それはただの痴話喧嘩
秀一とつき合って、ケンカらしいケンカは一度もしたことがなかった。…というか、大学時代はケンカする程に一緒にいたわけじゃないから、ケンカするようなことがなかっただけなんだけど。意見が食い違うこともなかったし、基本的に言い合いだってしたこともなかったんだから。
「昴さんとケンカしたぁ?!」
「…何でそんなビックリするのよ、コナンくん」
蘭ちゃんとおじ様が不在、ということで、私は今ボウヤと外食中。もちろん、ポアロではないカフェでね!非番で暇してたし、秀一も朝から夕方まで呼び出されていて家にはいない。これ幸い、とお出かけ中なのですよ。…まぁ、秀一が家にいたとしても気まずくて哀ちゃんの所にでも行っていたかもしてないけれど。
何故、気まずいかと言いますと…ボウヤが叫んでいた通り、彼とケンカをしてしまったから。傍からすればケンカなの?って言われるようなことかもしれないけど、言い合いになったのは確か。そして口もきいてません、昨日の夜から。
「ビックリするっつーの!…だって、なまえさんと昴さんってケンカしたことないだろ?」
「多分、ない。つき合う前なら…ケンカっていうより諭される形だけど、あったかな」
「昴さんって怒鳴るイメージはねぇよなぁ」
うん、それは同意する。…と、言いたい所だけれど、そうでもないんだよねぇ?これが。もちろん、沖矢くんを演じている間ならそのイメージも強いし、今までに一度だって怒鳴られたことないけれども。
でも秀一はそうじゃないんだ、あの人、本気でキレた時は怒鳴りますよ。新人の頃、一度だけものすごい勢いで怒鳴られて泣いたことあるくらいですから。いやー…怖かった、うん。今でこそ落ち着いた雰囲気を纏っているけれど、昔はそんなこと全然なかったんだからね。意外と口悪いし、つっけんどんだし、今以上に愛想悪かったし…でもやっぱり、優しかったんだよなぁ。
アイスコーヒーをズズーッと啜りながら思い出していると、向かい側に座っていたボウヤがそれで?と言った。一体、何がそれで?なんだろう。うん?と首を傾げると、ジト目でケンカの理由だよ、ですって。
ああ…そういえば、肝心の理由は話してなかったっけ。話したらバカじゃねーの?とか言われるのかなぁ。
『ペット飼いたい…』
『急に何だ。…雑誌?』
『ちょっと興味本位で買ってきたんですけど、可愛くないですか?』
『ホー…だが、買うなら断然猫だろう』
『えっ秀一は猫派なんですか?!絶対に犬でしょう!従順で可愛いじゃないですか』
『バカ言うな。従順でない方がしつけがいがあるじゃないか』
『ちょ、貴方どんな理由でペット飼おうとしてるんです?!』
『別にそれが理由なわけではないが、その方が可愛いだろう?』
『可愛いっていうなら、犬みたいに懐いてくれた方が可愛いですってば』
『いや、猫のように少しくらい反抗してくれるくらいの方が可愛げがあると思うぞ』
『否定はしませんけど、絶対犬がいいです!』
『猫』
『い・ぬ!』
『悪いがこればかりは譲れんよ。猫だ』
…とまぁ、これがケンカの理由です。
ペットを飼うなら犬か猫か、で軽く1〜2時間は言い合ってたと思う。昨日はそのまま別々で寝て、朝起きたらもう秀一はいなくなってましたってオチ。思い返して言葉にしてみると、ちょっと子供じみたケンカしたのかもしれないなぁ。私達。
「…ちょっとコナンくん。その顔やめてよ」
「だって、…うっわぁ…2人がケンカしたっていうから、どれだけ深刻な問題かと思えば」
「こっこれだって十分、深刻な問題だと思うんだけど?!」
「深刻じゃねーよ、全然深刻じゃねーよ」
えええ…だってこれをこのままにしておいたら、いざペット飼う時にまたモメるじゃない!そんなの面倒だし、時間の無駄になるじゃないの。ムスッとした顔でそう言えば、ひどく呆れ顔でモメねーよ大丈夫だよ、と返される始末。この野郎、絶対に面倒になってきてるな?この反応を見る限り。
まぁね?私だって当事者じゃなかったら子供じみたケンカしてるなぁ、と思うだろうし、ボウヤと同じ状況になったら面倒だって思うでしょう。でも生憎、今回はバッチリ当事者なのでそんなこと気にしていられないのだ。素直に口にしたら気にしろよ、って言われそうだから言わないでおくけど。
「つーかさ、何でそんなに犬を推したの?猫嫌い?」
「別に嫌いじゃないわよ、猫も可愛くて好き」
「だったらそんなに昴さんの意見を真っ向から否定しなくても…」
「否定したわけじゃないけど、…どうしても犬がいいんだもん。仕方ないじゃない」
そう。決して猫が嫌い!ってわけでもないし、秀一の意見を真っ向から却下したいわけでもない。それよりも犬を飼いたい、という気持ちが上回っているだけで。
「………だって、沖矢くんみたいじゃない。犬って」
名前を出してもいいものか、とちょっと悩んだけど、警戒をするに越したことはないと思い直して敢えて『沖矢くん』の名前を出した。
私が犬がいい、と散々言っていた理由は正にこれなんです。沖矢くんというか…秀一が犬っぽいから、だからペットを飼うなら絶対に犬がいいと思っているわけ。…さすがにそれを本人に言うのはどうなの、って思ったから、ひたっすらに犬がいい!としか言わなかったんだけどね。
「否定はしねーけど、そんな理由?」
「そうよ。そうしたら淋しくないじゃない、絶対名前にシュウってつける」
「いや、それはさすがに昴さん怒らねぇ?」
「……まさか出かけてると思いませんでしたよ。それもコナンくんと2人で」
背後に気配。耳元で聞こえた声。あまりに驚きすぎて、悲鳴すら上げられませんでした。いや、悲鳴なんて上げてしまったら絶対にお店に大迷惑かけるし、誤解を生むこと間違いなしだからそれで良かったんだけど!
私の向かいの席に座っていたボウヤは、当然ながらこっちに来る沖矢くんの姿を認識していたので驚くこともなくこんにちは、とにこやかに挨拶をしている。というか、何で此処にいるのがわかったんだろ…たまたま近くを通ったの?というか、まだお昼過ぎたくらいよね?夕方まで仕事かかるんじゃなかったっけ…?!
「隣、いいですか?」
「構わないけど、…夕方までかかるんじゃなかったの?」
「思ったより早く終わったんですよ。それで貴方に連絡しようと思ったら、ちょうど見かけたもので」
ああ…そういえば、私達が座ってる席って外から見える位置にあるか。恐らく、ボウヤの姿でも見えたんでしょう。さすがに私は後ろ姿だからわからなかった―――ってわけでもなさそう。だってこの人、私だって認識して声をかけてきてたもんね。誰かわかってなかったら、ボウヤに声をかけているはずだし。
「昴さん、なまえさんと犬と猫どっちがいいかケンカしたんだって?」
「……なまえさん」
「いいじゃない別に。誰彼構わず話してないわよ」
「全く…ええ、しましたよ。昨日の夜に」
「何で猫が良かったの?」
「別に犬が嫌い、というわけではないのですが…犬か猫かで言うなれば、猫がいいというだけですよ」
店員さんを呼んでアイスコーヒーを、と頼んだ沖矢くんは、理由は?と聞き返してきたボウヤに視線を合わせて少し考える素振りを見せた。
「猫は―――彼女に似ているでしょう?」
「ぐ、…ゲホッ!」
「何をしているんですか、貴方は」
「ゴホッ!だ、だって君が急に変なこと言い出すからっ…」
「失礼ですねぇ。私は聞かれたから理由を言ったまで」
「ふ、ははっ!なーんだ、やっぱりただの惚気じゃんか」
笑い始めたボウヤを見て沖矢くんは首を傾げ、私は視線を逸らすしかできなかった。
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