Lycoris

「何故、…!」

零れた声は、僅かに震えていた。こんなにも心が乱れたことがあっただろうか。よく思い出してみればいくらでもあるだろう、…そう、この女に関することならばいくらでも。

「何故?おかしなことを言うのね、秀一」

聞き慣れたはずの声が、柔らかく、心地良いはずのなまえの声が、氷のように冷たい。今の彼女の瞳に宿る色も、光も、俺は今までに一度も見たことがない。
―――目の前で笑っている女は、本当に俺が知っている人物なのか?

「二重スパイ―――そのくらい、聡い貴方ならわかるはずじゃない?」

コツン、と靴音が聞こえた。闇の中から姿を現したのは、俺が…俺達が追っている組織の幹部、ジン。口元には笑みを浮かべ、不意に伸ばされた腕がなまえの体を引き寄せる。
触るな、と心が叫んでいる気がした。その女に触れるな、そいつは俺のモノだと。

「赤井秀一。コイツを育て上げたことに関しては、礼を言ってやる」

この日、FBIの工藤なまえは―――俺達の前から、姿を消した。
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