腰砕けバレンタイン
―――2月14日。世間では聖バレンタインデーと呼ばれる日。
ここ地獄でも、一応バレンタインというものは存在する。暦は現世と一緒だし、イベント事も同じなのだ。お盆やお正月もあるしね。なので、この時期は男女問わずそわそわしている輩が多いんですよ、とぼやいていたのは我が上司・鬼灯様だ。
そんな御方が今年はとんでもない行事を考え出してくれたんですよ…『カカオ豆まき』ってやつを。何でも2月は節分もあるからちょうどいいでしょう、って感じで。ルールは至って簡単。好きな人にカカオ豆をぶつける、そういう相手がいない人は亡者に思いっきりぶつけてストレス発散をするそうです。
…カカオを投げるって、とんでもなく痛いですよね?それ。
「でもノリノリになっちゃうのが、閻魔庁ですよねぇ」
「なまえさん、感想はいいですからさっさと手を動かしなさい」
「はーい」
「返事は短く!」
「…はい」
結果から言うと、カカオ豆まきだったのにもかかわらず、イイトコぜーんぶもってったのは鬼灯様だった。山の神であるイワ姫が鬼灯様にチョコを渡したのを皮切りに、たっくさんの女性達が自分も!と彼にチョコを渡しちゃったんですもん。
上司に渡すのはあまりよろしくない、ということで今回のイベントを考え出したらしいんだけど、…最終的に他の男性陣がむなしい思いをしただけで終わりましたとさ。
そんなわけで。彼のデスクの上には今、大量のチョコが鎮座しているのだ。甘いものが好きな人だから食べるのは大変じゃないだろうけど、果たして口にするのかは疑問だよね。もらう時も渋ってて、それに痺れを切らした女性陣が閻魔様のデスクの上に投げて置いていってしまわれましたから。そうなると返すに返せなくなる、というわけ。
(やや正確に難アリとはいえ、整ったお顔してらっしゃるもんなぁ)
白澤様とは全く違うイケメンだと思う。白澤様もあそこまでチャラくなければ、もっとモテるだろうに。…あ、でも本気の恋はしないんだーとか何とか、前に言っていたような気がする。どうでもいいけど。
「なまえさんは、」
「はい?」
「意中の男性に渡したりしないのですか?」
「…チョコを?」
「ええ、それ以外に何があると言うんです」
「まぁ、そうですけど…」
渡したいな、と思った人がいないわけではないけど―――…その人は絶対に受け取ってくれないだろうからなぁ。
カカオ豆の残骸を拾いながら呟けば、珍しく弱気ですね、と返答アリ。うん、まぁ自分でもそう思いますけど…何というか事実なので、どうしようもないよなぁって思うんですよ。嫌われてる、とは思わないけど、好かれてる自信があるわけでもないから。もう少し自分に自信があったら、臆さずに渡せたのかもしれないけどね。
「だから用意しなかったんですよ。虚しくなるのが嫌で」
「―――女は度胸。」
「へぁ?」
「そう言っていたのは貴方でしょう。やってみる前から諦めるのは、なまえさんらしくないのでは?」
驚いた。まさか鬼灯様からそんな言葉をかけられるとは、…全く、これっぽっちも思わなかったですよ。いや、本当に。でも確かに鬼灯様の言う通り、なんだよね。やる前から諦めるのは私らしくないし、当たって砕けろ精神の方がよっぽど私らしい。
好きな人に、背中を押されるとは思わなかった。けど、他の誰に言われるよりも勇気が頂けました。
私は砕けていないカカオ豆を拾って、思いっきり―――投げた。
―――パシィ!
「………なまえさん。これはどういうおつもりで?」
「だ、だって、鬼灯様が言ったんじゃないですか!諦めるのは、私らしくないって…!」
チョコは用意していない。だったら、さっきまで行われていた行事に倣ってコレを投げるしか、方法はないじゃないですか!!
息継ぎもせずに言い切ったから、少し息が上がっている。思わぬマシンガントークに鬼灯様は、珍しくぽっかーんとした表情を浮かべている。さっき受け止めたカカオ豆を、片手に。
乱れた息が整ってくると、今度は羞恥心が沸き上がってきて…居た堪れなくなった私は、掃除道具を投げ出して逃げ出そうとしたんだけど―――背中にものすごい衝撃を受けてすっ転びました。それはもう派手に、思いっきりね!
「いった……!背中も顔も痛い!!」
「それだけ派手に転べばそうでしょうね」
ザッという音と共に視界に映しだされた鬼灯様の足。恐る恐る顔を上げてみれば、そこにいたのは正に鬼神…!カカオ豆を持った鬼神がいらっしゃいます!いつも持っている金棒がないだけマシかもしれないけど、この至近距離でカカオ豆投げられたらそりゃあもう流血騒ぎ間違いなしだと思うんですけどね?!
サアッと血の気が引く。それもそのはず、だって今この御方はカカオ豆を持っている手を振り上げてるんですもの!!!に、逃げたいのに体が固まっているかのように動けません。ああもうダメだ…私の命は上司の手で終わりを迎えるのですね。
さようなら、皆…!覚悟を決めてギュッと目を瞑ったけれど、いつまで待ってもやってくるであろう衝撃はこなくて。コツン、と額にかるーく当たった感触だけだった。
え、なに、どういうこと…?瞑っていた目をそっと開けば、しゃがみ込んだ鬼灯様が私の額にカカオ豆を当てていたのです。あ、さっきの何か当たった感じがしたのはこれか。
「なまえさんの怯えた表情は、なかなかにそそりますね」
「そっ…?!」
「まぁ、それはさておき。さっきのが私の返事です」
「へ、んじ、って…何の?え?」
「…貴方、バカなんですか?自分でしたんでしょう、告白」
こくはく、………告白?!カカオ豆を額に当てられたのって、告白の返事だったの?!
「ぅええええぇええ?!」
「うるさいですよ」
―――ベシッ
「あいた!」
「全く…意気込んで告白してきたかと思えば、変な所鈍いんですね」
「だ、だって!まさか額に当ててきて返事代わりにするなんて思わないじゃないですか!!」
「は?返事は背中に当てた時ですよ。なまえさんが派手にすっ転んだ時の」
あの痛さってカカオ豆がぶつかった痛みだったのか!そりゃ痛いはずだよ!!ものすっごい衝撃だったもんね!!!
「いつまで寝転んでるんです?さっさと片付けに戻りなさい」
「片付けを遮ったのそっちじゃないですか…」
「…あ?」
「すみません!ちゃっちゃか片づけまーす!」
投げ出してしまった掃除道具を拾い上げて、片付けを再開する。何というか…告白して、同じ気持ちだってことを確認したはずなのに全く甘さがないのですが。もう少しさあ、恥じらいとか甘酸っぱさとか、恋愛特有のアレがあってもいいと思うんですけど。
告白した私自身ですら、気持ちが通じ合った実感がゼロだよ。あの人、本当に私のこと好きなのかな…。
本当ならもっと嬉しいはずなのに、それがないんだ。あれかな、もしかして私のことからかってたりする?いや、そういう人じゃないのはよーく知ってるつもりだけど、こうもあっさりし過ぎてると疑いたくもなりますよね。
「鬼灯様って、…本当に私のこと好きなんですか?」
「―――急に何です?」
「あまりにもあっさりしてるというか何というか…告白した後特有の甘酸っぱさが皆無なんですもん」
ほうきのてっぺんに顎を置いて、唇を尖らせる。子供じみた行為だとは思うけど、そうせずにはいられなかった。
「何とも思ってない人に、こんな面倒なことしませんよ。少し考えればわかるでしょう」
「う……」
「仕方ありませんねぇ」
―――グイッ
引き寄せられたかと思えば、腰を固定されて徐に唇が重なった。しかもそれだけじゃなくて僅かに開いた隙間から舌が入ってきて、体がビクリと跳ねた。いきなりすぎるのと、刺激が強すぎるので私の頭の中はもうぐっちゃぐちゃ!
さっきまで甘さの欠片もなかったのに、今は全身を甘い痺れが走っていて…段々、足に力が入らなくなってきちゃいました。もうダメだ、力が抜ける―――カクン、と膝が折れた所を鬼灯様が支えてくれたのだけれども…そうなった原因もこの方なんだけどね。
「はっはぁ、は…!」
「これで通じましたか?私の気持ち」
ニヤリと笑った鬼灯様は、今までで一番―――カッコ良かったです。
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