射させてキラキラと輝いていました。池というか、何かもう湖ばりの大きさですけど…町の中にあるから池、でいいんですよね?多分。いや、そんな真偽はどちらでもいいと思うんですけど。
うん、でも…すっごい綺麗。昼間の明るいうちに見ればまた印象が変わるのだろう。月の光が地上を照らすこの時間は、とても神秘的に見えますね。欄干に腕を置いて覗き込めば、映った月がゆらゆらと揺れていた。

どれくらいの時間ボーッとしていただろうか。ハッと気がついた時には、遠くで陽が昇りかけていた。どうやら思っていた以上、この場所に留まっていたようですね。月がもう見えなくなっていますもの。
欄干から離れてんーっと大きく伸びをする。さて、黙って抜け出したことがバレてしまう前にそっと部屋に戻りましょうかね。今日は個室ではなく5人一緒の大部屋だったけれど、この町に着くまで野宿続きでしたから皆さんはぐっすり夢の中。きっと私が出て行ったことには気がついていないと思うんですよね。そーっと出てきましたから。それはもう、いつも以上に気を遣って。


「…そう思っていた時期が私にもありました…」
「なまえ?」
「ハイ、スミマセンデシタ」
「眠れなかったのは仕方ないとして、女性1人で外に出るのは頂けません」


もうわかっているとは思いますが、結果として八戒くんにバッチリ見つかりました。というか、宿の前で待ち伏せされてました。彼の姿を見つけた時は、本当に引きつった悲鳴が出ましたし、血の気が引きましたよ。
だって私を見つけた瞬間の八戒くんの顔見ました?!にっこり笑ってるのに、背後にどす黒いオーラを纏ってるんですよ?!あれは怖すぎます…!この時初めて、宿を抜け出したことを後悔しました。心から。


「全く…眠れなかったのなら、僕を起こしてくれれば良かったのに」
「だって、八戒くんだってお疲れでしょう?野宿続きで、しかも運転を1人で請け負っているんですから」
「それでも起こしてほしかったな。…こういう時は頼ってほしいのが恋人ってものです」
「ッ!」


思わぬ爆弾発言に息を飲んだ。
確かに彼と私は、晴れて恋人になったけれど…それはいまだに慣れない。恥ずかしくて仕方ないんです、嬉しいのは確かなのだけれど。


「うー…!」
「あはは。まだ慣れませんか?いつまでも可愛い反応を返してくれますね、なまえは」
「八戒くんが慣れ過ぎなんですよ…仕方ないじゃない、誰かを好きになったのが初めてなんですから」


プイッと視線を外して、熱くなった頬を手で仰ぐ。そう、視線を外してしまったからこの時の私は八戒くんが、どんな顔をしているのかわからなかったんです。ただ、ひどく動揺した声で「煽らないでください」と言ったのは耳に届いてましたけれど。
煽っているつもりなんてありませんでしたし、否定しようと八戒くんの方を向けば―――顔の右半分を手で覆い、頬を赤く染めた彼が見えました。否定の言葉を飲み込んだのは、致し方ないと思います。


「ほんっと…貴方はそうやって僕の心をかき乱すんだから」
「そんなつもり全然な、―――んっ」


グイッと腰を引き寄せられたかと思えば、そのまま唇が重なった。恋人、となってから、キスをしたことがなかったわけじゃない。数回したことはあるけれど、それはただ軽く触れ合わせるだけのものです。こんな、深く重なり合うようなキス、一度もしたことがない…っ!
話している最中に塞がれてしまったから、口は僅かに開いていて、その隙間を更にこじ開けるようにしてぬるり、と何かが侵入してくる。突然の感触に肩がビクリと跳ねるし、無意識に身体を引こうとしたけれど、それは腰に回っていた八戒くんの腕に阻止されてしまいました。見た目よりも強い力に、思わず目を見開く。


「は、…ン、はっかい、く」
「すみません、なまえ…もう少し、」


一度、離れた唇はまた深く重なり合う。隙間があるのが嫌だ、とでも言うかのように、さっき以上に身体も密着させられてもう心臓はバクバク状態。ただでさえ初めての経験で心臓が破裂するんじゃないかってくらいなのに、…それなのに朝からこの状態は刺激が強すぎますっ…!
ようやく唇が離れたので、呼吸が乱れたままの状態でギッと睨み上げたけれど―――あまり効果はありませんでした。だから煽らないでください、と呆れた声音で告げられ、そっと視界を遮られる始末。


「はー…今回、大部屋で助かりました」
「え?」
「個室だったら確実に今、貴方を連れ込んで押し倒しています」
「?!」


ビシッと硬直した私を見て、八戒くんはとても楽し気ですけれどこっちは笑う余裕なんて更々ないですからね?!とんでもない爆弾発言落とすの止めてくださいよもう!!
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