いつかの未来の話

心のどこかでそれはない、と無意識に思っていたんです。これ以上の幸せなどないと、望んではいけないと、…今のままで十分幸せなのだからと、そう思っていたのに。





「なまえ、ただいま」
「あっおかえりなさい八戒くん!今日は早かったんですね?」
「ええ、思ったより早く片付いたんだ」
「これから買い物に行こうと思っていたんですけど…」


もう少し遅いだろう、と思っていたものですから、すっかり予定が狂ってしまいましたね。けれど、やっぱり嬉しい気持ちの方が勝っているんですけれど。
こっそり笑みを零していると、すぐに着替えてくるから一緒に買い物に行こう、と言われてしまいました。疲れているはずですから、1人でも大丈夫!と寝室に消えていく背中に言葉を投げたんですけど…僕が一緒に行きたいんだ、と言われてしまったらもう返す言葉がありません。

―――僕と家族になってくれませんか?

彼にそう言われたのは、今から1年前のこと。所謂、プロポーズってやつですね。言われた瞬間は何が何だかわからなくて、はい?って首を傾げてしまった記憶があります。それを見た八戒くんが苦笑を浮かべて「結婚してください」って言い換えてくれて、それでようやく言葉の意味がわかったんですよ。
…今思い出しても恥ずかしくて仕方ない出来事なのですが、皆さんにとってはいい笑い話みたい。私の味方であるはずの八戒くんでさえ、その話になる度に大笑いするんですからひどいですよね?


「…何だかまだ夢を見てるみたいだなぁ」
「いい加減、この生活に慣れてもらいたいんだけどな?…なまえ」
「きゃっ…!ちょっと急に声かけないでくださいよ!」
「あはは、ごめんね。何だかボーッとしていたみたいなので」


結婚して変わったこと。八戒くんが私に対して、あまり敬語を使わなくなった。スキンシップが増えた。そして―――…好き、と言われる回数が格段に増えました。つき合っていた頃もよく言われていましたけど、結婚してからは更に。
嬉しくないわけではないんですけど、いまだに慣れなくって心臓が破裂しそうな思いを毎度しているんです。苦しくなるからやめてください、って何度も言ってるんですけど、嬉しそうに笑うだけで一向に改めてくれる気はないみたい。


「あ、そうだ。帰りに悟浄に会いましたよ」
「悟浄くんに?」
「仕事の途中だったみたいだよ。今度、また遊びに行くって言ってました」
「あら、じゃあ美味しいお酒を用意しておかなくちゃいけませんね」


三蔵様も、悟空も、悟浄くんも。旅を終えてからというものの、前のように頻繁に会ったりしなくなりましたが…それでも月に数回は誰かの家に集まって食事をしたり、飲んだりしたりしているんです。交流がなくならないってことは素敵なことですよねぇ。


「彼が来るのであれば、三蔵様と悟空も呼びましょうか。お2人にも会いたいです」
「…なまえは本当にあの人達が好きですね」
「それは八戒くんもでしょう?」
「否定はしないけど、…でもやっぱり妬けちゃうかな」


頬に触れながらそんなこと言わないでください。ドキドキしちゃいます。
赤くなってきているであろう顔を隠すように、そろそろ買い物に行きましょうと踵を返す。けれど、いとも簡単に抱きしめられて足は止まってしまいました。そして私の心臓はさっき以上に鼓動を刻み始めるので、不意打ちやめてください…!!


「貴方があの人達を好きなのは昔からだし、それが親愛だっていうのはわかってるんですけどねぇ…」
「…それだったら私だって、いまだに悟浄くんに妬きますけど」
「え?」
「八戒くんだって、…悟浄くんのこと大好きじゃないですか」


昔からずっと思っていたんです。八戒くんと悟浄くんの間には、絶対踏み込むことができないって。


「そのことでないがしろにされたことはありませんけど…いつだって思ってたんです、君の一番の理解者は私でありたい―――っん、」
「あまり可愛いこと言わないで、…今すぐ、寝室に連れ込みたくなる」


くるり、と体の向きを変えられて、再び唇を塞がれた。さっきよりも深くて、息もできないくらいのキス。何度も、何度もしているはずなのにいつまで経っても心臓が忙しなく動いてうるさいんです。ドキドキして、ぎゅーって胸が締め付けられて…息が、苦しくなる。好きなんです、って気持ちが、零れ落ちそうになるくらいに。
唇が離れて彼と私を繋いだ銀の糸が、プツンと切れた。薄く開かれた翠の瞳の奥に、情欲の炎がゆらりと揺らめいていて息を飲む。どうやら私は、完全に彼のスイッチを押してしまったみたいです。その証拠に八戒くんは一言も言葉を発さないまま、私を抱き上げて(しかもお姫様抱っこ!)寝室のドアを開けたんですから。
…彼と触れ合うのは、好き。好きだけど買い物に行っていないし、ちょっと今はマズいので止まって頂かないと困ります…!!必死に待って、と言えば少しだけ不機嫌な声で何ですか、と反応アリ。もう…そんな声出さなくてもいいじゃありませんか。


「お預けはもうされたくないんですが」
「う…で、でも私の話を聞いて頂かないと困るんですってば」
「…話?」
「ここ最近、ちょっと体が怠くて…それで生理も遅れていたので、病院に行ってきたんです」


八戒くんの目が大きく見開いた。ここまで言えば、大体は想像つきますよね。うん。
もしかして…と呟いた彼に笑みを浮かべて頷きを返す。


「産んでも、いいですか?赤ちゃん」
「っ当たり前じゃないですか…!産んでください、僕達の子供」
「…はい」


大切なものを増やしていくのは、とても怖かった。でもそんな顔で君が笑ってくれるなら…それも悪くないことなんだ、と思えるんですよ。



(ほう…目元は八戒に似ているんだな)
(そうですか?僕としては彼女に似てくれた方が嬉しいんですが)
(うっわーちっちぇえな!でも可愛い!!)
(ふふっもう少し大きくなったら遊んであげてね、悟空)
(おうっ!)
(あー…想像できるわ、悟空とお前らの子供が遊んでる光景)
(悟空はいいお兄ちゃんになりそうですよねぇ)
-99-
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