彼女のknight.
ギシリ、と手首を縛った縄が軋む。思った以上に強く縛られたなぁ、とぼんやりと考える私の神経は、意外と図太いのかもしれません。でもこうして意識を上手く逸らさないと、蹴られ・殴られた体が痛くて仕方がないの。
完膚なきまでに叩きのめされている私には、もう僅かな抵抗する気力も残されていない。こんな所で殺されるなんて真っ平ごめんだ、と思うけれど、ここまで体力を奪われていると指一本さえ動かすのがキツイ。きっとあの子を呼び出すことも、ままならない気がします。
(気力を振り絞れば、何とかイケるかもしれませんが…)
果たしてその後、無事に逃げ出すことができるのかと聞かれれば、答えに困ってしまいそう。とはいえ、捕まってしまったのもここまでボロボロになってしまったのも、その原因は私自身にあるから誰かに助けを―――なんて、馬鹿げた話でしょう?ああ本当に、どうしましょうか。
「にしてもよ、こいつ殺すにはもったいないくらいに美人だよな!」
「バーカ!殺したらマズイっつーの!!この女は紅孩児様が捜してる女なんだぞ?」
「ああ、そういやそうだったっけ…けど、少しくらい味見しても問題ねーんじゃね?」
耳に障る笑い声が辺り一帯に響いている。同時にさっき以上に身の危険を感じるのは、きっと気のせいではないでしょう…!それは殺されるよりも屈辱的なことで、ゾクリと背中に悪寒が走る。抵抗したいのに、声を上げたいのに、殴られた箇所がピリリと痛んでままならない。
男の手が羽織っているシャツのチャックにかかる、でも当然ながら声なんか出なくてひゅっと喉が鳴るだけ。叫べたとしてもきっと、誰にも声なんて届かないんでしょうけれど。ここまでか、とぎゅっと目を瞑った瞬間―――頬を、風が撫ぜた。
「ッ、ぎゃあああぁあ!俺の手が…っ!」
「薄汚ェ手でその子に触んじゃねーよ」
「ちょっと悟浄、今の下手したら彼女まで傷つけてましたよ?」
「ンなヘマ俺がするかよ」
「たく…こんな所まで俺を歩かせるとは、いい身分だなぁ?てめぇら。―――今すぐ殺してやる」
「なまえのことボロッボロにしやがって!許さねぇぞ!!」
ここが戦場になるまで、そう時間はかからなかった。
頭に血が上っているのか、三蔵様達の動きは普段以上で思わずポカン、と口を開けてしまうくらい。
「なまえ!無事…というわけではなさそうですね。ここを出たらすぐに治療しましょう」
縄を解いてくれたのは八戒くんだ。ホッとしたのか、一気に体中から力が抜けていく。
「は、…来てくれて、ありがとう」
私の意識はあっという間に、闇に沈んだ。
「ん……?」
次に目を覚ました時には、全く見覚えのない場所に横たえられていました。背中に感じるのは柔らかい感触で、明らかに固い地面ではないことがわかるけど…えっと、ここは何処なんでしょうか?私、確か妖怪に捕まって殴られて―――それから…?
三蔵様達が来てくれたような気がするんですけど、何だか記憶が曖昧ですねぇ。頭を殴られた記憶はないんですけど。痛む身体を起こすのと同時に、ドアがそっと開いた。
「ああ、目を覚ましたんですね」
「お、だーいじょうぶか?なまえちゃん」
「なまえっ!!」
「…起きるのが遅ぇんだよ、バカが」
「三蔵様だけ扱いがひどくありません?」
捕まったのは私の失態ですし、それによって出発が遅れているのはわかっていますのであまり文句は言えませんけど!それでももう少し、労わりの言葉があってもいいと思うんですよ。
むう、とあからさまに頬を膨らませてみるけれど、それは三蔵様には効果ナシのようですね。それでもやっぱり、皆さんの手を煩わせた自覚はあるのですみませんでした、と頭を下げる。
「もうどうお詫びしていいか…!」
「頭上げろって、なまえちゃん」
「俺達も油断しちゃってたしな、なまえだけが悪いわけじゃねーからさっ!」
「……2日、この町に滞在する。その間に万全にしておけ。行くぞ」
「素直じゃないですねぇ、三蔵は…」
悟浄くんと悟空を引っ張って出て行ってしまった三蔵様の背中を見て、八戒くんが苦笑交じりにそう言いました。どういうことです?と首を傾げると、クスクスと笑いながら「あれでもなまえのこと、案じていたんですよ?」と教えてくれました。え、あの三蔵様が?心配してたんです?私のこと?!
ええ、嘘だぁそんなの…顔にバッチリ出ていたのか、八戒くんはまた苦笑を浮かべています。信用ないですね、って言われちゃいましたけど、だって三蔵様に心配して頂いたことってほとんどないですし、そういう方でもないじゃないですか。悟浄くんと悟空なら心配かけちゃって申し訳ないな、って素直に思いますけど。
「悟浄と悟空もかなり怒りに任せて暴れていましたけど、三蔵もなかなかでしたから」
「それは私を心配して、というより、違う怒りなんじゃあ…」
「あはは、もちろんそれもあるとは思いますけど…それだけだったら貴方をこれ以上傷つけさせないように守ったりしませんって」
「………ものすごく予想外です」
見せてあげたかったですねぇ、あの時の僕達。
にっこり笑ってそう言った八戒くんは、ちょっと怖かったです。その時の光景を見てみたいような、そうでないような…ものすごく複雑な感じです。
(いーのかよ、三蔵。なまえちゃんを八戒に任せちまって)
(フン。あの女はそれが一番喜ぶだろう)
(そりゃそうだけどよ…もーちっと傍にいたかったんじゃねぇの?お前だって)
(うるせぇぞ、クソ河童)
(三蔵ももーちょっと素直になればいいのに。心配してたじゃんか)
(…ま、またいつ襲ってくるかわっかんねぇし?隣の部屋で警戒してた方が動きやすいかもなぁ)
(―――今度はそう易々と奪わせて堪るか)
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