バレンタインの魔法
アイドルというものはどの時代でも、ファンの子達からたくさんのプレゼントをもらうらしい。誕生日、クリスマス、結成日、そして―――本日、バレンタイン。それはもう、ありとあらゆる記念日にたくさんのものが事務所に届くのです。
一応、彼らに何かあったら大変だから生もののプレゼントは禁止。バレンタインだけは、手作りでなければチョコレートだけはOKということにしている。つまり、チョコレートを贈りたいならば既製品でお願いします、ということなのだ。まぁ、ファンの子達からすれば暗黙の了解なのかもしれないけれど。
(自分達が贈ったものでアイドルが入院、とかシャレにならんもんね)
アイドリッシュセブン―――それが私が勤める小鳥遊事務所の、ナンバーワンアイドルの名前。言葉通り、7人のイケメンで形成されている。いや、冗談抜きで皆イケメンなんだよねぇ。一番下は高校生で、一番上でも22歳という若さ。探せばもっと平均年齢が低いグループもいるのだろうけれど、アイドリッシュセブンもそこそこ平均年齢は低い方なんじゃないだろうか。適当だけど。
まぁ、そんな話は置いておいて…彼らは今、バレンタインライブの真っ最中だ。私はマネージャーではなくただの事務員なので、ライブ会場には行かずに送られてきた彼らへのプレゼントや手紙を1つずつ丁寧に仕分け中だったりする。今日は大神さんも珍しく、ライブ会場へと赴いているので事務所には私ひとりだけ。
「それにしても、本当にすごい数だなぁ…」
数もさることながら、それぞれの子達が気に入るであろうものをチョイスしている辺り、ファンの子達ってすごい。例えば王様プリン大好き環くんであれば、王様プリン味のチョコとかね。さすがにプリンは送れないからなんだろうなぁ。…というか、王様プリン味のお菓子って色々あるんだ。ポッキーまであるよ、すげーな王様プリンの人気って。いや、美味しいのは知ってるし私も好きだけれども。
仕分けする手を止めずに色んな所に思考が飛ぶ中、最終的に行きついたのは…これだけもらっているならば、私からのプレゼントなんていらないだろうなぁということだ。お世話になっているから、という名目で用意してはいるものの、こんなにあるなら渡すのは迷惑だろうと思ってしまう。
念の為言っておくけれど、私が用意したのもちゃんと既製品です!直接渡せる環境にいるからと言って、さすがに手作りを用意するほど馬鹿ではありません。
(……このプレゼントの山に混ぜ込んでしまおうか)
カードは入れてあるけれど、名前を書いた記憶はない。それぞれの段ボールに仕分けたプレゼントの中に忍び込ませてしまえば、絶対にファンの子からのものだと思う。身内からのものだとは、如何に勘が鋭い人でも気がつくことはないだろう。よし、そうしよう。
カバンの中から取り出した綺麗にラッピングされているプレゼントを、そっと段ボールに入れた。何でだろう、誰に見られているわけでもないし、悪いことしているわけでもないのにすっごい心臓バクバクいってる…!忙しなく動く鼓動を誤魔化すように、私は仕事を再開した。
「なまえさん、ただいま!」
「おかえりなさい、陸くん。ライブはどうでした?」
「もう最っ高!大成功だったよっ!!」
「それは良かった。皆さん、バレンタインのプレゼントが届いてますので持って帰ってくださいねー」
邪魔にならない場所へ移動させた段ボール達を指差し、そう告げると、やっぱり彼らも男の子だ。嬉しそうに目を輝かせて、パタパタと事務所の一角へと走り出す。
「すみません、なまえさん…1人で仕分ける大変だったでしょう?」
「大丈夫ですよ、紡さん。意外とああいうの好きなんです」
「でも来年はお手伝いしますから!」
むん!と拳を握り込んだ紡さんはとても可愛らしいけれど、勇ましい。口ではお願いしますね、と言ったものの、これからもっと彼らは人気を伸ばしていくだろうし、人気が上がれば自ずとマネージャーである紡さんの仕事も増えていくことになる。
だから書類整理とか、今回みたいなプレゼントの仕分けとか、そういった雑務は事務員である私に任せて頂ければいいのだと思う。この小さな女の子が、不必要に仕事を抱え込んでしまわぬように。
「あ、紡さん。忘れないうちに渡しておかないと!」
「そうでした!皆さん、プレゼントを見ている所申し訳ないんですが、少々よろしいですか?」
「どうしたんですか、マネージャー」
一織くんを筆頭に、段ボールを覗き込んでいた彼らがこちらを向いた。紡さんが話をしている間に、私は冷蔵庫から目的の物を引っ張り出す。紡さんと私から、彼らへのバレンタインのプレゼントだ。
「既製品ではありますが、私となまえさんから」
「アイドリッシュセブンの皆さんへ、チョコレートのプレゼントです」
「えっマジ?!」
「サンキューな、マネージャー!なまえさん!」
やっぱり一番目を輝かせたのは、環くんだったなぁ。クスリ、と笑みを零し、お茶でも淹れて来ようと再び事務所を出た。
きっとチョコレートを食べるだろうから、アッサムがいいかなぁ…それともコーヒー?でもコーヒーが飲めない人もいるから、やっぱり紅茶かな。本当なら両方淹れるのがいいんだろうけど、さすがにそれは面倒なのです。そのくらいやれよ、と思ってはいるんですけどねー。
(ああでも、2人で必死に選んだチョコレート…喜んでもらえて良かった)
まだ食べた感想を聞いたわけではないけれど、少なくともチョコレートを贈ったことを迷惑に思われていなかったことにホッとする。だって、迷惑に思われることが一番つらいじゃない?だから喜んでもらえて良かったな、と思ったの。
「なまえさん」
「え?…大和くん、どうしたんですか?」
「手伝い。お茶淹れに来たんでしょ?」
「そうだけど、…ライブ終わりで疲れてるでしょうし、事務所で休んで頂いてて良かったのに」
「けど、1人で9人分のカップとか運ぶの大変じゃん」
そう言いながら大和くんは、戸棚からカップやら紅茶やらを取り出していく。確かに彼の言う通り、9人分のカップを運ぶのは大変だなぁ、と頭の片隅で思ってはいたけれど(大神さんは所用で帰ってくるのが遅くなるそうです)。かと言って、さっきまでライブで動き回っていた大和くんにお手伝いさせてしまうのは非常に申し訳ないのですが?!
あ〜…こんなことになるのなら、紡さんに言って一緒に来てもらうべきだったなぁ。メンバーに囲まれていたから、そのまま1人で来ちゃったんだけど。でも今更、そんなことを言ってももう遅いので諦めるしかないのですがね。
「…すみません、大和くん」
「別に謝る必要ないっしょ。…チョコ、ありがとな」
「ああ…いいえ。普段から皆さんにはお世話になってますし」
「―――ね、手伝いに来たっつーのは口実って言ったら…どうする?」
トン、と壁際に追い詰められ、真っ直ぐに見下ろしてくる大和くんと視線がぶつかる。あまり至近距離で顔を見たことはなかったけれど、近くで見ると尚更イケメンだこの人…!直視できないってこういうことを言うんですね!
彼の視線から逃げるように目を逸らすと、見覚えのあるラッピングがしてあるものが…視界に映り込んできた。そのまま凝視した状態で固まっていると、大和くんもその視線に気がついたらしく「あぁ」と声を漏らす。
「これさ、なまえさんからでしょ?」
「えっ、なっ、どっ……!」
「喋れてねーって。カードの字、見たことあったからすぐわかった」
書類に書きこんでる文字、何度か見たことあったし。綺麗だったから、よく覚えてる。
ニッと笑みを浮かべながら、そう教えてくれました。プレゼントの山に混ぜ込んでしまえば絶対にわからない、と思っていたのに、こうも簡単にバレてしまうと、暴かれてしまうと恥ずかしくて仕方ありません。いっそのこと、知らないフリをして頂きたかったなぁ…!
何も言えなくて、熱くなってきた顔を手で覆って隠す。今の顔、絶対真っ赤だもの。見られたくない。
「なまえさん、俺、期待してもいいの?」
「え…?」
「俺にもチャンスがあるって、そう思ってもいいの?って聞いてんの」
思いも寄らない言葉に私は、餌を求める鯉のように口をパクパクと開閉させることしかできなかった。ようやく口をついて出たのは「知りません、そんなこと!」という言葉。半ば叫ぶようにして言葉を紡ぎ、給湯室を飛び出した。
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