想いを込めたひとつぶ
お菓子作りは得意ではない。普段だったら無理に挑戦することなんてしない主義なんだけど、今回だけはどうしてもそうするわけにはいかなかった。だって2/14だよ?バレンタインだよ?イベントにかこつけて堂々と想いを届けられる日なんだから、そんな絶好の機会を見逃すわけにいかないじゃないか!
(そう思ってレシピを色々見てみたものの…)
思わずはぁ、と溜息が漏れる。図書館で見つけた『初心者でも作れるお菓子』という本をパラパラと捲ってみるけれど、どれもタイトル詐欺なんじゃないの?という感じのものだった。どう贔屓目に見たって簡単そうには見えないんですけどね。
それともあれか?初心者と謳いつつも、ある程度料理ができる人を想定して作られた本なのか?これ。
「みょうじ?なーに溜息つきながら本読んでんだよ」
「あ、日向くん」
「菓子のレシピ本?…ああ、もうそんな時期か」
作んの?と首を傾げた彼に、コクリと頷きだけ返した。
「頑張ってみようと思って借りてきたんだけど、どれも難しそうで…」
「普段、料理しない奴からしたら簡単なやつでもそう見えるだろうな」
さっと本を奪い取ってパラパラと見ながら、日向くんは辛辣な言葉を吐いてくださりました。ですよね、やっぱりそう思いますよね…!机に突っ伏してもう一度、大きな溜息を吐き出した。同時に頭上からくくっと笑う声が聞こえたから、十中八九笑ってやがるよ。日向くん。いくらなんでも笑うのはひどいと思うんです、私は真剣に悩んでるのに!
こうなったら日向くんに相談してみようかな…顔を上げてどんなチョコがいいと思う?と問いかける。本に落とされていた視線が私に向けられ、そうだな…と呟いた。
「相手の好み云々っつーのを抜けば、タルトに溶かしたチョコ流し込むのは?簡単にできるぞ」
「タルト生地が難しいじゃん」
「もう焼いてあるやつが売ってんだよ。今なら時期だし、大量に並んでると思うけど」
「へぇ…」
「あとはクッキーでチョコ挟み込むだけのもあるぜ」
日向くん曰く、どちらも既製品を使うから、チョコレートを溶かしさえすれば出来上がるとのこと。それだったら料理初心者でも簡単に作れるんじゃないか?って。確かに溶かして固めるだけだったら、私でもできそうな気がする!
あとは甘さの具合だけど、…甘いの苦手だったりしないかな?彼。本人に聞きたい所だけど、この時期に甘いもの好き?って聞いたら、チョコレートをあげる気満々なのバレるじゃん。無理だ、恥ずかしすぎて倒れる。嫌いでないことを祈るしかないな。
「ありがとう、日向くん。頑張ってみるよ!」
「礼ならチョコでいいぜ?」
「美味しくできるかわからないけど…相談のってもらったし、あげるよ。義理チョコ」
「それハッキリ言うか?普通」
「線引きはしておかないとねー」
日向くんは私の本命が誰か知っているから、間違っても「ん?」って思われることはないってわかってるけどね。何となく、話の流れで。
まぁ、それは置いておくとして…早速、帰りに材料とラッピング用品買って作らなくちゃね!だって明日がバレンタインなんだから。
「はぁ…何とかできたけど、」
うう、チョコレートを溶かすだけなのに、何であんなに失敗するんだろう。料理の才能が皆無なんじゃないだろうか、私。いや、できないのは自覚してたけど!ここまでだとは思ってなかったなぁ…。
結局、お母さんに助言をしてもらいながら溶かして、生クリームを入れてガナッシュにして、タルト生地に流し込みました。そこまでできればあとはもう、冷蔵庫に任せるだけなので何とか形にはなったんだけど。しいて言うなれば、全ての工程を自分1人でやり遂げたかったです。無理だったけど。
唯一、上手くいったのは最後のラッピングくらいだよね。はは、と苦笑しながら、カバンに入れてあるチョコレートを思い浮かべる。
(喜んで、もらえるだろうか)
無意識にカバンを持つ手に力がこもる。甘いものが好きじゃないかもしれない、他に好きな子がいるかもしれない、迷惑だと言われてしまうかもしれない…作りながら、いや、作る前からそんなことばかりがずっと頭の中をぐるぐると回っていた。
でも、それでも私は彼に―――白川くんにチョコレートをあげたいって思ったんだ。私の気持ちを知っていてほしい、と身勝手なことを思ったんだ。そうだ、これはただの私の…自己満足に過ぎない。
「みょうじさん!」
「あ…ごめんね、白川くん。急に呼び出して」
「いいえ、実験もひと段落していますので構いません」
「そうなんだ。…あ、あのね!」
「?はい」
ドクドクと心臓がうるさい。あまりの緊張に負けそうになるけれど、ここで渡せなかったら私はきっと後悔する。絶対にする。だから、逃げ出すわけにはいかないのです。
「こっ…これ!受け取ってください!」
顔が、見れない。両手で持ったチョコレートをズイッと差し出したものの、やっぱり羞恥心が余裕で勝って下を向いた状態となりました。でもきっと、私の顔は真っ赤になっているだろうから…この方が都合が良いかもしれない。情けない表情をしているだろうし、そんな変な顔、好きな人に見られたくなんてないもん。
…とか、色々考えていたのだけれど…あの、一向に受け取ってくれる感じがないんだけど。や、やっぱり迷惑だったのかな…!
しん、とした状態がひどく怖くて、おずおずと顔を上げてみると―――そこには顔を真っ赤にして、口元を手の甲で隠している白川くんがいた。
「えっえっと、あの…!」
「し、白川くん…?」
「すっすみません!まさか貴方からチョコレートを頂けるとは思っていなくて…っ」
義理でも、やっぱり嬉しいです。ありがとうございます。
真っ赤な顔をして、でも少しだけ淋しそうな笑みを浮かべてそう言ってくれた白川くん。でも違うの、違うんだよ…!彼の間違いを、勘違いを訂正したくて、気がつけば私は少し大きな声で違うの!と叫んでいた。
「義理じゃ、ないの」
「…そんなこと言われると、僕はしてはいけない勘違いをしてしまいそうになります」
まだ彼の勘違いは訂正されていないらしい。いまだ受け取ってもらえていないチョコレートを、白川くんの胸に押し付けるようにして手渡す。そして彼の目に視線をしっかり合わせ、口を開いた。
「勘違い、してください!」
ただそれだけを告げて、何故か私はその場から逃げ出した。
追いかけてきてくれた白川くんが、私が夢見ていた言葉を告げてくれるまで―――あと10秒。
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